第350話 菜月と友人たちのスキー旅行

 姉の葉月たちは成人式の前に楽しんだと聞いていたが、式前に何かあったら困るので、菜月たちは成人式が終わってからスキー旅行に出発した。


 県内でも有名なスキー場で、近くのホテルに1泊する。


 参加者は菜月、茉優、愛花、涼子、明美のいつもの面々に加え、真、恭介、宏和の三名だ。


 部屋割りはからかう涼子のせいで揉めたが、二部屋借りて、それぞれ男性と女性で使うことにした。

 スキー場のホテルということで利用者が多いのか、五人部屋も三人部屋も当たり前に用意されていたのが嬉しかった。


 宏和が借り、さらに運転もしてくれたレンタカーでスキー場に着くなり、グループの中では一番の元気印の涼子が真っ先にゲレンデに飛び出していった。


「待ってよ、涼子ちゃん」


 すぐに明美が追いかける。

 二人はスノーボードを楽しむと言っていたので、ゴンドラの回数券を買いに行ったのだろう。


「まずはホテルに荷物を運ばないといけないのに。

 ……車の中に放置しておきましょう」


 場の雰囲気を壊さないように笑顔を心掛けているが、落ち着きのない二人に愛花は明らかに怒っていた。


「荷物くらい運んでやるよ」


 長距離運転の疲れも見せずに宏和が二人の荷物を持とうとするも、今度は露骨に顔をしかめた愛花が制した。


「自分でやらせるべきです。

 浮かれて周りが見えなくなるなんて、小学生じゃないんだから」


 ど真ん中すぎる正論に、菜月の背後に隠れるようになっている茉優がほんの少しだけビクつく。

 ギリギリで堪えたものの、恐らく似たような行動をとりかけていたのだろう。


「仕方がないわね。放置もかわいそうだから、最後のチャンスをあげましょう」


 菜月が涼子のスマホにメールを送ると、程なくして焦り顔の二人が戻ってきた。


   *


 天高く昇った太陽の光が、ぎっしりと敷かれた純白に反射してキラキラと結晶のように輝く。

 絵具をぶちまけたような青色を羨ましがるように僅かな雲がかかっているも、間違いなく晴天だった。


 山というのもあり気温は冷え込んでいるが、動いていればすぐにスキーウェアが邪魔なくらい暑くなるだろう。


 再スタートだとばかりに、涼子と明美は連れ立ってゴンドラに乗って頂上へ向かった。菜月たち北国の出身者は子供の頃に学校行事でスキー教室などがあったりするので、基本的な動作などはある程度体に染みついている。


 そうでなくとも雪が降れば、子供用のミニスキーなどで遊んだりもするのだ。

 雪が滅多に振らない地域の子供たちに比べれば、ずっと慣れていて当然だった。


 そうした理由から涼子や明美だけでなく、菜月をはじめとした他の面々も自前のスキー板を持っていたし、何度かは実際にスキー場で遊んだ経験もあった。


 しかし――。


「ねえ、茉優……スキーをしにきたのよね?」


「そうだよぉ」


「じゃあ、その両手に持っているものは何?」


「そりだねぇ」


 高々と掲げられる見慣れた真っ赤なそり。


「ねえ、茉優……クリスマスは終わったわよ?」


「今年もサンタさんが来てくれたねぇ」


 遠回しに相棒の選択のおかしさを伝えようとして、逆に菜月が衝撃を受ける。

 どうやら茉優の父親は、いまだに娘にクリスマスプレゼントを贈っているらしい。

 子供の頃にあまり構ってやれなかった罪滅ぼしかは知らないが、娘に甘いのは変わりないみたいだった。


「仕方ないからはっきり言うけれど、そりはやめておきなさい。ゴンドラに乗るのも苦労するし、スピードが出るから他の利用者に迷惑がかかるわ」


「でも……そりじゃないとなっちーと一緒に乗れないよぉ」


「……なら下の邪魔にならないところで遊んでましょう」


   *


 足で斜面を登り、周囲を確認してから茉優と一緒にそりで滑る。

 遊んでみると、童心に帰ったみたいで意外と楽しかった。

 けれどそりばかりではさすがに飽きも出てくる。


「そろそろスキーを遊びましょうか。真はともかく、沢君に申し訳ないし」


 菜月が茉優にかかりきりなので、真と一緒に滑っていた恭介が慌てて首を振る。


「そんなことないよ。俺も十分に楽しめてるから」


「本当に茉優と遊べなくていいの?」


「……ごめんなさい」


 素直な恭介に免じてそりから降りると、いまいち男女の機微に疎い茉優がきょとんとする。


「恭ちゃんもそりに乗りたかったの?」


「え? いや、俺は……」


「はい、どうぞ」


 先ほどまで菜月が乗っていた場所を、ポンポンと叩く茉優。

 沢恭介という男の逡巡は、ほんの数秒だった。


 お言葉に甘えてそりにお邪魔するなり、すぐ背後の茉優にギュッと抱き締められ、必要ないのに照れ隠しのために装着したと思われるゴーグルの奥で、盛大に頬筋を蕩けさせているのが容易に想像できた。


 それは菜月の隣に立つ真も同様だったようで、


「なんか恭介君、すごく幸せそうだね」


「間違いなく茉優の胸の感触に鼻の下を伸ばしているわね」


 断言したあとで、菜月はチラリと真を見て、


「羨ましい?」


「こ、答えにくいこと聞かないでよっ」


「答えにくい?」


「えっ!? あっ、いや! 羨ましくないです、全然!」


 平身低頭しそうな勢いの真に、少々の不機嫌さも吹き飛ぶ。


「冗談よ」


「よ、良かった……」


 茉優の世話を恭介に任せ、額の汗をウェアの袖で拭う真と一緒に、菜月はスキー板を装着してゴンドラへと向かった。


   *


「くはあああ、スノボしたあとの温泉は最高だなあ」


 利用者が丁度少ないのをいいことに、ホテルの大浴場で、盛大に大の字になって湯舟に浸かる涼子。


「涼子ちゃん、中年親父みたいだよ」


「というより、ほぼ実希子ちゃんね」


 明美の指摘より堪えたらしく、涼子は菜月に言われるなり、すかさず行儀正しい姿勢に戻った。


「茉優は実希子ちゃん、恰好いいと思うよぉ」


「ソフトボールだけやっていればね」


「さすがに私はそこまで言いませんよ」


 意外にも茉優が実希子のフォローに入り、菜月が辛辣な条件付き肯定をしたところで、愛花が中立を宣言する。

 指導者に恵まれなかった中学時代と、全国を目指した高校時代に世話をしてくれた恩人なので悪く言いたくないのだろう。


「けど、大きな風呂はいいよなあ。寮の風呂もデカいから、そのうち普通のサイズじゃ満足できなくなりそうだ」


 頭の上にタオルを乗せている涼子が、湯舟に沈みそうになりながら、顔一杯に幸せっぷりを張り付ける。


「向こうにサウナがあるみたいだけど、一緒にどう?」


 明美に誘われた涼子は「パス」とにべもない。


「減量してるわけじゃないし、部活のおかげで太ってもないし」


「じゃあ、愛花ちゃんは?」


「……私を晒し者にしたいのですね」


 ドスの利いた声に明美が恐れをなし、愛花が空虚に笑う。

 サウナで隣同士に座ったら惨事になる仲間なだけに、菜月には彼女の心境が痛いくらいにわかった。


「ところで――」


「前に聞かれた時と変わらないわよ」


 涼子が口を開くと同時に答えをぶつけてやると、なんとも複雑そうな視線が菜月に向けられた。


「生憎と課題の忙しい真は奥手ぶりに拍車がかかっているのよ」


「だったらそこは菜月から――」


「――蹴られたい?」


「冗談です」


   *


 お風呂を出ると、先に上がって待っていた男性陣と合流し、ホテル内にあるレストランで空腹を満たした。途中におやつは食べていても、スキー場ではしゃいだ分のカロリーはとても補充しきれない。


 節約が当たり前の日常では味わえない豪華なメニューに舌鼓を打ったあとは、菜月たちの部屋で宴会が開かれた。

 目出度く全員が成人しているのでアルコールも解禁だ。


「ぷはーっ!」


 意外にも豪快な呑みっぷりを真っ先に披露したのは、誰より大人しそうな外見をしている明美だった。


「明美ちゃんはお酒が好きなのね」


 菜月の確認に、微塵も赤くなっていない顔で明美が頷いた。


「すぐにハマっちゃって、最近じゃカクテルよりもウイスキーとか呑んでるかな」


 実希子と話が合いそうな女傑に、着々と育ちつつあるようだ。


「私は呑みたいとも思わないけれど、真は意外に強いのよね」


 話を振られた真は照れたように笑うも、手に持っているのは缶ビールだ。


「でも逆にあまり酔えなくて、呑んでて楽しいとかはなかったんだ」


 結局付き合い程度に楽しむだけで、一人だと飲酒はしないらしい。


「呑み方としてはまっきーさんに近いですね。

 私の場合はあまり強くないからですけど」


 愛花の彼氏の宏和はそれなりに呑めるみたいだが、野球の練習が忙しくて酒盛りどころではないそうだ。


「涼子ちゃんは強そうだけど……」


 けれど当人の両手の中にあるのは、菜月と同じオレンジジュースだった。

 口籠る涼子に代わり、その理由を明美が楽しそうに暴露する。


「涼子ちゃん、実はすごく弱いの。しかも酔うと乙女チック全開モードになって、とっても可愛いんだから」


「やめろ! ボクはもう呑まないからな!」


 驚愕の事実を発見して以来、明美は隙を見ては涼子にお酒を呑ませようとするらしく、すっかり警戒されていた。


「菜月、助けて!」


「別に構わないけれど……お礼に一回だけ酔ってみてくれる?」


「うわあ、ここにも悪魔がいる!」


 逃げ回る涼子に無理やり呑ませることはしなかったが、宴会もそろそろお開きになろうかというタイミングで、うっかり水と間違えて呑んでしまったのはご愛敬だろう。


 その後の光景については、涼子の名誉のためにも黙っていようと、明美を除く面々は固く心に誓ったのだった。

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