一章 哀しき男

第1話

 とある酒場の小さな個室、光源は天井から垂れ下がる照明のみで薄暗く、四角いテーブルの上に数本の酒が入ったガラス瓶と、空のグラスにおつまみ。人が二人ほど腰掛けることが出来るソファーに俺は座り。

隣に金髪ツインテールのまさに芸術のように美しい女性が座っていおり、その女性がグラスに酒を注ぎ俺に手渡す。


「どうぞ、アルヴィンさん」


「ありがとう、フェルトちゃ~~ん!」


 俺はだらしない笑顔を浮かべながらグラスを受け止ると、フェルトと呼ばれた女性は俺に寄り添ってくる。


「アルヴィンさん、今日はとてもご機嫌ですね?」


「いや~、久しぶりにフェルトちゃんと会えたからね~。今日は奮発するぞ~! 」


 そう、俺はニ週間ぶりにフェルトちゃんに会えたのだ。この店に訪れるたびに先客がおり、別の女性店員に接客をしてもらっていた。まぁ、フェルトちゃんはこの店で一番人気なので仕方ない。


「それにしてもフェルトちゃん、今日の髪型サイコーだね~」


「ありがとうございます、今日はちょっとイメージを変えてみたんです」


 ……いい、実に素晴らしい。いつもは背中の中ほどの長さで髪を下げており今日のようなツインテールは新鮮である。


「最高に似合ってるよ。やっぱり、フェルトちゃんと一緒に飲む酒は最高だな~」


「もう~アルヴィンさんたら、他の女の子にも言ってるんでしょう? はい、アルヴィンさん、あ~ん」


 フェルトちゃんがおつまみを食べさせてくれる。うん、極上の美味だ。指に何か旨味成分でもあるのではと、舐めてみたくなる。


「いやいや、フェルトちゃんだけだよ。ところでさ、今度デートでもどうかな? 実は今日、結構稼げてさ!」


「う~ん、ごめんなさい、実は当分仕事の予定が入ってて休めないんですよ……」


 非常に申し訳なさそうな顔で謝るフェルトちゃん。しまった、フェルトちゃんを悲しませたな。

 紳士たる者。女性を悲しませる訳にはいかない。


「いや、いいんだよフェルトちゃん。仕事は大事だからね。逆に無理をいってごめんね」


「ううん。その代わり、出来るだけお店に会いに来てくれたらとっても嬉しいです」


 優しい微笑みでフェルトちゃんが俺の腕に抱きついてくる。あぁ…ヤバい。可愛い。結婚してくれ。毎朝おはようと言って欲しい。お目覚めのキスとか遠慮なくカモン!


「わかった、フェルトちゃんのためなら毎日きちゃうよ」


 不思議とフェルトちゃんのお願いは断れないんだよなー、これが惚れた弱みか。とりあえず明日も大量に稼がないとな。


 今おれがいる酒場「桃園の憩い」は、個室で一時間半の間女性に接客してもらい、酒を飲んで会話を楽しむ。ようするにキャバクラだ。

 イフリムの街では一、ニを争う人気店であり、高級店でもある。故に、俺の一日分の稼ぎなど一瞬で吹き飛ぶ。……生活を切り詰める必要があるな。

 幸せな時間はあっという間に過ぎ去る、フェルトちゃんとの時間を有意義に使おうと思っていたら。


 ドンドンドンドン


 ドアを叩く音が部屋に響く。……無粋な奴だな。俺の至福の時間を邪魔すんじゃねぇよ。俺は無視してスケベ心を満たすため、フェルトちゃんに抱きつこうとするが…


 ドンドンドンドン


「アルヴィン! いい加減起きやがれ! 朝食が出る時間だぞ! 」


 男性の野太い怒鳴り声が聞こえた。


「あひゃ!? ごめんなさい! 」


 俺は思わず変な声を出しながら謝る。……あれ? なんで宿屋にいるんだ? てか眩しい、目が焼けるっつーの。

 朝日の眩しさに悪態をつき、ふと窓から外を見ると時計塔が目に入る。時計の針は6時を差している。


「やっと起きたか、直ぐに着替えて食堂に来いよ! 」


 ドアの外の男性はそう言うとドアを、離れたようだ。

 ……さっきのは昨夜の夢かよ……。急激に現実へ引き戻され肩を落とす俺。




 俺が宿泊している宿屋、大鍋屋は夫婦とその子供二人、アルバイト二人で経営している。

 ギルドに近く部屋数も多いため、ほとんどの宿泊客は冒険者である。

 ただ、土地が広くないため建物の幅が限られる。そのため食堂のスペースも狭く、食堂に入る事が出来る人間の数は限られてしまい朝は特に混雑する。


 冒険者は朝早くに起床し、ギルドに向かうのでこの時間は冒険者ばかりである。待ち時間が発生してイライラしているのだ。余計なトラブルに巻き込まれるのは勘弁して欲しいので、先ほどの男性が声を荒げて起こすのも無理はない。


 宿泊客のために、宿屋の主人である夫のヒューイと長女のベスタは朝早くから起き、朝食を作る。

 すでに六時となれば朝食が出来上がり、後は宿泊客に提供するだけであるため、急いで食堂に降りて来た俺は先ほどの声の男性に声を掛けた。


「わりぃ、バッシュ」


 俺が呼ぶと不機嫌そうな顔をしながら振り向、赤髪のツンツンヘアーのイケメン。不機嫌そうではあるが、仕方ないなという雰囲気をだすバッシュ。


「まったく、三〇分寝坊だぞお前~。おかげで少し待つようじゃねぇか」


「へぇ~。昨日はお前が一時間寝坊してかなり待ったよな~」


「ちっ、しゃぁねぇな~これでお相子だ」


 昨日こいつは俺よりもヒドイ寝坊をしたことを引き合いにだすと、参ったという顔をしてくる。このやり取りを聞くだけで寝坊などいつもの事だと分かるな。


「さて、どれぐらい待ちそうなんだ? 」


「いや人はまだまばらだから直ぐに朝食にありつけるぞ」


 食堂の中を覗きこみながらバッシュに聞くと、ウインクをしながら返してくるバッシュ。俺はうざったいウインクを見ながら、イケメンフェイスのウインクを俺にやられても嬉しくねぇ、と心の中でツッコむ。

 二人で話しながら食堂に入り席につくと、ベスタが料理を運んできてくれた。


「おはよう、ベスタちゃん」


 バッシュが挨拶をすると、ベスタは顔を赤くし目を反らしながらおはようございますと返し、料理を手渡す。

 その光景を見ながら俺は心の中で、この女たらしが! と叫ぶ。


「おはよう、ベスタちゃん。今日も可愛いね~」


 俺も負けじと挨拶をするが、ベスタは「はいっ、おはようございます」、と営業スマイルで返し料理をテーブルに置く。

 ……解せぬ。納得は一切出来ないが腹は減るので朝食を口に運ぶ。


 バッシュはイフリムの冒険者 の中でも五本の指に入るイケメンである。

 それに対し、俺の顔はよくいえば平均的、悪く言えば普通過ぎる、である。一応白髪という点で珍しがられるが、それだけである。

 よく隣にバッシュが歩いているため、常に見比べられるので精神的にダメージを食らう。

 これが格差社会か、と朝から微妙な気持ちで朝食を摘まんでいると。


「なぁアルヴィン、今日は何階までいくよ? 」


「あぁ、昨日は十九階で引き返したもんな」


 バッシュが今日の予定を聞いてくる。 このイフリムはダンジョン都市である。勿論俺達もダンジョンに潜り金を稼ぐのだが、まず目標を決めてその準備をするめに話し合う。


「バッシュ的にどうだ? 二十階層のボスは行けそうか? 」


 この世界のダンジョンは基本的に五階層毎にボス部屋が配置されているおり、このボスを倒すことで、次への階層が開かれ進むことが出来る。

 勿論、ボスである以上は通常の魔物より強化されており一筋縄ではいかなくなっている。失敗は即ち死を意味するため、慎重に準備をして勝てるかどうかを話し合うのは当然である。


 バッシュは朝食のスープをスプーンで弄りながら。


「正直な話、余裕だな。あの三人はやっぱり優秀だし、マルサスはもう俺と互角にやりあえる。リズはは少し慌てる時があるけど、それを差し引いても優等生だ。ヴェラなんて一番状況を理解出来るから後ろを任せられる。なにより」


 バッシュはそこで区切り、俺を見つめ、スプーンを俺に向けながら。


「お前という盾がいる限り、三十階層までは何の心配も要らねぇよ」


 スプーンからスープが垂れているのを見ながら。


「たしかに、あの三人なら余裕で二十階層は突破出来るだろうけどさ。俺は盾で抑えつけるしか能がないからあまり過大評価すんなよ」


「はいはい、でもお前がいるから俺達は無駄な負傷をせずに済むし、無駄なポーションの消費も抑えられるんだぜ」


 バッシュはまるで馬鹿を見るような瞳をしながら、呆れたような顔をする。あまりに失礼だと思うんだが。


「まぁ、経済的なことは確かだな。リズの治癒に頼り切りってわけにもいかないしな」


「あぁ、その通りだ。唯一の問題は、鉄壁のお前がいるからケガをあまりしなくて、痛みに耐性が無いことくらいかな」


 と、笑いながらバッシュはサラダを口に運ぶ。


「俺を煽てたって何も奢らんからな」


 俺はジト目で返答し、バッシュが垂らしたスープをテーブルのナプキンで拭く。こいつは汚れを気にしないんだよな。それなのになんで女にモテんだ?


「残念。ところでお前昨日はよっぽどお楽しみだったようじゃねぇか? う~ん? 」


 突然話題を切り替え、肩をすくませてからかっているような顔で昨夜のことを聞いてくる。嗜虐心を露にしたその顔は、真面目な話しはここで終わりだと言っている。


「何、昨日はフェルトちゃんがツインテールだったんだよ。あれはヤバかった。あんな可愛い女の子がツインテールとか完璧過ぎんだろ。あれは神々がもたらしてくれ至高の芸術だ。まさに神の奇跡だ。天使が舞い降りたんだぜ? 神が哀れな俺に天使を使わせてくれたんだ!! 」


「お、おう…………」


 勿論、話さなければならないだろう。俺は昨日あった天使が現れた奇跡を力説する。ふと、バッシュがなぜか引いている。なんでだ?


「そんなに可愛いいんなら俺も今夜行くかな」


 突然バッシュが今夜フェルトちゃんに会いにいくとのたまいやがった。俺はスッと席から立ち上がり、努めて冷徹な視線を送る。


「お前との友情も今日までだな、表出ろ」


 こいつはダメだ、挨拶だけで女を落とす男の敵に、フェルトちゃんを会わせられない。…殺るしかないな。


「いや! 悪かった! 冗談だよ、冗談! 頼むから席を立つな! 指ポキポキするな! 悪かったって! 」


 必死に弁解してくるバッシュ。

 バッシュとしても、本気で俺に殴り合いを挑まれると勝ち目ないのは分かってるだろうからな。だが駄目だ。こいつは面の性能だけで女を落とす男女共通の敵だ。

 だがまぁ、反省はしているようなのでよしとするか。


「分かればよろしい。さっさと飯くってギルド行こうぜ」


 俺が席に戻り朝食を再開したのを見てほっとため息をはき、バッシュも朝食を再開する。

 朝食を終え、俺達は一度別れ自分の部屋に戻り装備を整える。

 冒険者を始めてからずっと使い続ける指輪二つ、ハーフアーマー、肘当て、膝当て、籠手、ラウンドシールド、マントを装備し、最後に小さなポーチを見つめる。


「今日も一日宜しくな……」


 ポーチにそう話し掛けるとフロントアーマーの中に忍ばせた。

「さて、今日も1日がんばりますかね」


 俺はドアを開け部屋を後にした。

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