第420話 冬だからこそ外で遊ぶのもいいよね、でも吹雪いてるから家の中で遊びましょう

 母親に読書や睡眠の邪魔をされるたびにゴリラ扱いするようになった希に、ヤケクソになった実希子がゴリラの真似をして迫ったという怖いのか微笑ましいのかわからない事件がやたら記憶に残った秋も終わり、季節は冬に変わっていた。


 年中春か秋がいいと愚痴る大人もいるが、子供の穂月は夏と違う景色に興奮を隠せない。


 何せ今日は朝から雪が降っているのだ。


 かまくら作りに雪合戦。ふかふかに積もった雪のベッドにダイブするのもいい。

 浮かれ気分のまま朝ご飯を食べ、いざ出陣となった時に問題に直面する。


「おー」


 日中なのに外は夜のように暗く、前が見えないほど吹雪いていたのである。北海道ほど極端に気温が下がらないとはいえ、外は氷点下だ。迂闊に迷って家に戻れなくなると凍死の危険性も出てくる。


 もっとも住宅街であれば、その前に近くの家に助けを求めればいいだけだが。


「残念だけど外で遊ぶのは無理そうね」


 防寒着で温かくしても、これだけ視界が悪いと接近してくる車に気付けない。逆もまた然りだ。


「でもお店には行けるー?」


「もう少し弱まれば可能かもしれないけど……春道さんに送ってもらった方がいいかしら」


 茉優が店長を務める2号店が県中央にでき、たまに実希子らがヘルプに入ったりもするので、本店の方も人手に余裕があるわけではなくなっている。


 加えて定休日以外にも休みを入れるためにローテーションを組んだりするので、パートとはいえ和葉も吹雪いたから休むとは簡単に言えない。


 仮にそう報告すれば間違いなく店長は許可するだろうが。


「ならエンジンをかけとくか」


 リビングで仕事をしている春道は会話を聞いていたらしく、嫌な顔一つせずに立ち上がった。


「じゃあ穂月、ジャンパー着てくるっ」


   *


「お前ら、本当に元気だなあ」


 ムーンリーフに着くなり、市内の配送に出発しようとしていた実希子に苦笑いで出迎えられた。


「ほっちゃん、おはようなのー」


「おはようございます」


 お店にはすでに沙耶と悠里の姿があった。暖房が効いた部屋で、2人とも仲良く宿題をしている。


「陽向なんかは歩いてきやがったぞ。どんだけ遊ぶのに命懸けてんだ」


「子供の頃の実希子ちゃんを見てるみたいね」


「好美、それは子供たちの前で言っちゃだめだ」


 実希子が出発すると、朱華を連れた尚もやってきた。冬休みは小学校のグラウンドに雪が積もるので、ソフトボール部の練習もあまりないらしい。


「練習が本格的になるのって中学校からだもんね」


「それでも菜月ちゃんなんかは筋肉痛に悩んでたわよ」


 朝の休憩中の葉月と好美はとても懐かしそうだ。


「朱華ちゃんは大丈夫だった?」


「部活に入る前から、ほっちゃんたちと走り回ってたし」


 ゆっくりお風呂に入って眠れば大丈夫と朱華は得意げだ。


「だからまーたんも安心して入部しなさい」


「は? 何で俺まで!」


「最近は部員数が少ないのよ。単独で参加できてるのはうちくらいのものだし」


 それ以外は地域で複数のチームを作り、試合にも参加するらしかった。田舎だからではなく、全国的に似たような感じだとも朱華は教えてくれた。


「そんなわけで皆にも期待してるからね」


「はわわ、ゆーちゃんにソフトボールなんて無理なのっ」


「心配しなくても、黙って立ってるだけでもいいのよ」


 ぷるぷると首を左右に振る悠里の両手を掴み、顔をグッと近づける朱華。


「尚ちゃん、娘さんがなんだか無茶苦茶なことを言ってるよ」


「単独チームにこだわってるみたいでね。来年の6年生が抜けると結構ヤバいから必死になってるのよ」


「アハハ、私たちの頃とは違うんだねえ。

 まあ、卒業してからの年数を考えると当たり前だけど……」


「葉月ちゃん、お互いに怪我をするだけの話題はやめましょ……」


 しんみりする2人の母親を後目に、朱華のソフトボール勧誘は盛り上がる。穂月も熱心に誘われるも、まだ先の話なのであまりピンとこない。


 手応えがないのを感じ取った朱華は、それならと勢いよく拳を握った。


「私がソフトボールの楽しさを教えてあげるわ!」


「あいだほっ」


「外は吹雪きですっ! ほっちゃんもノリノリにならないで欲しいですっ!」


 今すぐにでも朱華と外へ飛び出そうとする穂月の腰に、半泣きの沙耶が必死で抱き着いた。


   *


 葉月や尚、それに和葉が仕事へ戻り、好美も事務作業に没頭する。お昼までは大人に迷惑をかけるわけにはいかず、子供たちだけで何ができるかを考える。


「ゆーちゃんも、お外で遊ぶのはやめた方がいいと思うの」


 先ほどの沙耶に続き、悠里も屋内にいようと提案。読書と睡眠を貪るのが生き甲斐の希も追随。


 朱華は吹雪きなど何のそので、家からムーンリーフまで徒歩できた陽向も雪程度で外遊びを諦めるような性格はしていない。


 多数決をするとなった場合、最後に残った穂月が重要になる。


「穂月はね、劇がやりたいっ」


「つまり外遊びが2票、家遊びが3票、劇が1票ってことね」


 朱華がまとめ、穂月を除く全員が頷く。


「おー」


 仕方ないので一人でくるくる踊っているうちに、どうやらこのまま室内で過ごすのが決定したらしい。


「残り少なくなった宿題を終わらせるのも手ね」


 部屋の隅に置いていたバッグから、朱華が自分の宿題を取り出す。


「マジかよ、せっかくの冬休みなんだぞ」


「そう言うまーたんだって宿題を持ってきてるじゃない。感心感心」


 出会った当初は宿題なんぞやるものかという態度だったが、1年以上も穂月たちと行動を共にした結果、考え方にもずいぶんと変化が生じていた。


 きちんと愛称で呼んでくれているし、接し方も柔らかくなったので、ますます穂月にとって陽向は大切な友人になった。


「のぞちゃんも宿題ー」


「……」


 一人なら宿題などしないまま冬休み明けに登校し、先生に怒られていた可能性が高い希だけに、穂月たちと一緒に行動するのを配送に出掛けた実希子が誰よりも喜んでいた。


 娘が人並みに生活できているのも穂月たちのおかげだと。


   *


 皆でわからないところを教え合えば宿題も捗る。あまり成績優秀ではない穂月はもっぱら質問役だが。


 3年生の陽向には4年生の朱華がつきっきりで教えた。その朱華はわからないところがあればノートにまとめておき、あとで好美に質問する方式をとっていた。


 穂月の先生役はもちろん沙耶だ。というより全員の指導と監視を担っている。


 希も身体能力は抜群なのだが、目を開ければ頭脳も優秀とはならず、テストの成績は穂月よりも少しいい程度だったりする。


 その差を生み出しているのが国語だ。元々本を読みたいがために平仮名も漢字も誰より早く覚えた少女だけに、1科目だけ点数が突出していた。


「宿題もほとんど終わったし、あとは残りの冬休みを満喫するだけね。まずは今日……なんだけど、やっぱり止まないわね」


 窓の外を見て朱華がげんなりする。勉強と昼ご飯を終えてかなりの時間が経過したにも関わらず、雪の勢いはむしろ増していた。


「せっかくだからトランプでもしましょうか」


「あいだほっ」


 劇をやりたい気持ちもあるが、他の遊びも嫌いではない。何より皆と一緒にいるのは楽しい。


 テレビゲームもしたことはあるが、穂月の場合は皆でお喋りしながら楽しめる昔ながらの遊びが好きだった。


 オセロや将棋などもするが、オセロはまったく勝てず、将棋はいまいちルールを把握できていないため――主に穂月が――基本的には除外される。


「じゃあ、ババ抜きをしようっ」


 人が多くても楽しめるのがババ抜きだ。七ならべとかも面白い。高木家でも夕食後の団欒でよく穂月を交えて遊ぶので、それなりに得意である。


「げっ! またババが残った」


「まーたんはわかりやすいのよ。逆にのぞちゃんの表情からはまったく読み取れないけどね……」


 陽向のジョーカーを回避した朱華が、手札を希に向ける。


 希は無表情で適当に引くと、淡々と次の悠里に向き合う。一事が万事この調子だからかは不明だが、ババ抜きにおける彼女の勝率は高かった。


 1人また1人とあがっていき、最後は陽向と穂月の一騎打ちになる。


 陽向の手札は2枚。穂月は残り1枚。ジョーカーを回避できれば勝ちだ。


「よし、こっち!」


「残念、それはババだ」


「おー」


「次は俺の番だ!」


 鼻息を荒くした陽向がカードを引き、直後に嬉しそうな声が響く。


「負けちゃった、えへへ」


 悔しさはない。あるのは楽しかったからいいやという感情だけだ。


 以前に穂月のこうした性格は茉優に似ていると、菜月に言われたことがあった。誰にでもあるわけではない長所だから大切にしなさいとも。


「今日も楽しかったねえ」


 トランプ遊びをしているうちに、日が短い冬の空はすっかり暗くなっていた。ほんの少しだが雪も弱まっているので、帰るなら今がチャンスだろう。


「陽向や沙耶たちはアタシが送ってってやるよ」


 仕事を終えたらしい実希子が、車のキーを片手にウインクする。


 口々にお礼を言ったあとで、陽向が天井を見上げて「あー」と呻いた。


「まーたん、どうしたの」


「もうすぐ学校が始まっちまうなーって」


「そうしたら学校でもみんなと遊べるよ」


「ほっちゃんはいつでも前向きだな。アタシも少しは見習うか。3学期になりゃ、スキー教室もあるだろうしな」


 陽向から出たスキー教室という単語に、悠里が楽しみだねとにっこりする。運動は苦手でも皆と遊ぶのが好きな少女らしい。


「私は今年こそ滑りを覚えたいです」


「じゃあ穂月と一緒に滑ろう」


「はいっ!」


「ゆーちゃんもー」


「のぞちゃんもだよ」


「……ん」


 手を振ってムーンリーフ前でバイバイする。急に寂しくなるので、一時的であっても穂月はお別れが嫌いだった。


 夏休みや冬休みは会えない日もあるが、学校が始まれば毎日のように皆の顔が見られる。


 だから早く学校が始まればいいなと、穂月は祖母に手を引かれながら思った。

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