第488話 思春期に色恋沙汰はつきものです!? それでも春也は一途でブレたりはしません
小学校と比べて人数が増えたのを、最初は大勢いるな程度にしか思っていなかった。そんな春也が認識を変えたのは、夏休み明けの2学期になってからだった。
「また増えてねえか……」
春也は心からげんなりしていた。数年前よりの恒例行事になりつつあったので慣れたと考えていたが、大きな間違いだった。
「あれだけ活躍したら仕方ないんじゃないかな。県予選の決勝は地元のテレビでも放映されたらしいし」
一緒になって裏庭の校舎の陰に隠れているのは晋悟だ。1年ながらに中堅手のレギュラーとして全試合に出場したこの友人もまた、同じような立場にある。
「僕の場合はそれに加えて、春也君や智希君と仲良くしてるから紹介してほしいって話も多いんだよね」
「それで晋悟の取り巻きと揉めたんだっけか」
「取り巻きって……まあ、実際にはその通りなんだけどね」
とても大きなため息だった。晋悟君に失礼な頼みごとをしないでと、追っかけの中心らしい女性が反発し、最終的に取っ組み合いにまで発展したらしい。春也は話に聞いただけだが、仲を取り持ったのは意外にも演劇部顧問の芽衣先生だった。
「知らない間に休戦協定が結ばれて、皆で遊びに行こうって話になってね。春也君と智希君もしっかり誘ったはずなんだけどね」
晋悟が恨みがましい目つきになる。
「ちゃんと謝っただろ。大体、せっかく朝からまーねえちゃんに誘ってもらえたのに、どうして好きでもない女と出掛けなきゃいけないんだよ」
「そうだよね……春也君はきちんと陽向お姉さんが好きって言って、他の子に告白されても断ってるのにね」
「諦めるどころか、振り向かせてみせるって張り切りだしたからな。俺にはもはや理解不能の領域だ。いっそ智希みたいに突き抜ければいいんだろうか」
「それだけはやめてくれないかな!? ようやく春也君が成長して、智希君の暴走だけ監視してればよくなってきたんだから!」
「腰が低いようでいて、晋悟も大抵失礼だよな」
もっとも時折辛口を混ぜるのは春也と智希に対してのみなのだが。
「それだけ心を許してる証拠っつーことで――」
「春也君、みーつけたー」
「うおお!?」
いきなり背後から肩に手を置かれ、春也は脱兎のごとく駆け出した。すぐ後ろに晋悟も続く。部活動でだいぶ足も速くなったのだが、走力だけはいまだに勝てずにいた。
「朝から何のホラーだよ! いい加減にしてくれよ!」
*
「……てな感じでな、酷い目にあったんだよ」
「くだらんな。そんな連中など無視すればいいだろうが」
「まったくだ。愚痴る相手を間違えた」
なんとか教室に戻ると、授業が始まる前に後ろの席の智希に話しかけたのだが、返ってきた言葉は実に予想通りだった。
「にしてもお前の、のぞねーちゃんアルバムはどんどん増えてくな。また授業中も見て、没収されんじゃねえぞ」
「不要な忠告だな。最近はデータとして保存しておけるだけに、プリンターを使えば幾らでも増産可能だ」
「量産型のぞねーちゃんってか」
「貴様、親愛なる姉さんをよりによって量産型だと!?」
「怒るなよ! っていうかお前が増産だ何だと言い出した――」
「――素晴らしい!」
ガシッと両手を掴まれた。スクスクと成長をし続ける希ほどではないにしろ、智希の体格も同年代の男子に比べると良い方だ。もっとも成長度でいえば春也が1番で晋悟が2番なのだが。
「いきなり何だよ」
少し離れて春也と智希を観察していた女子が何やら瞳を輝かせ出しているが、そんな意味不明な現象を気にしている余裕はない。もっと目をキラキラさせている奴が目の前にいるからだ。
「たくさんの姉さんに囲まれての生活……まさにこの世の楽園ではないか。是非、お願いしたい! さあ、今すぐに増産してくれ!」
「できるか! 何で成績は良いのに、そんなこともわからねえんだよ!」
「それはつまり、俺が学問を究めてホムンクルスなりなんなりを作ればいいということだな」
「違うっつーの! おい、晋悟! なんとか――って、あっちはあっちで大変だな」
春也や智希と違って人当たりの良い晋悟は、できるだけ周囲の人間を傷つけないように苦心しながら自分の周りに集まっている女子に対応していた。
「あいつ、そのうちストレスでハゲそうだな」
「問題なかろう。口ではなんやかんやと言っているが、あれで苦労を背負い込むのを楽しんでる節がある」
「とんだド変態だな」
「そこ! 聞こえてるからね! 勝手に人を変態扱いしないでもらえるかな!?
」
*
日々、鬱陶しくなりつつある校舎での生活を終えると、待ちに待った部活の時間がやってくる。しかし今日に限ってはいつもと事情が違っていた。
「今日から野球部のマネージャーをすることになりました。よろしくお願いします」
前々から希望者が殺到していたというマネージャーを、とうとう監督が承諾したらしかった。やることは練習の手伝いなど雑用が多いのだが、いてくれれば練習以外に気を向ける必要が減り、かなり助かるのは確かだ。
問題はその1年の女子が、小学生の頃からやたらと春也の世話を焼こうとする人物だったことである。確か修学旅行の時も気がつけば近くにいたなと思い出し、乾いた笑いが出そうになる。
「監督が認めたなら仕方ねえけど、問題事にだけはならねえでほしいよな」
「他の部員の目もあるから、さすがに……と言いたいところだけど、どうなるかはわからないね。僕としては助かるからって、マネージャーの人数を増やされる方が怖いけど」
「先輩方は喜んでるみたいだけど、マネージャーは別に女子でなくてもいいのにな」
マネージャーの紹介を終えた監督が練習再開を告げると、春也は智希と連れ立ってブルペンに向かう。3年生が引退してチームの主体は2年生になったが、春也はすでにエースとして内外から認められていた。
「よっし! 今日も絶好調だぜ」
機嫌よく智希のミットを響かせ終えると、いつの間にいたのか、マネージャーになったばかりの女子がタオルを持ってきた。
「これで汗を拭いて」
「いや、悪いけど、俺だけ特別扱いしないでくれ。お前はチームのマネージャーだろ?」
「エースが体調を崩したら大変だから、気を遣うのは当然よ。監督にも許可を貰ってあるわ」
「……しっかりしてるっつーか、なんつーか」
その後の続く言葉を見つけられず、仕方なしに春也はタオルを受け取った。良い匂いがして、とてもフカフカだった。
*
静かな授業中の反動か、休み時間の教室はとても騒がしい。わりと時間のある昼休みであれば、運動しに行ったりなどの生徒もいて閑散とすることもあるのだが、それ以外は10分しかないのでクラスメートと雑談することが多い。
そこに加えて話すのが思春期の男子となれば、話題は決まって異性関連ばかりになる。
「俺、B組の奴と付き合うことになったんだ」
「マジかよ。あれ、でもお前の好きな女ってC組だったよな」
陸上部期待のホープだと自称する男の報告に、春也と同じ野球部員が身を乗り出したあとで眉間に皺を作った。
「そうなんだけどさ、熱意に負けたっていうか……高木だったら俺の気持ちがわかるんじゃないか?」
「何で俺に振るんだよ」
「高木だけじゃなくて小山田――は特殊だからおいといて、柳井なんかも凄えモテてるじゃん。あれだけ好き好き言ってもらえたら、気持ちも揺らぐだろ」
「そんなことはねえな。前にも言ったけど、俺はまーねえちゃんって姉ちゃんの友達に一途だからな」
どうして誰とも付き合わないのかしつこく聞かれた際、言い訳するのも面倒臭かったので正直に片思い中だと教えた。それから目の敵にしてばかりだった他の男子が、やたらとフレンドリーになったのは謎だが。
「俺だってそうだったよ。でもさ、振り向いてもらえそうもない相手を追いかけ続けるより、想ってくれてる子と付き合った方が幸せなんじゃないかって思ったんだよ」
「そうか……としか言えないな」
「ハハッ、まあ高木もよく考えてみろよ。押し付けるわけじゃないけど、その気になればすぐ恋人を作れるありがたい立場にいるんだからな」
*
懸念していたマネージャーの存在だが、春也の世話を中心に焼こうとする一方で、きちんと部全体も見渡して気を遣っているので他の部員の受けは良かった。早速告白して振られた部員もいるらしい。
その際の断り文句は「春也君が好きだから」というもので、今度は部員からヘイトを集めるかと思ったが、むしろマネージャーを応援するような立ち位置へ変化したそうだ。これも春也には理解不能な現象だった。
「どいつもこいつも彼女だ何だって騒がしすぎだろ」
ランニングの途中で隣にいた智希に愚痴ると、見慣れた苦笑いが返ってきた。
「確かにそう思う時も多いけど、中学生ってことを考えれば普通じゃないかな。興味自体なら僕にもあるし」
「そうなのか?」
「春也君に智希君と一緒にいるおかげで退屈しないから、まだ特定の誰かと親密になりたいとは思ってないんだけどな」
「なるほどな。智希は――聞くまでもないな。……いや、そうとも言えないか。のぞねーちゃんのためになるんであれば、平気で好きでもない女と付き合いそうだしな」
「貴様は俺を何だと思っているのだ」
どうやら話を聞いていたらしく、すぐ後ろを走っていた智希が距離を詰めて会話に加わった。
「姉さんのためになるからといって……ふむ、一考の価値はあるかもしれんな」
「やっぱり俺が正しかったんじゃねえか」
「フン、そんなことより貴様はどうなのだ。あのヤンキーもどきとはあまり会えてないのだろう?」
「良く知ってんなってか、俺が愚痴ったせいか。まあ、そうなんだけど、だからって好きでいてくれる他の女と付き合うって考えはないな。俺が好きなのはまーねえちゃんだし」
「フッ、愚問だったな。そういうところは嫌いじゃないぞ。困ったことがあれば俺に言え。晋悟の名前を語って物理的に排除してやろう」
「そういうところだからね!? 僕が困ってるのは! 冗談でも言っていいことと――冗談だよね?」
「さあな」
「智希君!? ああもう希お姉さんでも他の女の人でもいいから、彼を制御してくれないかな!?」
頭を抱えそうな友人に、春也は微笑んで告げる。
「無理だ」
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