第291話 高校入学と部活

 新しい学校、新しい教室、新しいクラスメート。

 不安と期待を抱きながらも待ち合わせて全員で登校した高校は、中学校よりも威厳がありそうに見えるから不思議だった。


 しかし、菜月の机の前に立っている愛花は言う。


「あまり変わり映えがしないような気もしますね」


「それは愛花ちゃんと私が同じクラスだからよ」


 何の因果か、これで中学生時代も含めて四年連続である。


「心強くはあるけれど、他の皆と離れてしまったのは少し寂しいわね」


「特にC組の涼子は一人ぼっちでしたね」


「彼女なら大丈夫でしょ。B組の茉優も沢君と一緒だから、何かとフォローしてもらえるだろうし。心配なのはA組の二人ね」


「明美と真君ですか」


 愛花が深く頷いた。どうやら菜月と同じ不安を抱いていたらしい。


「毒舌ですから気が強そうに見えても、明美は人見知りしますからね」


「救いの手を差し伸べようにも、真も積極的に前へ出るタイプではないもの」


「二人しておろおろする姿が目に浮かぶようです」


 額に手を当てて、ため息をつく愛花。


「とはいえ、そこまで心配する必要もないわ」


「どうしてです?」


「ほぼ確実に、休み時間になれば私たちの教室へ遊びに来るからよ」


 見渡した教室は、ドアが灰色の重そうなスライドドアに変わったくらいで、中学時代と大差はない。


 制服も姉やその友人で見慣れているため、同じのを着ているという感慨深さはあるが、取り立てて可愛いなどと感動したりもしない。


「そう考えると、中学時代とあまり変わりませんね」


「奇遇ね。私もそう思っていたわ。中学生になった頃は、もっと新鮮な驚きがあったのだけれど」


「……ずいぶんとおばさんくさいですよ?」


「今年でもう16になるからね」


「葉月さんに密告したら、またほっぺをグリグリされそうですね」


「それだけはやめて。お願いだからやめて」


 今年で26になる姉は、意外と年齢の話題に敏感になりつつある。天真爛漫なようでいて、やっぱり女性だった証拠だろう。菜月からすればまだ十分に若いと思うのだが。


「どうしてあそこまで年齢を気にするのかしらね。ママもだけれど」


「菜月さんのお母様ですか? 確か40代前半でしたよね。女優さん並みに綺麗で、保護者の間で評判になってると、前にうちのパパとママが言ってました」


「そうなのだけれどね。目立つようになってきた目や鼻元の皺を気にしているわ。エステに通ったり、高い化粧品を買ったりとかはしていないみたいだけれど、お風呂上りの入念なマッサージは欠かしていないわね」


「そこはわたしのママもです。母親になっても女性だということですよね。だからこそなんですが、パパが迂闊にも他の女性を見て鼻の下を伸ばそうものなら大変です。以前に日の丸弁当にされるという制裁も喰らってましたし」


「失礼だけれど、想像すると少しだけ微笑ましくなるわね」


 クスリとしてから菜月は言葉を続ける。


「それにしても、愛花ちゃんのママも嫉妬深いのね」


 家にお邪魔した際などに何度も顔を合わせているが、穏やかそうな淑女という感じで、声を荒げたりするイメージがまったくわかない女性だった。


「も、ということは菜月さんのママもなんですか?」


「いまだにパパにベタ惚れだからね。もっともそのパパが小まめに愛の言葉を贈ってくれているから、家の中は平和そのものだけれど」


 問題があるとすれば、春道を見て育った葉月が臆面もなく愛を囁ける女性に成長したせいで、彼氏の和也がすっかりペースを握られてしまったことくらいだが、そこらへんはご愛敬だろう。


「何の話をしてるの?」


 案の定というべきか、早速というべきか、明美が真と一緒に菜月たちのF組までやってきた。


「女の年齢と夫への愛情についてです」


「朝から深い話をしてるのね」


 苦笑する明美だが、どことなく全身から安堵感も漂っている。


「新しい教室はまだ落ち着かないみたいね」


 菜月が声をかけると、真は申し訳なさそうに肯定した。


「同じ中学出身の子も含めて、あまり話したことないクラスメートばかりでね。ちょっと息苦しい感じはあるね。そのうち慣れるだろうけど」


「気にしなくてもいいわよ。中学時代に皆のクラスが違う時だって、よく集まっていたじゃない。明美ちゃんや涼子ちゃんは愛花ちゃんのところにだったけれど」


「ありがとう、菜月ちゃん。やっぱり愛花ちゃんの隣は落ち着くなあ」


 猫みたいにごろごろと愛花に頬ずりをする明美。

 その愛花はといえば、腕に豊満すぎる果実を押し当てられ、なんとも居心地悪そうだ。菜月ともども、高校生になっても該当部分に明確な成長が見られないせいだろう。


  *


 入学式が終わって教室へ戻ると、保護者の前で名前を紹介されていた女教師が、担任として改めて菜月たちに挨拶をする。


「ようこそ、南高校へ。私は高山美由紀です。聞かれる前に答えておきますが、今年で27歳になる独身です」


 生徒からどっと笑いが起きる。

 かなりの美人だが、どうやら結構気さくな人物のようである。


(……なんだけど、どこかで聞いたことがある名前よね。それに顔にも見覚えがあるような?)


 出席番号順に座っているので、後方の席にいる愛花に確認もできない。

 眉間に人差し指を当てて記憶の蓋を開けてみるが、すぐには解答に辿り着けなかった。


「皆と同じ新入生だけど、一緒に成長していきましょう」


 にっこり笑って、数名の男女の頬をピンクに染めさせてから、高山女史がチョークで黒板に何かを書き始めた。


「健全な精神は健全な肉体に宿ります。いいですか、色恋に現を抜かしてる暇があるのなら、自分を高める努力をしなさい。特に女子!」


 バンと黒板を叩く女教師は、先ほどまでと雰囲気を一変させていた。

 そしてシンとした教室に、とんでもない教えを響かせる。


「男なんて所詮は猿にすぎません! 貴女たちの若い時代を捧げる価値なんてないんです!」


 拳を握り、力説する姿からは並々ならぬ実感……というか悲壮感が漂っている。

 最初に充満していた憧れの空気は瞬時に四散し、生徒の大半が妙にスッキリしている女教師を生暖かい目で見つめるようになっていた。


「……とんでもない先生でしたわね」


 ホームルームが終わるなり、愛花が菜月のところにやってきた。


「学校生活の注意事項を無視して、ひとしきり男女交際の無意味さを叫んでいたものね」


「時代が個性的な教師を求めているのかもしれませんね」


「壮大に言っているところ申し訳ないけれど、単に変わり者なだけだと思うわ」


 結構台無しなことを言ったあとで、菜月は頭の中にあった疑問を愛花にぶつけてみる。


「ただあの先生にどこか見覚えがあるのだけれど、愛花ちゃんは何も感じなかった?」


「いえ、わたしは特に。お知り合いだったんですか?」


「それがわからないのよね。まあ、気のせいかもしれないし、どこかで会ったことがあるのなら、そのうち思い出すでしょう」


 気楽に言ってから、菜月は中学時代と同じスクールバッグを担ぐ。高校から特に指定はないので、愛花も同様だ。


「もちろん帰宅前に部活の見学をしていくんですよね?」


 菜月が頷くより先に、ガヤガヤと見知った一団が教室に入ってきた。

 涼子を先頭に、明美と真が続いて、最後尾に茉優と恭介もいる。


「真も私たちと一緒に見学するの?」


「そうしたいけど、男がいたら目立って恥ずかしいから、途中までだね」


 小学生時代みたいにマネージャーではなく、美術部に入部するつもりとわかって、なんとなく菜月はホッとする。


 真の美術の才能を部活で存分に発揮してほしかったのだ。ただでさえ専門的な高校を志望せず、菜月たちと地元で過ごすのを選んだのだから。


「俺はまた陸上部に入るから、グラウンドまでは一緒しようと思ってね」


 照れ臭そうに鼻の頭を描く恭介の隣で、茉優が両手を広げて興奮を露わにする。


「きょんしーって凄いんだよぉ。入学したばかりなのに、もう女子から電話番号を渡されてたんだぁ」


「さすがのイケメンぶりね」


 もはや驚きもせず、菜月を筆頭に茉優以外の女性陣はむしろ呆れていた。

 本来ならそれだけモテると男子から目の敵にされそうなものだが、漫画の主人公じみている恭介は裏表のない好青年だけに、いつの間にかそうした連中とも仲良くなっているのである。


「まあ、沢君なら問題ないでしょう。最初は何かと敵視していた真とも、あっさり親友になれたくらいだし」


「そ、その話はやめてよ、菜月ちゃん!」


 大慌てする真を皆でひとしきり笑ったあと、ぞろぞろと連れ立ってグラウンドへ向かう。


   *


「ふわぁ……ソフトボール部専用のグラウンドがあるよぉ」


 目の前に広がる光景を見て、茉優がポカンと口を開ける。


「まっきーやきょんしーも、これを見てから行けばよかったのにねぇ」


「仕方ないわよ。二人とも、それぞれに目的の部があるのだし」


 茉優に言いながら、菜月もソフトボール部の専用練習場を眺める。

 大きなグラウンドがあり、その奥に野球部の練習場があるのだが、それと並列するように高いフェンスとネットで区切られたソフトボール部の練習場があった。


「凄え……中学とは大違いじゃないか」


 ゴクリと涼子が生唾を呑む。


「あたし、帰りたくなってきたかも」


 練習場のあまりの存在感に怯える明美。震える肩をしっかりと抱き止めたのは愛花だ。


「これでこそ、高校で伝説を作るわたしに相応しいです」


 威勢はいいが、その愛花も微かに膝が笑っていたりする。


「昔からあったのかなぁ?」


「はづ姉からは聞いたことがないわね。比較的新しそうだし、最近になって作られたのではないかしら」


 茉優の質問に答えつつ、菜月は練習場への入口を探す。

 すると内側から緑色のフェンスと同化していたドアが開かれた。


「もしかして見学?」


「はい。高木菜月です」


 ユニフォーム姿なのを見れば先輩だと一目でわかる。

 次々に出身中学と名前を言うと、短髪の先輩は嬉しそうに目を細めた。


「いきなり五人も見学に来てくれるなんて、幸先がいいね」


「部員数、少ないんですか?」


「二年と三年で十五人くらいかな。うち三年が七人だけど、去年も一昨年も熱心に勧誘した結果だからね。自発的に五人も来たのって、かなり久しぶりじゃないかな」


 屈託なく笑い、先輩は練習場へ案内してくれた。


「外で話し声が聞こえたから、もしかしたらとは思ったのよ。あ、私はこのチームで主将をしてるの。よろしくね」


「よ、よろしくお願いします」


 揃って頭を下げる菜月たちに、主将は緊張しなくていいと言ってくれる。


「よくある体育会系って感じじゃないのよ。

 近年は二、三回戦で負けるのが多いしね」


「そうなんですか?」愛花が意外そうに言った。


「部員数も年々減ってるし、顧問の先生も初心者で練習メニューは私たちが考えてるくらいでね。十年くらい前は強かったらしいけど」


 ふうと息を吐いて、主将が肩を落とした。


「私たちにも全国大会へ導いてくれるような伝説のOGがいるといいんだけど」


「……あれぇ? 茉優、なんか聞いたことあるよぉ?」


「奇遇だな。ボクもだ」


 首を傾げた茉優は天然なのでいいとして、真顔で言い切った涼子はどうすべきだろうか。

 コツンと軽く後頭部を叩いて、菜月は二人に説明する。


「どう考えても実希子ちゃんのことでしょ」


 在籍から十年近くが経過してなお、いまだ中学でも高校でも語り継がれているのだから、本当にとんでもない存在ではあるのだ。


「はー……頭は空っぽそうなのにな」


 意外と中身の詰まっている涼子が、明美顔負けの毒舌を披露する。

 これにきょとんとしたのが、目の前の主将だ。


「もしかして、貴方たち伝説のOGを知ってるの?」


「私の姉が中学、高校、大学とチームメイトでした」


「その縁で、わたしたちは中学校でコーチもしてもらいました」


 菜月と愛花が相次いで説明をすると、主将は表情を輝かせた。


「それならもしかすると、私たちもお願いできるのかな」


「どうでしょうか。今も中学校でコーチを続けてくれていますし……顧問の先生はやはり、その……何ていいますか……」


「わからないのよね」


 ウォーミングアップしていた他の部員に挨拶を済ませ、ベンチで主将との会話を継続する。


「わからないのですか?」


 菜月が聞き返すと、困ったように主将が頷いた。


「その先生は去年で定年を迎えたのよ。今年から新しい先生が来てくれるはずなんだけど……」


 上級生とも今日が顔合わせになるらしく、誰もどんな先生かは知らないとのことだった。


「また初心者が来たら、これまでと何ら変わらないのね」


「かといって実希子コーチを引き抜くわけにもいかないしな」


 不安そうにした明美の隣で、涼子が腕組みをした。


「とにかく皆は――って、あ! 新しい先生が来たみたいね。制服姿のままでいいから、見学の一年生も一緒に整列してくれる?」


   *


「――というわけで、野球部の男どもなんて無視して! 私たちはソフトボールで青春の汗を流しましょう!」


 部員と同じユニフォーム姿で、気合たっぷりに挨拶をしたのは、菜月の担任の高山美由紀だった。


「話には聞いてたけど、立派な専用グラウンドができたのね。少し小さめとはいえ、私たちの時代にはなかったから羨ましいわ」


「先生もこの学校の卒業生なんですか?」


 主将が尋ねると、美由紀は懐かしむような笑顔を作った。


「そうよ。昔は弱くてね、一回戦も勝てなかったの。けれど有望な新入生が入ってくれてね。勝てるようになったけど、私は怪我をして……ああ、この話はやめましょう。結婚も決意できないクソ野郎の顔まで浮かんできちゃうから」


 いきなり機嫌が急降下した美由紀に、部員たちが揃って沈黙する。どういうキャラか掴みかねているだけに、迂闊な反応ができないのだ。


「……昔? 有望な新入生? 怪我?」


 幾つかのキーワードが頭の中でグルグルと回る。


「あっ!」


「菜月さん、どうかしたんですか?」


 心配そうに顔を覗き込んできた愛花に、菜月は興奮気味に告げる。


「思い出したのよ! 高山先生って、はづ姉のチームメートだった先輩だわ!」


 無意識に声が大きくなってしまったせいで、部員全員に聞かれてしまう。

 ザワつく一同の中、冷静さを取り戻していた美由紀が菜月に問う。


「はづ姉?」


「高木葉月です。佐々木実希子さんや今井好美さんともチームメイトでした」


「え? っていうことは葉月ちゃんの妹!?」


 美由紀がおもいきり目を丸くした。


「もうこんなに大きくなったのね」


「覚えてくれているのですか?」


「忘れるわけないわ。ほとんど毎試合、葉月ちゃんの応援をしていたもの。もっとも印象的だったのは、実希子ちゃんをゴリラ呼ばわりしてたところだけど」


 吹き出すようにした美由紀に求められ、菜月は彼女と握手をする。

 大きな手だった。


「菜月ちゃんは独身にしてるかしら?」


「ええ、とても元気に――え? 独身?」


 よくある質問かと思いきや、相手にぶち込まれたのは斜め上の内容だった。


「結婚なんて人生の墓場よ? これからの時代は女が世界を引っ張っていくの。男なんてアテにしちゃ駄目よ?」


「先生、目が凄く怖いです。ついでに手が痛いです」


 自動的に強められる握力で、さすがの菜月も泣きそうだった。

 先ほども結婚を決意できないだの、クソ野郎だのと好き勝手に罵っていたくらいなのだから、よほど過去に男関連で酷い目にあってきたに違いない。菜月たちには関係ない気もするが。


「お姉さんと同じでソフトボールをしてるのね。ポジションも同じ?」


「いいえ、私は捕手をしています。中学時代にエースだったのは、こちらの嶺岸愛花です。一回戦負けでしたが、最後の夏は全県大会にまで行きました」


 愛花の紹介も兼ねた説明に、部員から小さな歓声が上がる。

 菜月たち全員が同じ出身中学なのを確認すると、美由紀は嬉しそうに手を叩いた。


「有望な新入部員が五人も増えたことだし、上級生はうかうかしてられないわね。昨年までの先生のことは聞いてるけど、私は楽しみながらも厳しくいくわよ。全国大会とはいわないけど、せめて県でベスト8やベスト4を目指しましょう」


 頼もしい新顧問の檄に、上級生たちが「はい!」と返事をした。

 どうやら実希子にコーチを頼む必要はなさそうで、菜月は安心すると同時にほんの少しだけ寂しくもなった。


   *


 リビングで遭遇した懐かしい顔に、菜月は思わず「あれ?」と裏返り気味の声を上げてしまった。


「柚さん? お久しぶりです」


「久しぶり。大きくなったわね、菜月ちゃん」


 清廉なワンピースにカーディガンという服装で、ソファに葉月と一緒に腰を下ろしていたのは室戸柚だった。


「柚だけじゃなくて、アタシもいるんだけどな」


「伝説のニートゴリラは少し黙っていてくれるかしら」


「いきなりの毒舌だな、オイ!

 つーかニートじゃねえからな! バイトしてるからな!」


「まだ引っ越し業者のバイトが続いていたの? 力任せに運んで荷物を破壊しまくって、解雇されたとばかり思っていたわ」


「なんでなっちーはアタシにだけ容赦ないんだ。しまいには泣くぞ、こら」


 本当にめそめそし始めた実希子の頭を撫で、冗談よと言ってから菜月はキッチンで和葉から目当てのホットミルクを受け取る。


「部屋で勉強していたので、柚さんが来ていたのに気付きませんでした」


「入学式を終えたばかりで予習なんて、菜月ちゃんは相変わらず真面目ね」


 クスっとする仕草にも、大人の雰囲気が滲み出ている。ソファの上で胡坐をかいているどこぞのゴリラとは大違いである。


「柚さんは確かこの春からこっちの小学校に赴任してきたんですよね? はづ姉から聞いてます」


「ええ、念願叶って地元で教鞭を執ることになったわ。今夜はその挨拶に来たの」


「戻って来たからには、また前みたいに遊べるな」


「仕事があるから頻繁にはとはいかないけど、なんとか時間を作れると思うわ」


 にこやかに会話が進む中、葉月が思い出したように菜月へ聞く。


「そういえば南高校はどうだったの?」


「校内は中学校とあまり大差がなかったわね。ああ、そうそう――」


 菜月がソフトボール部の専用練習場や美由紀のことを話すと、葉月たち三人は興味津々に身を乗り出してきた。


「アタシらが活躍したことで、学校もソフトに力を入れたのか。こりゃ、なっちーには感謝してもらわないとな」


「もちろんよ」菜月は満面の笑みを作る。「敬愛を込めて、今後は伝説ニートゴリラと呼ばせてもらうわね」


「それ、感謝じゃなくて嫌がらせだからな!?」


「相変わらずね、実希子ちゃんは。でも美由紀先輩は意外だったわね」


 柚が言うと、葉月が「ねー」と相槌を打った。


「まさか男の人を憎むようになってたなんてねえ。一緒の大学に行ったはずの昔の彼氏さんなのかな?」


「よくは知らないけれど、ほぼ確実に地雷でしょうから、踏み込んで聞くつもりはないわよ。どうしても気になるなら、はづ姉が会って話せばいいわ」


「そうしよっかな。うん、あとで高校に挨拶に行ってみるよ」


「そいつはいいな。

 アタシもついてくよ。ソフトボール部の専用練習場が見たいし」


 何気ない葉月の方針に、皆がノリノリで加わっていく。

 こういうところは昔と同じで、菜月は自分が女児に戻ったみたいな奇妙な心地良さを感じながら、姉たちと一緒の時間を心行くまで楽しんだ。

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