第815話 その17
ジムニの母親も、隣にいる父親と思われる男性も、涙を流していた。
「お前は旦那様のご慈悲をないがしろにするつもりですか! 綺麗な服、文字の読み書き、めったに望めない魔法の鍛錬……それらを受けた恩を忘れたのですか!」
「そうだ。お前の父親、それに母親の命令が聞けないのか」
2人は涙ながらにうったえる。
両親の視線からジムニは俯いて視線をそらせた。彼は震えていた。
「お兄ちゃんって呼ばれているんだ」
ジムニが言った。その答えは予想外だったようで、彼の両親はポカンとしていた。
両親の反応など気にせず彼はトボトボと話を続ける。
「俺は戻らなきゃいけない。シェラが泣くから。シェラはお爺さんのために家族から逃げたんだ。呪いに巻き込まれないように。薬なんて嘘っぱちだ。シェラは帰りたいけど帰らないって決めてたんだ。逃げた俺とは違う。でも、今は、帰ってもいいんだ。シェラの話にある、シェラの家族は優しくて、シェラが一番で、足に焼きごてもしないし、背中に鞭打ちもなくて、シェラにお話をして……」
「黙りなさい」
ジムニの両親が彼の言葉を遮った。
二人の顔には怒りがにじんでいた。
母親が「お前は正しい言葉が言えないの」と言って、父は「ご主人様の恩を忘れたのか」と続けた。
「俺は奴隷じゃない! お前達はご主人様が大切で、俺を殺そうと……」
「黙りなさい!」
「お前達が黙れ」
ミランダが威圧を込めて、ジムニの両親の言葉を遮る。
威圧のこもった声は両親の口を閉ざし、さらにその場の全員を畏怖させた。
「言いたい事を言いなさい。ジムニ。責任は私が取ってあげる」
「え?」
「師匠はそういうものよ」
微笑んだミランダが頷くと、ジムニも頷く。
「俺は自由だ! 奴隷だった俺は死んだんだ! 呪い子になったとき、皆が追い払うと決定したとき。始末するって言った時、俺は一度死んだんだ! お前たちだって、逃げた逃げたと……よかったと……二度と戻らぬように追い立てましょうと笑っていたじゃないか!」
ジムニは涙声になっていた。彼は大きくヒックと息を吸い、叫んだ。
「俺は師匠に魔法を習って……シェラを家まで送り届けるんだ!」
彼の叫びに誰も答えない。
沈黙はしばらく続いた。ミランダは思わず口を押さえた。声をあげて笑ってしまいそうになった自分を抑えた。
シェラの為に行動したいと言ったジムニが誇らしかった。
だけれどミランダの気持ちに水を差す出来事が起こる。
それはシンと静かな場に「あぁ、そういうことか、理解した」と響いた声が最初だった。
声をあげたのは場で最も上位者であるヤードゥだった。ちょび髭を指先で弄りながら、彼はニタリと笑って言葉を続けた。
「呪い子だからか……だから奴隷契約が消えたのか」
ミランダは目を細める。
彼女の様子をみて、ヤードゥをはじめとした周辺が調子づく。
そして、ヤードゥの後に控えていた老婆がポイと金貨を投げた。
『チャリン』
数枚の金貨がミランダの足元で鳴った。
金貨を見つめるミランダへ老婆は語りだす。
「いろいろ言っていたけれど、カラクリがわかれば何の事は無い。世の法は、奴隷を不当に得た者に対して処罰と定まっている」
「そう……」
「私のジムニを送ってくれたお礼よ。それを受け取って消えなさい。ヤードゥ様は大平原の大王様に、サミンホウトの法を任されたお方。ここで引かねば、大王様は許さないわ」
「確かにそうであるな。ふむ、ヨラン王国のヘレンニアとやらよ。法は守らねばならぬのだ。感謝して金貨を受け取り一人去るが良い」
自分達が優勢だと判断したのだろう。ヤードゥ達がクスクスと笑った。
「法……ね」
金貨を見つめたままミランダが語り始める。
「奴隷が呪い子になったとき、その者が奴隷としての制約を受けないのは、奴隷契約が消えたからでは無いわ。呪い子の歪んだ魔力が、奴隷としてのあらゆる干渉を弾くから」
「師匠?」
「これはクロイトス一族の検証にて証明済み。そして、法によれば逃亡奴隷、廃棄した奴隷が国を出た場合……その解放を、当該地における王剣所有者に願いでることができる」
「お前は……何を言っているのだ?」
「ジムニはかつて奴隷だった。だけれど、彼は大平原から別の領地に移り、その地の王剣所有者に開放されたのよ。奴隷契約の消滅という形で。それは大平原だけのルールでは無い。歴史にある古き国々が作り出した極光魔法陣によるものよ。ドルゴカーンは知っているわ」
「ドルゴカーン?」
「お前達がいうところの大王様の名前じゃない。お前達は、主の名前を知らないのかしら」
「ヤードゥ様、聞かれましたか? この娘、大王様を呼び捨てましたわ」
「あぁ、聞いた。確かに聞いた。もう、穏便に済ませる必要は無い。矢をつがえ、弓を構えよ」
ヤードゥがミランダを睨んで片手を上げた。
兵士が一斉にジムニとミランダを狙う。
「力ずくってことかしら?」
「奴隷を盗んだ罪。大王様を愚弄した罪。裁きの間にて裁きに従わぬ罪」
「そう。それは困ったわ」
ミランダが微笑む。
フッと部屋の気温が下がった。その部屋にいる者の息が白くなる。
「いい加減イラついていたのよね」
多くの弓矢が狙うなか、ミランダは不敵に言い捨てた。
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