政略結婚なんてまっぴらゴメンよ!!!〜王女は婚約を破棄して、冒険者として生きるようです〜

黒瀬環

第一話「食堂『ねこじゃらし』の大食い姫」

 聖都グラン・バニラ、冒険者ギルド内食堂にて。

 筋骨隆々の逞しい冒険者たちが騒然と、一人の少女へと注目している。

 少女が座すテーブルには、サラダ、肉料理、魚料理、煮物、スープ類まで、大家族の宴か冒険者の打ち上げかという量の料理が並んでいた。


 しかし、そのテーブルには華奢な体躯の金髪の見目麗しい少女座っていない。


「はむはむ……ムシャムシャ……ズッズッ……ウェイターさん?」


 ギロリ、と鋭い目つきでウェイターを呼ぶ少女。

 客席のざわめきが一瞬たゆむ。

 胸の名札に〈Arshe〉と刺繍された白エプロンの女性が、ぴくりと肩を跳ねさせた。

 栗色の三つ編みを揺らしながら、早足に少女のテーブルへ向かう。


「は、はい……!」


 ウェイターの女性――アーシェは、何事かと皿の山を見て小さく息を呑む。

 おそらくお会計だろう――いい加減お会計だろうと思いながら、恐る恐るオーダーを取る。


「この細長いもちもちしたものが入ったスープ、美味しいわね! おかわり頂くわ!」


「!? ら、のご追加でございますか……?」


……! そう、これラーメンというのね! 気に入ったわ!」


 アーシェは驚愕した。

 こいつの胃袋はベヒモスか、と。


 また、その光景を眺めていた冒険者のゴツい男たちは思った。


『俺たちも負けておられん!!!』


 先ほど食事を済ませたばかりの男たちが、一斉に再びテーブルに着く。

 そして、大飯喰らいの少女に対抗するかのように。


 ***


 リリアの腹がようやく満たされてきたところで、一人の白銀髪の目立つ女性が現れた。

 リリアと同じく、男なら二度見するであろう容姿の彼女は、テーブルに並ぶ食器の山を見て小さくため息をこぼす。


「はぁ……リリア様、また好き放題食べましたね? これでは今後の生活費がばかになりません。もう少し自重してください」


 財布の紐を指で確かめながら、やれやれと肩を落とす。


「メイリー! この食堂のラーメンっていうお料理、とっても美味しいのよ! あなたも食べてごらんなさいよ!」


「話を聞いてませんね……」


「それよりも、どうしたのよ。今日は夕方まで自由行動のはずでしょう?」


「リリア様……ショコラティアからの手先が、この街に来ております」


「え! やば、それを早く言いなさいよ!」


「なるべく人通りの多いところを通りましょう。そうすれば、人並みに紛れて……」


「それじゃあ早くデザートを食べないと! このプリンアラモードっていうやつをー……」


「リリア様!!!」


「ええいもう……わかったわよ!」


 リリアとメイリーは足早に食堂を後にする。


 彼女らが去った後、食堂内には食い倒れている筋骨隆々の男たちがいた。


 ちなみに、この冒険者ギルド食堂「ねこじゃらし」は、過去最高の売り上げを記録したという。


 今日から冒険者として生きると決めた、

 ショコラティア王国の第一王女――婚約破棄の逃亡中にある『リリア・ステラトス』は、冒険者として名が轟く前に、まずで名を馳せることになる。

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