第210話ファストリア農業都市観光案内

『お待たせしました』


 その涼やかな声に振り返ってみれば、昨日約束したお嬢様が例の護衛騎士を伴って私を見ていた……眼鏡の奥から覗く紅い眼差しに少し気圧されつつも、愛する祖国を他国の陰謀から守るためだと奮起する。

 ……ていうか、お嬢様だけじゃなくて護衛の騎士様も変装させないとお忍びの意味がないんじゃないかしら……普通に目立ってるわね。


『やぁ、待ってたよ! 早速だけど行きたい場所はあるかな?』


『そうですね、この都市の特徴とかを教えて欲しいです』


 ……まぁただの特徴だけなら問題ないかな?

 チラリと横目で背後の護衛騎士様を窺ってみてみるけど、特になんの反応も示さないのが怖いわね……本当に何が目的なのか。


『ここはファストリア農業都市……メッフィー商業立国の穀倉地帯で、この国の食料をこの都市だけで八十%以上も生産しているのさ』


『へぇ、それは凄いですね』


『それもこれも、この都市を治めるファストリア商会のお陰だね』


 この都市には『メッフィー商業立国』のだけじゃなく、国外からも運び込まれて来る麦や茶葉などの農産物が一手に集まる……さらにそこで毎年秋に開催される農業コンテストで持ち込まれた農産物にランクを付け、権威と箔をつけると同時に厳しい値段設定をする。

 こうする事で様々な地域がより良い商品を作ろうと切磋琢磨し、中には連続受賞なんかでブランド化する農産物も出てくる……つまり付加価値が付けられる。高く、そして大量に売れる。


『で、そのファストリア商会の本店兼当主一族の屋敷があの豪邸だよ』


 ……多分、今も私の為に頑張っているであろう彼が居る屋敷に指を差して胸を張る。

 彼は凄いのだと、世間知らずのお嬢様と目立つ護衛騎士の二人程度に負ける人ではないのだと、見せ付ける様にして笑顔を作る。


『どうだい? 厭らしい雰囲気のない、素晴らしい屋敷だろ?』


『そうですね​──っと、どうしましたか? イノセンシオ』


 私の身内自慢の混じった紹介に相変わらず何を考えているのか分からない無表情で相槌を打っていたお嬢様が背後の護衛騎士様に振り返る……どうやらならず者にぶつかられた様だね。

 ……まぁいくら彼の手腕が優れていたとしても、どうしても犯罪者がゼロとはいかない……そこは仕方ないね。……騎士様の癖に財布をスられたとから無いだろうから、ある意味ではこの二人は安心ではあるけど。


『……なるほど、行ってきて良いですよ』


『? 彼を遠ざけて良いのかい?』


『? えぇ、構いませんよ?』


 一緒に騎士様の持つ紙を覗き込んでいたと思ったら、何処かに行かせるという……相変わらずこの世間知らずのお嬢様は危機感というものが無いらしいけれど、こっちはしてやられた気分でいっぱいだよ。


『イノセンシオ、気を付けてくださいね』


『……』


 まさかこんな強引に分断してくるとは……あのならず者は本国からの連絡員で、あの紙は指示書か何かだと仮定すると、不味い……まさかお嬢様の護衛を放り出して別行動するとは全く思わなかった。

 右手で作った拳で左胸を二回叩く動作をして去っていく護衛騎士様の背を忌々しく睨みながら唇を噛む……世間知らずで危機感のないお嬢様に、こんな使い道があるなんて知らなかったよ。


『さて、続きの案内をお願いしますね?』


『あ、あぁ……』


 ぐぬぬぅ……よし! 気持ちを切り替えましょう! せめてこの世間知らずのお嬢様から監視護衛騎士の居ない内に、出来る限りの情報を抜き取れると考えるのよ!

 ……どうせ護衛騎士様はまた戻って来るんだから、それまでの間に重要機密に繋がる情報は根こそぎ奪ってやるわ!


▼▼▼▼▼▼▼


「よォ? まさか素直に出向くとは思わなかったぜェ?」


『……』


 入り組んだ路地裏を奥に進んだ先……この『ファストリア農業都市』の闇が一番深く、〝処刑場〟と呼ばれる不自然に開けた広場にて部下と一緒に大柄な騎士様を囲ム。

 上からの命令とは言え、まさか他国の騎士暴力付きの国家権力を葬れだなんて言われた時はそろそろ潮時かと思ったガ……まさか呼び出されたからと言って、人目のない場所にのこのこと一人で来る間抜けを殺すだけの簡単な仕事だったとは思わなかったゼ。


「お前がどこの国のモンかは知らねェがナ? 俺らの雇い主がご執心の王女様に近付く不審な輩にやきもきしているらしいんだワ」


『……』


 わざわざ自分が治める都市から使者を送り、自分の管轄外である俺らに依頼を寄越すくらいダ。

 ……まぁ、それだけ今回の大公選挙に本気なんだろうな……できる限りの不確定要素は排除したいと見えル。


「ついでにお前さんが周囲の人間に殺気飛ばしまくって守護してるあのお嬢ちゃン……アレも気に入ったから欲しいってサ」


『……(ピクッ』


 おっと、やっとそれらしい反応をしやがったか……思わず部下と同じように武器を抜くところだったぜェ? いきなり強烈なモン殺気をくれやがってよォ。

 ……だがまぁ、わかり易くて良いワ……ただの職責や忠義心からあのお嬢様の護衛騎士をしてねぇって訳ダ。


「……ギラン様」


「……名前を呼ぶなッテンダロォ?!」


「がぼぉっ?!」


 恐怖心から指示を仰ごうとしたのは分かル……分かるが、まだ対象を仕留めきれてないのに不用意に情報を相手に渡してしまった部下の一人を蹴り飛ばス。

 ……まぁ良いカ……アイツは再教育が必要だが、トップである俺がいつもどおり・・・・・・の対応をした事で他の部下達は落ち着いたらしイ。


「あー、話を戻すがナ? 要はつまリ​​──」


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名前:イノ、イノ……イノノノノノ????

種族:ダーク■■■■■■????????

状態:■■

備考

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 チラリと『看破』と『識別眼』を使用してみるガ……こりゃ随分と協力な『隠蔽』系統のスキルを重ね掛けしてやがんナ。


「​──邪魔なお前には死んで欲しいんだワ」


 包囲の真ん中に突っ立っている騎士様に一斉に飛びかかる部下を見ながら​──


「さて、何人死ぬかナ?」


 ​──部下一人に付き金貨十枚は雇い主に請求しようと皮算用を始める。


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