第53話 書庫への案内人 クリフォード様

 宰相に王宮の奥の書庫への付き添いをお願いしたら、クリフォードが迎えに来てた。

「リナ様。お待たせしました」

 おや? リナ嬢からリナ様に敬称が変わってるね。


「宰相は所用がありまして、私が案内役を務めます」

 と言って、クリフォードは私に対して礼を執る。

 先日の年下の女の子に対する優しい笑顔と違って、すっかり仕事用の顔をしてる。

 今日の私の行き先は、本来なら国王か宰相しか閲覧出来ない貴重な蔵書、もしくは人の目に安易に晒せない資料がある王宮の奥にある書庫だ。


「お忙しいところすみません」

 と私はにっこり笑った。

「どうぞこちらへ」

 クリフォードに、促されて歩き出す。

 時々、騎士や文官、貴族の方々とすれ違うが、奥に向かうほど、怪訝そうな顔をされる。

 だんだん、上位貴族でも、何の肩書きの無い令嬢が入って良い場所では無くなってきてるからね。


「リナ様。お訊きしてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう」

「これから向かう先は、令嬢が利用しても楽しくない場所だと思うのですが」

 言葉、選びまくったね。だけど、その質問は……。

「そうなんですか?」

 しれっと言う。

「もしかしたら、今から行く場所の……いえ、何でも無いです」

 一瞬、クリフォードからイラッとした雰囲気がした。すぐに立て直したけど。


 まだまだ、だね。

 宰相は、一瞬でも仕事中感情を表に出さないし、まず、その質問自体しない。

 そうこうしているうちに、書庫にたどり着く。

 クリフォードは、扉にある2つの鍵を開けて、重そうな扉を開いてくれた。湿気があるのだろうか、ギギッと音がする。

 小さな明かり取りの窓があるだけの薄暗い空間に本棚がある。

 本の保管場所としてどうかは分からないが、この時代ならまずまずなのかも知れない。

 クリフォードも一緒に入ってきた。一緒に居られると、困るんだけど。


「ご案内頂きまして、ありがとうございます。夕刻に迎えに来て頂けたら嬉しいのですが」

 出て行ってって言ったんだが。

 クリフォードから、何言ってんだ、こいつ。って目で見られた。そりゃ、そうか。


「いえ、何かお役に立てることがあるかも知れません」

 クリフォードの表面は穏やかだ。

 私は、内心溜息をつく。

 仕方ないので、お目当ての本の位置確認だけして帰ることにする。

 ここにある本は、持ち出すことはもちろん、写しを作ることも出来ない。

 そして、ここにある本を読めて、尚且つ理解できる人間を『おバカな子ども』扱いはしないだろう。

 読めるだけならまだしも、勉強できるだけでは、理解に遠く及ばないのだから。

 宰相は、どうしても私を優秀だと周囲に認識させたいらしい。

 仕方ない、宰相がそういうつもりなら、ジークフリートに裏から手をまわしてもらうしかないか。


 ぐるっと1周まわってクリフォードの所に戻っていった。

「難しいですね。背表紙の文字すら読めませんでした」

 力なく笑って見せる。お目当ての本、5冊。位置確認できたし、今日のところはこれでいいか。

「そうでしょうね。古語を使っているものはまだしも。もう、学者ですら解読不明のものもあります。国王陛下も、リナ様に実際見て頂けたら納得頂けると思ったのでしょう」

「国王陛下?」

「エイリーン様救出の恩賞で、ここの見学を願い出たのでは?」

 ああ、そう思われてたのか。それで、あの質問……。

 そりゃ、楽しくは無いわな。女性が好むような物語なんて置いてないだろうし。

 どうせ、見せても分からないだろうからいいか、って扱いだろうと。


 じゃ、その案に乗ろう。

「こんなに難しい本ばかりだと思いませんでした。王宮が面白い本を隠し持ってるのだとばかり……」

「女性が好む物語なら何冊か、私にも心当たりがあります。今度ご自宅に贈りましょうね」

 クリフォードは子どもに対する優しい笑顔に戻ってた。警戒されてたんだね、私。

「まぁ、嬉しいですわ。ありがとうございます」


 いや、こんなアホ丸出しな会話につきあってくれて、本当に感謝だよ。

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