第74話アッ……私、えっと……仲良く……アッ……アッ……(小声)

「スイヤセン……ホントスイヤセン」


「本人聞こえてないと思うけどなぁ…………」


東の街道を進みながら私は一条さんに謝り続ける……不覚だ、一生の不覚だ…………憧れの一条さんの前で痴態を晒すなど、これも全部織田が悪いんだ! そうに決まってる! 今決めた!


「……ねぇ、フレンドになってって言わなくていいの? 」


「まだ慌てる時間じゃない」


「あ、そう……」


当の織田がそんな心配をしてくるが……ぶっちゃけまだ怖いのです、織田の紹介で同行を許されたと言ってもまだまだ早いと思う、この旅で信用を勝ち取らねば!


「ていうかなんか今日の一条……レーナさん機嫌悪くない? 」


「え、そう? 」


「そうだよ、学校の時も悪かったけど今はそれ以上になんか……精神的に不安定? 」


「そうなんだ、大丈夫かな? 」


「さぁ? 」


学校では珍しく色んな人に話しかけられて、慣れない会話に疲れたりしたからかな? って思ったけど……今はそれ以上に不機嫌っていうか…………なんだろう? 侮蔑、憤怒、悲観、嫉妬、抑圧、罪悪感、憎悪、とにかく色んな感情がごちゃ混ぜになって不安定になってるし……帰宅時とかに何かあったとか?


「……ぶっちゃけ今のレーナさん怖いよ? 」


「……見た目じゃわからないかなぁ? 」


「これだからにわかは……」


「はいはい」


なんかもう織田も私に対して面倒くさくなってきてるね? …………織田のくせに生意気な!


「……まぁ、私もレーナさんのことなんでもわかるわけじゃないけどね」


「そうなの? あれだけ僕を罵っておいて? 」


「……なんとなく不機嫌かそうじゃないかが判るだけで、感情の機微とか考えていることとかはわからないよ」


「おい、無視するな……おい、おい! 」


「えぇい! うるさいうるさい! 」


話の主題はそこじゃないでしょ! 織田のバカ! ……まぁ、別にいつものふざけあいだって分かっているけどね?


「とにかく、今のレーナさんは何が地雷かわからないから迂闊に話しかけられないってこと! 」


「あぁ〜……なんとなく理解できたような? 」


「多分考えてること微妙に違うけど、それでいいよ」


私だって自分が感じていることがどんなのか完全に理解しているわけじゃないしね。一条さん表情にまったく出ないし曖昧な雰囲気から察するしかないけど……これが至難の技なんだよねぇ。


「ふぅ〜……熟練ガーディアンである私ですら判らないんだから仕方ないよね……」


「こ、コイツッ! 」


とりあえず一条さんとは仲良くなりたいけど今はまだ難しい……。


「…………ていうか本当にジェノサイダーだったんだね」


「…………そうだよ」


今も目の前では虐殺が起きている、こうして織田と話していたのも現実逃避に近い。


「ひ、ヒィッ! 」


「た、助けてくれ! 」


「ぎゃっ!? 」


周りからはリアルすぎる血の臭いと誰かが漏らしたのかアンモニア臭が混ざり、気持ちが悪い……視界に映るのは赤、ピンク、白……そしてほんの少しの肌色だけ…………。


「こ、コイツだけは見逃してくれ! 俺の大事な​──」


「あ、あなたっ​──がぷぇっ?! 」


「​──あ、アァ、ァァァ? アァァァアァァアァアァァァアアァ!!!!! 」


今も情け容赦なく、無慈悲に、彼女だろうか? それとも妻だろうか? 男性が助命を懇願したのにもかかわらず口から後頭部まで短刀で突き込み、そのままレバーのように前へと押し倒すかたちで口端から顔の上半分を『ブチブチッ』と音を立てながら引きちぎり、残った胴体の胸を蹴り倒していた。


「お、お前ぇぇぇえ?!! 」


「……」


「がぴゃっ?! 」


激昴し、闇雲に突っ込んでいっても結果はそれまでと変わらず、何度繰り返しても大地に栄養を与えるだけに終わる。


「……うっ! ヴォえぇ! 」


「…………大丈夫? 」


「うん、ちょっと直視しちゃった……えへへっ」


今まで必死に繋げてきた会話のネタも尽きてきて正直辛いものがある。


「あれだったらフィルターかけた方がいいよ? 」


「…………ううん、一条さんと仲良くなりたいからこのくらい慣れなきゃ」


「……そっか」


どうやら一条さんが『始まりの街』と『ベルゼンストック市』にて政権や政治体制を立て続けに変えたために大きな混乱があっちこっちに広がり、この『エルマーニュ王国・西部辺境地』エリアの治安が悪くなり盗賊などが蔓延っている…………らしい、織田が言ってた。


「……本当にプレイヤーの行動次第でゲーム全体に影響を与えることができるんだね」


「うん、レーナさんがさっき殺した盗賊が夫婦っぽかったし、元は町民か農民かもね」


「外から流れてきたタイプじゃないのね、さすが検証班」


「どうも」


なるほど、この盗賊団はやけに数が多いなと思ったら『渡り』じゃないんだね…………。


「レーナさんが派手に暴れたからね、行商人が寄り付かなくなっちゃって、作物が売れなかったり物資が手に入らなかったり……海運の街である『ベルゼンストック市』はまだマシらしいけど、それでも酷いらしいよ」


『始まりの街』では司教まで殺害されたし、その後すぐに表向きは後継者争いからの、それまで存在自体知らなかった隠し子が新しい領主に…………『ベルゼンストック市』ではそれまで続いた領主一族を丸ごと追放したからそれまでの人脈や運営方法の蓄積などが失われ、一からの手探り状態…………結果、せっかく作った農産物が売れず、必需品などの物資も手に入らない……それまで税を納めていた農民などが生活のために盗賊になり、それによって治安が悪くなったために外からも盗賊団が流入……それを受けてますます行商人を筆頭とした人の流れがストップという悪循環に陥ってしまったと…………。


「色々とリアルっ……ヴゥッ! 」


「……本当に大丈夫? 」


「だ、大丈夫……」


「涙目じゃないか……」


だって、見てるだけで辛い……無表情で淡々と向かってくる敵を女子供も区別なく『処理』していってる……転けた子どもの首を踏み折り、嘆く母親の首を刎ね、武器を振るう父親の頭を、子どもの落とした包丁を投擲して貫く…………左右前後から一斉に襲ってくるならば、上下を分断された女の子の断面から飛び出た腸を掴み、まるで鎖鎌かのようにその上半身を振り回す、それに怯んだところで順番に頭を穿ち、心臓を貫き、首を刎ね、喉を掻き切る。


「…………そこまでして一条さんと仲良くなりたいの? 」


「げほっ、…………うん」


「理由を聞いても? 」


「…………」


「…………無理には聞かないけど」


理由って聞かれても……だって一条さんは​──


「終わりましたよ二人とも」


「っ!? 」


「……早かったですね? 」


「? そうですか? 」


ビックリした、いきなり後ろから一条さんが声を掛けてくるから驚いた……。


「それよりもレーナさん、彼女が頼みがあるそうですよ」


「え"ぇ"?! 」


ちょ、おま……織田ァ!?


「…………確か、マリアさん……でしたよね? 」


「そ、そうです! レーナさん」


おぉ、まさか自分のプレイヤーネームを覚えてくれているなんて感激です……もう尊すぎて死ぬ。


「それで、なんでしょう? 」


「アッ……私、えっと……仲良く……アッ……アッ……」


「……? 」


「…………ダメだこりゃ」


うるせぇよ! この状況で言えるわけねぇだろぉ?! お前は推しが目の前に居て上手く喋れるのかよ?! しかもめっちゃ不機嫌に虐殺した後やぞ?!!


「……ファイト! 」


「てめ、こんにゃろ! 」


「…………あの? 」


ハッ! いかんいかん、一条さんを置いてけぼりにしちゃってた! が、頑張れ私!!


「ァ、アノー…………えっとですね? その、……ァえっと……ァ……ァ…………………………やっぱ無理です、ごめんなさい!! 」


「あ、はい、大丈夫です……よ? 」


ごめんなさい、本当にごめんなさい! やっぱり今は無理です許してください! 今は同じ空間で同じ空気を吸ってるだけで満足ですぅ!!


「…………これが限界オタク、僕も気を付けよう」


うるせぇぞ織田ァ!


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