第794話 閑話 打ち上げの場にて(前編)

 ピッキー達の故郷は、ヨラン王国東にあるキトリア領にある。

 広大な森林に覆われたキトリア領は、冬の季節を前にして、葉の欠けた木々が残る灰色の土地となっていた。

 そんなキトリア領の領主リオカナウドの屋敷。いつもは静かな屋敷だが、その夜は笑い声が響いていた。それは、領主が第4騎士団を労うため用意した酒の席が理由だった。

 テーブルには鹿の丸焼きと、この地方の料理である果物の饅頭……エッドルが山のようにつまれた皿、それから果実酒の入った大きなジョッキが置かれている。

 貴族の食事としては優雅さが欠ける酒宴の席で、皆が盛り上がっていた。


「まぁまぁだったのではないか?」


 そんな中、部屋に響く声で第4騎士団長ディングフレが言った。

 知らない者が聞けば叱責にも聞こえる彼の地声は、その筋骨隆々な身にふさわしい声音で、その場にいたほとんどの者にとっては聞き慣れた声だ。


「確かに、おおむね良い結果だったかと」


 それをうけて、一人の女性が答える。短く刈り込んだ赤毛をした彼女は、第4騎士団副団長の一人ヒーニウ、戦象の御者としてリーダ達を案内した女性だった。

 彼女は、テーブルに山と積まれた果物の饅頭エッドルを一つ掴みとりながら言葉を続ける。


「もっとも王子やノアサリーナ様をお連れすることを事前に伝えたにもかかわらず、村人の命を危険に晒していたことはヒヤリとしました。どういうつもりなのかと」


 そう言って、ガブリと饅頭をほおばりながら彼女は、一方をみた。

 視線を送られた騎士の一人が酒の注がれたジョッキで顔を隠すように俯く。


「まぁ、過ぎたことは仕方がない。王子から咎めも無かった」


 ディングフレが苦笑して言った。


「ですが団長……」

「確かに、王子ら一行を普通の貴族と同じように考えたのは落ち度ではあった。いつものように村人を放置し死なせていたらまずかっただろう。だが、対処は間に合った」

「それはそうですが……ですが、結果論です。万が一、第4騎士団は頼りないなどと思われては……」

「いや、王子はそこまで狭量ではあるまい。貴族と平民の違いは心得ておろう」


 ディングフレはそう答えるとゴクリとジョッキの酒をあおった。


「王子をはじめとした皆様は、我らの訓練に満足されていましたよ。戦象に乗ったことも良い経験になったと言われていたのでしょう?」


 ディングフレの向かいに座っていたオーレガランがニコリと笑う。


「えぇ。オーレガラン様のおっしゃる通りです。本当に楽しんでおられました。ボウウも褒められ嬉しそうに鳴いていました」

「ならば良いだろう。もう話を変えようではないか」


 言いながらディングフレが、テーブルにドンと置かれた鹿の丸焼きにナイフをいれて、大きな塊を皿にうつした。さらにヒーニウがそれに続く。先程から繰り返された光景だ。

 こうして鹿の丸焼きがみるみる減っていく。

 その様子をみて、オーレガランが手で追加の料理を指示した。

 大柄な人間が多い第4騎士団はとにかくよく食べる。


「こちらとしては、災いが未然に防がれたということで今回の件は嬉しく思います。王子もノアサリーナ様も楽しんでおられたので案内して良かったかと」


 指示を出し終えたオーレガランが言った。そして、ガヤガヤという宴の喧騒のなか、さらに言葉を続ける。


「特にノアサリーナ様は未来の騎士達にずっと声援をおくられていました」

「声援……そうですね。皆が良いところを見せようと張り切っていたのは、戦象からみても微笑しかったです」

「一番活躍していたのが、まぁ、保護者だったのが、あれだが」

「その後も含めると、良い話だったでしょう。酒が進みます」


 最後に付け加えたヒーニウの言葉に場が笑い声で反応する。それは訓練のあと、自分達の大先輩である老騎士クギターが、孫に叱られる風景を思い出したからだった。

 賑わいつつも酒はどんどんと減っていき、とうとう調理場から樽ごともってくることになった。


「ところで、オーレガラン殿……さきほどの言葉……災いが未然に防がれたというのは?」


 さらに宴が盛り上がるなか、赤ら顔になったディングフレが問いかける。


「飛竜のヌシのことです。王子が追い払った飛竜ですが、死骸を見つけました」

「あの時、飛竜は逃げただけではなかったか?」

「いちおう、付近の調査を命じましたところ……年老いた紫飛竜の死骸を発見したとの報がありました。雷撃により始末されたようです」

「紫ですか?」


 ヒーニウが驚きの声をあげた。笑い声は一転してざわめきに変わる。紫飛竜は、飛竜の中で最強種。そして飛竜は年を経るにしたがって体は大きく強靭になる。

 紫飛竜のヌシとなれば、それだけで強力な魔物とわかる。

 第4騎士団に属する彼らは、油断ができない存在がいて、場合によっては戦う可能性があったと思い至った。


「誰が始末を? まさか、王子が?」


 片眉をあげたディングフレが、オーレガランへ問う。


「残念ながら詳細は不明です。ですが、半身が……雷撃と思われる魔法攻撃により破損していました。ノアサリーナ様の従者の故郷……ロンボ村の付近にて死骸が見つかったことから、王子が手を下した可能性はあるでしょう」

「ですが紫飛竜で、なおかつヌシとは……それほどの存在であれば二つ名もちでは?」

「えぇ。我らも、ヒーニウ様と同じように考えて、調べている途中です。もっとも帝国から流れてきた飛竜であれば……二つ名持ちであっても、わからないかもしれません」

「帝国からですか?」

「オーレガラン殿は、魔神との戦い以降に、魔物の生息域が変わった事を示唆しているのだ」


 魔神との戦いがあった日、無数の魔王も復活した。それらは、あっという間に壊滅したが、魔王に率いられた魔物の群れは魔神や魔王とともには消滅しなかった。

 その結果、魔神が滅びた時にいた場所に、魔物は残ることになった。いくらかの魔物は、かつて生息した場所に戻っていったが、戻らなかったものもいた。


「そうですか」

「魔神も、魔神を超える存在も消えた。しかし、まだ魔物は存在し、帝国も健在だ。つまりヒーニウよ。第4騎士団をはじめ、誰も、気は抜けないということだな」

「帝国は被害が少ないようですので、すぐにまた戦うことになるかもしれませんね。団長」

「あぁ、帝国は、ノアサリーナ様の提供した魔導具ハーモニーを積極的に使用していたという噂だからな。逆にヨラン王国は……一部貴族が拒否したため、ひどい有様だ」


 ディングフレが静かに笑い、グッと酒を飲み干す。


「ですが、ヨラン王国には、リーダ王子と勇者エルシドラスという世に誇る英雄が二人もおります」

「確かにオーレガラン殿の言う通りだな」

「それにしても、王子がこられたのは意外でしたなぁ」


 静かに話を聞いていた領主リオカナウドが、給仕に追加の酒を指示しながら語る。


「確かに。王子が近くまで来ていると聞いた時は驚いた」

「ところで皆様は王子の使い魔をみられたそうですが、それは本当に想像を絶する存在だったのですか? オーレガランの言葉を疑うわけではないのですが……」

「そう言いたい気持ちはわかります」


 リオカナウドの言葉に、ヒーニウが同意する。

 そして、話はリーダが呼び出した黄昏の者スライフの話とうつっていく。

 何も無い場所から出現した異形の存在。その気配を察知した魔物が、恐慌状態になって逃げ出したこと。

 黄昏の者の、黒く巨大な体躯。

 放つオーラの凄まじさに、熟練の騎士でさえ剣を抜き、臨戦態勢に入ってしまったこと。

 途中から、第4騎士団の面々が次々とディングフレ達の近くへと集まり、黄昏の者スライフの話に参加する。


「ですが、王子はアレをどうやって支配下に置いているのでしょうか?」


 話の中で、ヒーニウが疑問を口にした。

 それは、その場の皆が考えていたことだった。だからこそ、その疑問に酒宴の参加者は黙り込み思案する。

 だが、静かな時間はすぐに終わる。


「それについては、少し聞いた話があります」


 領主の子オーレガランがそういって口を開く。

 おもわせぶりな彼の言葉に、皆が次の言葉を待った。

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