第76話辺境派遣軍その2

エルマーニュ王国の辺境勇士、周辺諸国にもその名を轟かすアレクセイ・バーレンスが亡くなったとの報が届いた時の宮廷の動揺の仕方は凄まじかった……アレクセイほどの傑物がぽっと出の庶子程度に負けるなど考えられなかったのもあるが南西に位置する帝国に対する牽制が無くなったのも大きい。


「殿下、本当に彼女が……」


「我が軍が翻弄されたところをお前も見ただろ?」


「そうですが、俄には……」


まだ若く、伸び代も十二分にあり、いずれは中央神殿が主導する『聖戦』の『勇者』か『剣聖』の役割を担う筆頭候補であった……そのアレクセイが負け、亡くなったのだ……宮廷では帝国か混沌陣営の謀殺ではないのかともっぱらの噂だ、そしてなによりもアレクセイは…………私の学友だった。


「いざという時は転移の羽で王都に逃げる…………悪いがその時は」


「時間稼ぎならお任せください、なんなら討ち取ってみせましょう」


「……頼もしい部下を持ったな」


王都の学園を卒業したきり、アレクセイの戦っている姿は見ていないが、それでも奴の負ける姿が想像できない、学生の頃から強く、ベテランの近衛兵すら時には打ち負かすほどだった……そんな私の友人の仇かも知れない女が目の前にいる……内心穏やかではないが少なくとも今はまだこちらを害する気はないようだ……辺境派遣軍に甚大な被害が出ているのだ、少しでも情報を抜き取らねばその被害に釣り合わないし、野心家の弟に隙を見せることになるだろう。


「ベルゼンストック市にも関わっているかも知れん、それも探る」


「御意」


部下と小声で、なるべく唇を動かさずに会話をしているとようやく馬車の上から女が降りてきた。


「……レーナさん、大丈夫なんですか?」


「まさかいきなり軍に突撃するなんて……」


…………どうやらお仲間が居たらしいな? どちらも秩序の陣営に属するものだと思うが……帝国の間者という線が濃厚か?


「馬車でお話がしたいそうですよ」


「……何がどうなったらそうなるんですか?」


「一条さんと付き合うって大変なのね……」


仲間と何事かを話しながら馬車に乗り込む……罠を警戒しないのか、それとも罠ごと食い破る自信があるのか……掴みきれないな。そんなことを考えながら自らも馬車に乗り込む。


「さて、お話とはなんでしょう?」


「そうだね、その前にまずはそちらの話を聞こうじゃないか、なんでこちらを襲ったのか理由を聞いても?」


「……色々と面白くなりそうだったからですが?」


「『……』」


あんまりな内容に部下と一緒に黙ってしまう、もしこれが本当なら混沌陣営らしいと言えばらしい理由だが、仲間二人は秩序陣営……それもかなり徳が高い方だろう。これはやはり帝国の間者であり、素直に目的を話さないつもりということか? 間者でありながら話し合いに応じたのも何か裏がある?


「……そうか、まともに答えるつもりはないようだね?」


「? …………??」


ふむ、表情を作ることもお手の物か……これは難敵だな、少しカマをかけてみるか……。


「……君がアレクセイを謀殺したのはわかっているよ、目的はなにかな?」


「 …………ん? 謀殺?」


「凄いよ、NPCにも認知されてるよ(コソコソ」


「微妙に違う気もするけど、やっぱりNPCにとっても大事件だったんだね(コソコソ」


一瞬反応したね、特に仲間の二人がビックリしつつ互いに見合わせ小声で会話をしている………『……謀殺?』などととぼけているが、これでこの女が間者であることはほぼ確定だろう。


「それに、なにかを隠蔽しているようだけど無駄だよ」


「おや? わかるんですか?」


「あぁ、何を隠してるかまではわからないけど隠蔽していること自体はわかるんだ」


「へぇ〜」


生まれつきの固有スキルで虚偽や隠蔽といったものを見破れはしないが見つけることができる……それによって相手の逃げ道を塞ぎ『もうしらばっくれても無駄』だと暗に告げる。


「わかりました、では……」


「『っ?!!』」


……………………ヤバいヤバいヤバいヤバい!!! 奴が隠蔽を解除した途端に溢れ出る濃密な混沌の気配……それに当てられ冷や汗が大量に溢れ出る……部下は咄嗟に剣の柄に手をかけたが小刻みに震えてそれ以上進まないようだ…………まさか帝国の間者ではなく混沌の使者……それも溢れ出る濃密な気配からおそらく『使徒』レベルに届くだろうかという大物とは……。


「…………まさかここまでとはね?」


「なにがですか? わかっていたんでしょう?」


「はは、それはキツイなぁ……」


まさか先ほどの自分の言葉を返されるとはね……これは本気で油断できないな。


「……決定的になにかが噛み合ってない気がする」


「……天然怖い」


…………よく見れば仲間の二人も恐怖の表情を浮かべている、おそらくなにか脅迫か人質か……なんらかの手段で同行させられていると見るのが正解か……。


「とりあえず、中央神殿にとって重要人物であったアレクセイを謀殺した理由は、君なら充分あるだろうね」


「そうですね、彼は楽しかったですよ」


さてどうしたものか……素直に自白してくれたのはいいが、今度はなぜこちらを襲ったのかがわからない……これは、逃げられない馬車に招いたのは珍しく早計だったかな? 相手を逃がさないつもりがこちらが逃げるのが難しくなるとはね。


「……『汚濁斑の卑神おだくまだらのひしん』は僕の命までを狙っているのかな?」


「っ! 殿下!?」


この相手に腹の探り合いは通じないだろう、部下が止めるが直球で勝負する。


「? ……神は関係ありませんし、あなたの命が狙いでもありません」


「……違うのかい? だったらなぜ?」


僕の命が狙いではないのならなにが狙いだ? 辺境に調べられたくないものでもあるのか?


「王太子であるあなたを殺すことで面白くなるかな、と……それだけです」


「​──」


「っ!! 殿下お逃げくださ​──」


…………この女は危険すぎる、混沌の使者などではなく化身とも言える……ただ自身が為したいように為し、周りに混沌を振り撒く邪悪だ……。私は、なけなしの勇気を振り絞り、忠義を示した部下の首が落とされたのを眺めながら、半ば無意識に『転移の羽』で王都に逃げた。


「——逃げられましたか、まぁすぐに王都に向かいますけど」


最後に女の発したその言葉を聞き、私は生まれて初めて人の“純粋な悪意”というものに触れ、恐怖で震えた。


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