第248話 最優秀賞
葉の色が派手になり、街の景色にもどことなく哀愁が漂いだす秋の一日。
菜月の所属する教室は、朝から大きな拍手に包まれていた。その中心にいるのは真である。
「真君、凄いねぇ。最優秀賞だって」
いつもよりも輝き度合いを増した笑顔の茉優が、明るい声で友人の少年を称えた。
市が主催する小学生用の美術コンテスト。
そこで真は見事に一名だけの最優秀賞を獲得したのである。ちなみに菜月や茉優を含めたクラスメートも提出しているが、他は入選が一人だけという結果だった。
その入選者は何を隠そう菜月なのだが。
「あっ、なっちーもおめでとう」
忘れてないよと言わんばかりに茉優が祝福し、菜月にも拍手が注がれる。
「まあ、真君のおまけみたいなものだけれどね」
菜月自体、そんなに絵が得意なわけではない。にもかかわらず今回の風景画で入選できたのは、ひとえに日頃からお絵かきをする機会があれば、懇切丁寧に真が教えてくれたおかげだった。
「そんなことないよ。菜月ちゃんの実力だよ」
「茉優もそう思うよ。でも、できれば二人と一緒が良かったな」
残念そうな茉優の作品は選外だ。一緒に真から描き方を教わっていただけに、落胆ぶりも大きい。
「次は三人で受賞できるように頑張りましょう」
菜月の慰めに少女が素直に頷く中、改めて担任が真を褒める。
「最優秀賞は出ない年もあるんだ。凄いことなんだよ。それと、受賞作品は来週から展示されることになっているから、時間があれば見に行ってごらん」
*
普段は子供たちだけではあまり訪れない大型スーパーに、菜月たち三人はいた。理由はもちろん、今日から始まった市が開催した賞の受賞作品を見るためである。
特に茉優が朝からそわそわし、放課後になるとスーパーから一番近い菜月の家にランドセルを置いてやってきた。
ゲームコーナーのある三階。駐車場へと続く出入口付近の一画を使い、数々の作品が展示されていた。ちらほらと見える児童らも、菜月たち同様に見物に来たみたいだった。
「ふわあ。本当に飾られてるよ。なんだか凄いねぇ」
「なんだかじゃなくて、本当に凄いのよ。先生も言っていたでしょう」
左右をついたてのような仕切りを使って道みたいにして、作品を張りつける形になっている。一周すれば丁度作品を全部見られそうだった。
入口と思われる場所から入ってすぐにあったのが菜月の作品だ。真と一緒に近所の公園の風景を描いたもので、夏休みの宿題でもあった。だからこそクラス全員が、今回の賞に作品を応募できたのである。
「絵の下になっちーの名前があるよ」
指を差す茉優は、自分の事のように大喜びだ。周りの児童も注目しているようで、視線が集まっている。
「あの高木菜月って子、あれでしょ。この間、テレビで……」
「あー……お姉さんに名前を呼ばれてたよね」
地方でしか放映されてないとはいえ、狭い田舎町では噂なんて簡単に広まる。親や友人、果てはご近所さんからの話でかなりの人間が菜月の名前を知っているのかもしれない。
「た、大変だね。僕のお母さんも見たと言ってたし」
慰めるような真に、菜月は気にしてないわとばかりに鼻から軽く息を吐く。
「どうせすぐに落ち着くわよ」
その反応が予想外だったのか、戸惑い気味に真は尋ねる。
「あれ? 怒ってないの?」
「はづ姉やゴリラの奇行をいちいち気にしていたら、私の繊細な胃が壊れてしまうわ。だからテレビがあったその日に、今度帰省したらチョコレートパフェの食べ放題をご馳走してもらうという条件で許してあげたのよ」
ニヤリとする菜月の隣で、茉優が羨ましそうにする。
「いいなあ」
「それなら茉優ちゃんも来ればいいわ。真君もはづ姉やゴリラに会いたいと言っていたし、その時に予定がなければ招待するわよ」
「いいの?」
「もちろんよ。はづ姉たちも真君に興味があるみたいだし。ただ、ゴリラには潰されないようにね」
「あ、あはは……き、気を付けるよ……」
軽口を叩きながら歩を進める。奥へ行くにつれて佳作など賞のレベルが上がっていく。同時に飾られている作品の出来栄えも良くなる。
「入選して親に褒められて調子に乗っていたけど、佳作とかの作品を見ると自惚れていただけなのがよくわかるわね」
「そうかな。僕は菜月ちゃんの作品も負けてないと思うよ」
「茉優も」
「二人とも、ありがとう。あら、あっちに変なスペースがあるわよ」
ぞろぞろと移動した先で見つけたのは、入選や佳作ではなく特別賞だった。説明文を見ると、どうやら個性的で独創的な作品を選出したようだ。
「へえ……我が家から見える風景ね……って、何で宇宙なの……?」
大きな窓枠の向こう側に輪っかのついた惑星や星がひたすら並んでいる。すぐ近くには太陽まである有様だ。
「並びも何もかも無視した文字通り独創的な絵ね。何なら例のゴリラが描きそうではあるわ」
反射的にため息をつきたくなるも、作者本人は恐らく真剣に描いたはずだ。であるならそうした反応は失礼に当たる。意識して呑み込んだところで、真が驚いたような声を上げた。
「どうしたの?」
「この絵の作者……宏和君だよ」
作品のすぐ上に見える名前は確かに戸高宏和になっている。菜月自身、何度か親に連れられて彼の家へ遊びに行っているが、このような風景は周りになかったと断言できる。
「先へ行くわよ。迂闊に話をしたら、奴が出て来るわ」
「……そんな悪霊みたいに言わなくても」
「ある意味では悪霊よりも質が悪いわよ」
苦笑する真に、菜月は真顔で忠告した。話題にすると、どこからともなくひょっこり現れる神出鬼没ぶりは宏和の父親を連想させる。
幸いにして今日は部活に励んでいるらしい宏和は姿を見せず、菜月たちは揃って優秀賞のコーナーを抜けて出口付近へ辿り着く。
「ふわあ。真君のだけで特別扱いだねぇ」
中央の突き当りに、一つだけあるのが真の作品だった。そのすぐ右側が出口になっている。
「さすが最優秀賞ね。とても目立っているわ」
「なんだか恥ずかしいな」
赤くした頬を掻く真に、菜月は堂々としていなさいと助言する。
「私が見ても真君の作品は一番だと思うわ。さすがね。改めておめでとう」
「あ、ありがとう。あはは。賞を獲れたのより、菜月ちゃんに褒められた事の方が嬉しいかも」
「何を言ってるのよ、もう」
笑い合っていると、いつになく真面目に茉優が拳を握った。
「次は茉優のも飾ってもらえるように頑張るっ」
「そのためにはより一層、真君に教えてもらわないとね」
「あはは。お手柔らかに……って僕が言うのも変だね」
出口から出ると、菜月はまず大きく伸びをした。
「文字もいいけれど、たまにはこうして絵を見るのもいいわね」
「うん。僕も今日は楽しかったよ」
「茉優も」言ったあとで、茉優は視線を展示コーナーの左側へ向ける。「ねえねえ、このまま真っ直ぐ帰るの?」
明らかにそちら方面に並んでいるゲームなどを、彼女はやりたがっていた。茉優の場合は実希子みたいにからかうと深刻に受け止めかねないので、どちらかといえば菜月がお姉さん的な振る舞いをする機会が多かった。
「そうね。お小遣いも持ってきているし、少し遊んで行きましょうか。
真君は大丈夫?」
「今日は放課後にスーパーへ行くってお母さんに言ってあるし、問題ないよ」
菜月と真の同意が得られたのを受け、わーいとばかりに茉優が両手を上げた。
「茉優ねぇ、UFOキャッチャーがやりたいな」
「好きだよね。私は下手だから見ているだけにするわ。真君はメダルゲーム?」
「うん。あの落とすやつ」
メダルを投入し、大量のメダルが置かれている台座へ転がし、押し出すようにしてそのメダルを獲得するゲームだ。何度か皆で遊びに来ているので、誰が何を好きなのかは大体わかっていた。
「なっちーは銃で撃つゲームだよねぇ」
「ええ。
今のうちに腕を磨いて、あのゴリラが帰省した時に目に物を見せてやるわ」
瞳に情熱の炎を宿らせ、三人はそれぞれが好きなゲームを順番に回るのだった。
*
一階の食品コーナーのすぐ近くには、テーブルや椅子が並ぶ休憩スペースがある。そこで菜月たちは買ったばかりのプリンを出していた。
「大人の真似をして乾杯とでもやった方がいいのかしら。お酒ではないけれど」
真が最優秀賞、菜月が入選、茉優が頑張ったお祝いとして、ゲームを終えた三人が何かを食べようとなった時に一階で売っているプリンに白羽の矢が立った。
とはいえ小学生でゲームもしたのでお金はさほど残っておらず、三つセットのを買って三人で分けたのである。
「えへへ。茉優、乾杯ってやってみたい」
「せっかくだからやってみようか」
真も乗り気になったところで、菜月がプリンを掲げてみる。
「では、真君の最優秀賞に乾杯」
「「乾杯っ」」
他のお客さんの迷惑にならないよう小声と遠慮気味の動作で乾杯を済ませ、レジの女性店員から貰ったプラスチックのスプーンを片手にプリンの蓋を開ける。
ふわりと漂う甘い香りが鼻腔に入り込んでくる瞬間は至福の一言だ。
皆で顔を見合わせ、悪戯をする時みたいな笑みを浮かべて一斉に黄色い宝物へスプーンを入れた。
「あっまーい。美味しいねぇ」
「ええ。プリンはいつの時代も正義だわ」
いつもと違う環境で、皆のお小遣いで買ったプリンはどのおやつよりも美味しかった。にこにこしながら皆で食べ終えると、その時を待っていたかのように真が口を開いた。
「僕さ……いまだに、今いる現実が夢じゃないかって思う時があるんだ」
「……どうして?」率直に菜月は尋ねた。
「不登校だった僕がクラスでも受け入れられて、笑われていたと思っていた大好きな絵で賞も獲れた。
それに大切な友達もできた。幸せすぎて、何だか逆に不安なんだ」
考えすぎと言おうと思った矢先に、横から予想外の同意が入り込む。
「茉優もそうかな。なっちーに会うまでは、どうやって皆に気に入られようばかり考えてたの。あんまり興味ないのに、服の本まで買っちゃった。でも、本当はこうして皆でゲームしたり、プリン食べたりするのが大好き」
「うん。これも全部、菜月ちゃんのおかげだよ」
向けられた感謝の眼差しはあまりに真っ直ぐで、不意を突かれたみたいに菜月の顔が赤くなる。
「何を言ってるの。賞を獲れたのは真君の実力だし、茉優ちゃんだって自分の努力で今の状況を掴み取ったのよ。私は何もしていないわ」
「違うよ」言い切った真の口調はとても力強かった。「きっかけをくれたのは菜月ちゃんなんだ。だから約束するよ。もし菜月ちゃんが何か困っていれば、僕は全力で助ける」
「茉優もいるよっ」
胸の奥が熱くなる。頬が濡れそうになるのを誤魔化すために、菜月は勢いよく上を向く。
「当たり前でしょう。私たちは親友なんだから。困ってたら遠慮なく助けてもらうわ。二人もまた何かに躓いたら、遠慮なく私を頼るのよ」
「うんっ。なっちー、大好きっ」
「僕も……って抱き着いたりしたら、さすがにマズいよね」
自重しながらも、どことなく残念そうな真に菜月はたまらず吹き出してしまう。
「そうね。私もどうぞとは言えないわ。さて、プリンの片づけをして、私の家に戻りましょうか。きっとママがお祝いの夕飯を作ってくれているはずよ。もちろん二人も食べていくのよね?」
「えへへ。ありがとう。なっちーのママの料理、美味しいから好きっ。パパ、いつも茉優を羨ましがってるんだよ」
「僕は菜月ちゃんの手料理も好きだけどな……」
「あら、お世辞を言っても何も出ないわよ」
「お世辞じゃないってば」
来た時同様にワイワイガヤガヤと並んで歩く。今日は読書もスケッチも運動もなかったが、たまにはこういうのがあってもいい。
自然と手を繋ぎ合える友人二人に挟まれながら、菜月も幸せという感情をしっかりと胸に抱いていた。
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