第72話一条玲奈の日常その5

「お前が俺の後輩と遊んでくれたヤツか? 」


「……どちら様で? 」


いきなり後ろから声をかけてくる失礼な相手を見据えますが……全然見覚えありませんね? 後輩と言われても誰のことだが……。


「……おや? あなたは知りませんが後ろにいるのは朝の三人組ですか」


「そうや、お前が遊んでくれたやろ」


「やっちゃってくだせぇ! 八木のアニキ! 」


「……」


今日は名前も知らない有象無象によく話しかけられて、さらには皆さん似たような質問をされるものだから機嫌悪いんですよね…………? 私がどれだけ母との約束を守るために自分を抑えているのか知らないくせして無遠慮に…………。


「とりあえず場所を移動しましょう、ここでは人目がありますからね」


「話が早いやないか、その綺麗な面歪ませてからまわしちゃるわ」


▼▼▼▼▼▼▼


「ご、ごべんばさい…………」


「ば、化け物ぉ……」


今日は機嫌が悪かったのでやり過ぎました、午後の体育ではまったく解消されませんでしたし、家に帰ってゲームする前に絡まれましたから仕方ありませんが…………まぁ、路地裏ですしこの程度なら大丈夫ですかね? もし露見しても不良と公爵令嬢なら後者を世間は信用しますし庇います。


「……………………死ね! このクソおん​──ぶぎゃっ?! 」


おそらく最初から隠れていたのでしょう、後ろからバットで不意打ちしてきた相手の懐にバックステップで潜り込みながら躱し、裏拳で鼻っ柱を叩き折る。振り下ろされたバットを手首を捻りおって奪います。


「おい! おい! ただの女じゃなかったのかよ?! 」


「八木のアニキ逃げましょう! 」


逃げようとする無事な最後の二人に対して、近くに積み上げられていたビール瓶を手に取り、顎に投げつけ脳震盪を起こして蹲ったところで足をバットで殴り折り、機動力を奪います。


「ガァァァァ!!?!? 」


「あぁあ?!! 」


そのまま他に倒れている男達を引き摺り並べていきます。


「許して……許してください…………」


「? 何をですか? 」


確かに絡まれて面倒くさくは感じましたが彼らに対して何か特別な感情は抱いていませんから許してと言われましても…………何を許せばよいのでしょう? 私にとって彼らは『遊んで』も文句の出ない丁度いい玩具でしかありません。


「……まぁ、別にいいですか」


まぁ、でもあまりやり過ぎるとあの男に付け込まれますし服の下に隠れる部分にしますか…………そのまま男性たちの服を剥いでいきます。


▼▼▼▼▼▼▼


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「ただいま戻りました山本さん、別邸に行く前に書斎に寄りますね」


家に帰ると山本さんが出迎えてくれましたので挨拶を返し、そのまま用事を告げます。


「……ただいまお客様が来ておりますのでお気をつけください」


あら? この時間帯にですか……いつもはお昼か夜に来ますのに……それにあの男がこの時間に家に居るというのも珍しいです、もしや養子の件でしょうか?


「そうですか、気をつけます」


「……」


一礼して去っていく山本さんを見送りながら私は書斎を目指します、本邸の中にありますので色々と気をつけないといけませんね。特に応接室やあの男の執務室の前は通らない道を行きましょう。


「っ……」


こちらを一瞬驚いた表情で見てから慌てて一礼する使用人たちを無視して本邸の廊下を歩きます。母が死ぬまでここで過ごしていましたから今さら案内なんて要りません。


「​──養子のことはお前には関係あるまい」


…………書斎に入るとあの男の話し声が聞こえてくる。なぜ応接室などではなくここで話しているのかわかりませんが無視してサッサと用事を済ませましょう。あの男もこちらを一瞥したあと表情を歪めて顔を逸らしましたし、お互い居ないものとして扱う方が良さそうです。


「おや? そこに居るのは玲奈嬢ではないですか、お母上に似てますますお美しくなられた! 」


そのように考えていると空気を読まないお客人によって話しかけられてしまいましたね……まぁ、母のことを出したりしていることからわざとでしょうけど。


「これは姉小路伯爵、気づかず申し訳ございません」


「いやいや、話していても気づかれぬ私の影の薄さが悪いのですよ! いやぁ〜この体質にも困ったものです! 」


と言いつつコチラを観察するようにジロジロと見てきます、この方はいつも嫌味や冗談を言ったりして相手の反応を楽しむ癖がありますから油断できません。


「そうだ! この際聞きましょう! 玲奈嬢はどう思います? 」


「どう、とは? 」


「いやいや、これは失敬! 私に気づかないぐらいですから話を聞いていたはずもありませぬな! 」


…………よく回る舌ですね? よほど脂が乗っていると見えます。


「…………おい、あまり刺激するな」


「そうですな、このくらいが引き際でしょう」


「……」


奴の一言で伯爵は引き下がりましたね、しかしながら未だ面白そうにしていますから何かまた仕掛けてきそうですね。


「いやなに、せっかく本妻との間に優秀な玲奈嬢が生まれたのになぜわざわざ養子を、と思いましてね? 」


「はぁ……」


「こんなにお美しくなられたのです、婿など向こうから湧いて出るでしょうに」


…………なんだってそんなことを私に聞くのでしょう? 伯爵も事情は知っているはずですがね? まぁ、正面から罵倒するわけにもいきませんし、当たり障りないことを言ってお茶を濁しましょう。


「残念ながら私は男性の方に好かれないんですよ」


「ふん、化け物と子を成したい男がおるはずもあるまい」


奴からも同意を得られてしまったのが気に食わないですが事実です、自分から周りと極力関わらないようにしているのもありますがそういったアプローチは受けたことがありません。


「…………君たち親子は本気で言っているのですかな? 」


「「親子ではありません親子ではない」」


「……………………左様で」


今日一番の笑えない冗談ですね? なるほどこれを狙っていたのですか……。


「んんっ! では私はそろそろお暇しましょうかね、目的の資料も借りられたことですし」


なるほど、我が家の資料が目当てでしたか、そのまま伯爵は帰っていきますね。


「…………監視から報告があったが通学時と放課後にやらかしたそうだな? 」


…………あぁ、あの男性たちのことですか。いきなり言われてもわかりませんよ。


「それがなにか? 」


「化け物を幽閉する良い口実だ」


「公爵令嬢よりもアウトローを信じる世間はありませんよ、第一世論を無視して血縁上の娘を疑うのは一条公爵的に・・・・・・どうなんですかね? 」


「…………本当に忌々しい、最近は素直に別邸に篭っていたかと思えば」


個人としては私を合法的に排除したくても『公爵家』としてはそれが許されない、精々が自由を奪う程度です。


「…………私は世間とは違い、お前という異物を受け入れない」


「……そうですか」


今さらですね、そんなことわざわざ言われなくても理解していますとも……そんなことを考えながら書斎から出ていく奴を見つめる。


「……………………お前という母親殺しの化け物をな」


奴が途中で振り返ってそんなことを宣う…………チョットナニヲイッタノカ、ワカリマセンネ。


「…………………………………………時代遅れの貴族政治」


「………………なんだと? 」


知っていますよ? 財務大臣として非常に優秀な功績を示し、政界入りする前からの優秀な実績と併せて次期総理大臣筆頭候補と持ち上げられている傍らで『公爵が総理大臣になれば民主主義の終わり』と国内外から叩かれていることを……そしてこのまま手をこまねいていれば実際に総理大臣にはなれないだろうことも。


「…………第二次日米中太平洋戦争すらもう80年前だというのに」


「貴様……」


コンプレックスなんですよね? 人類平等を掲げておきながら『華族貴族という出自』で差別されることが…………。


「世間が見るのは貴方ではなく一条という家​──」


「​──黙れぇ!! 」


「っ! 」


…………少し煽りすぎましたかね、殴られてしまいました。その拍子にぶつかった本棚から本が大量に落ちてしまいましたね。


「……いいのですか? 婦女暴行ですよ? 」


「……私から玲子を奪った化け物が人間の振りをするんじゃない」


殴って幾分落ち着いたのか、まだなにか言いたげでしたが深呼吸をして今度こそ去っていきますね。…………死ねばいいのに。


「…………屈折した愛情など普通の人であった母様に届くはずもないのに」


本当に愚かで幼稚な男です…………おや、丁度落ちてきた本が目当ての物ですね? このまま私も引き下がりますか。


「お嬢様、今の物音は…………口から血が出ておりますぞ!? 」


その直前に騒ぎを聞きつけた山本さんとその後ろに……どちらの子でしょう? 姉小路伯爵にこんな年頃の女の子は居たでしょうか? ……まぁ、とにかく女の子が入口にやってきました。


「……おや? 本当ですね」


「いったい何が……」


「少しあの男を煽りすぎただけですのでお気になさらず、あとできれば本棚の片付けをお願いします」


「それは構いませんが……」


こちらを痛ましげに見つめる山本さんをなるべく見ないようにしつつ書斎を出ます。


「あ、あの! もしかしてお義姉様ですか? 」


「​──」


「は、初めまして! 私会いたかったのです、今度一緒に​──」


………………………………この本に大体のことは書かれているはずですし、結城さんが聞きたがっていたことにも答えられるでしょう。お昼にゲームについて色々と教えてもらったお礼ですからしっかりとしなければなりませんね。


「お、お義姉様……」


「…………小鞠お嬢様、今は諦めなされよ」


………………………………確か一番攻略が進んでいるのが東側ルートで既に王都に辿り着けそうだと言っていましたね、そちら側に寄ってみますか。


「……」


………………………………そのまま別邸へと足早に向かいます。


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