第772話 お仕事と貴族

「お、お、お許しください」


 オレの前で震えながら、1人の男が声をあげる。

 線の細い男は、両手で丸めた鞭を胸元で抱えてガチガチと歯を鳴らしていた。

 男の名は、テオルポ。男爵であり、舞踏会場の整備を任された貴族らしい。

 事の発端は、イオタイトの報告をうけて、遠巻きに現場を見ることにしたことから始まる。

 いきなり王子であるオレが乗り込むと、相手も困惑するという判断からだ。

 ところが。


「なぁにをサボっておるか!」


 現場に行ってみると、さきほどパンと水を与えた男がむち打たれていた。

 他にも数人ほど呻き横たわる職人が見えた。

 舞踏会場は、かなり大がかりな修繕作業を進めていた。

 そこにバシンバシンと、むち打つ音が響いていた。

 イオタイトからの「舞踏会場の惨状は、少しノアサリーナ様には刺激が強いかと」という言葉を受けて、ノアとエティナーレを残して正解だった。

 苦悶の表情で床を転げ回る男の状況を見せるのは辛い。


「ノアサリーナ様の期待をないがしろにするか!」


 ここに来るまでは、遠巻きに様子をみるつもりだった。だが、この言葉を聞いた直後、反射的に乗り込んでしまった。

 その結果、テオルポの振るった鞭がオレの胸元をかすった。


「王子を害する気はなかったのです」


 最初はオレを睨みつけていたテオルポだったが、王子だと気が付いてからはガクガク震えている。意図的ではないと彼はカチカチと歯を鳴らし、うわごとのように弁明した。


「鞭が当たった事はおいておきましょう。それより、ノアサリーナの名前を出して、鞭を振るった理由を教えていただきたい」


 鞭がかすり服はやぶれたが問題無い。それよりノアの名前を叫び鞭を振るった事が気になる。さきほどの男も、誕生日までに舞踏会場を修理するという話をしていた。

 どういう経緯でそうなったのかを知りたい。


「それはモードザンル様より、お話があって……」


 テオルポがとぼとぼと説明を始める。

 彼はさらに上のモードザンル伯爵より命令を受けて作業をしていたらしい。さらに大本はヨラン王。

 テオルポは、ノアが誕生日を盛大に祝いたいと王に願い、王がその訴えを聞き届けてモードザンルへ命令したと聞いたそうだ。

 ノアが自分の誕生日を盛大に祝いたい?


 そんなわけないだろう。


 思わず言いかけて、あわてて口をつむぐ。

 さて、どうしたものか。ノアの名前を出してむち打つような真似は止めさせなくてはならない。

 目の前のテオルポを見る限り、納期に追われて思わず過激になったという印象だ。

 そうであれば、彼を排除したところで別の人間が同じ事をやる可能性は残る。

 というか、舞踏会場の状況を見る限り、まだまだ時間がかかりそうだ。舞踏会場となる建物は、石で作られた豪華で立派な体育館といった感じだ。もっとも建物の天井は破損し、空が見えるし、床の至る所にひび割れがある。

 これをノアの誕生日までになんとかする……か。オレが演説したのが姫の月、元の世界で9月末。ノアの誕生日が眠りの月……つまり11月。げっ。後2ヶ月もないじゃないか。

 前に誕生日を祝ったのって最近じゃなかったけかな。本当に、月日が過ぎるのは早い。


「どうなさいますかな?」


 プリネイシアに問われ、対応を考える。

 そういえば、オレは権力者なんだよな。

 先日、謁見対応をするにあたりレクを受けたのだが、その時にオレは王の次に偉いと聞かされた。


「お前が勇者エルシドラスの首をはねろと命令することも可能だ。俺以外の誰も逆らえん。故に慎重に発言するのだな。ギャッハッハ」


 そんなヨラン王の発言とセットで。

 しかしながら、王の判断で今の権力が引き剥がされる可能性はあるらしい。それに何より、権力を笠に着た行動で、無駄な反感を買うことは避けたい。


「とりあえず怪我人には手当を、疲労で動けない者や寝ていない者には休息を取らせてください。工事の遅れは仕方がありません。期日に関しては再度調整しましょう」


 好きにして良さそうなので、まずは死屍累々の状況の改善を指示する。

 その間に、ヨラン王に経緯の確認をする。ノアだって、とんでもない犠牲の上で誕生日を祝って欲しくはないはずだ。


「テオルポが王子に手を上げたことは如何しますか?」


 イオタイトがテオルポをチラリとみて言う。

 手を上げた? あぁ、鞭の事か。


「あれは事故ですよ。ただし、二度とノアサリーナの名前を出して鞭を振るわないように、詳細はまた改めて話をしましょう」


 鞭がかすった事についてはどうでもいい。だけど、ノアの名前で鞭を振るった事は対処しなくてはならない。そのためには状況の確認は必須だ。

 目の前のテオルポ以外にも似たような事をやっているヤツがいたら大変なのだ。


「王子にも動ける側近が必要だねぇ」


 そう言いながら、プリネイシアが近くの人に補足の指示をだしてくれた。

 それからノアに仕事ができたと告げて、ヨラン王と話をすることにしたのだが、そこに落とし穴があった。

 王城にある一室でのことだ。


「王子は少々考えが甘いのでは?」


 状況確認の話をする中で、ヨラン王に呼び出されたモードザンル伯爵が言った。

 伯爵位は、ヨラン王国でも上の身分らしい。王族や公爵に続く身分で、王も多少の配慮をする必要があるという。

 だからだろう、彼はオレに対しても余裕の態度を崩さない。

 でっぷりとした着飾った男というのが第一印象だったモードザンルは、ヨラン王が頷くのを認めた後、言葉を続ける。


「優しいだけでは人は動きませんな。とくに学の無い者は、まっことに、すぐサボる。慈悲深き聖女ノアサリーナ様の名を語ったテオルポの発言は確かに酷い。ですが確かな仕事のため鞭くらい振るっても良いのです」

「鞭ぐらいと言いますが、鞭で打たれ怪我をして働けないなら問題でしょう」


 これもまた身分制のせいだろうか、人を軽く扱いすぎている。

 オレには人を鞭で脅して働かせるなんて真似はできない。


「職人が死んだところで、代わりなどいくらでもいるでしょう。ふむぅ、では、そう言うのであれば、王子が御自ら指揮すればよろしいのでは?」


 対するモードザンルはわざとらしく溜め息をつくと、馬鹿にしたような口調で言い返してきた。

 それにしても、代わりはいくらでもいるか……古今東西、このフレーズが管理職から出るとロクな事が無い。


「私が?」

「左様です。多少の行きすぎはありましたが、仕事はきれい事だけではないのです。やはり厳しさも必要。なれど、王子はきれい事だけで可能であるとおっしゃる。では、わたくしめは、一つ王子の仕事というものを拝見したく思います」

「モードザンルよ。舞踏会場の整備を王子にやれというのか?」

「いえいえ。是非とも拝見したいという願いにございます。できるのでしょう? 職人に鞭打つことなく、サボらせず、そして期日までに仕事を完遂させることを?」


 勝ち誇った笑みでモードザンルがネチネチと言う。

 偉そうな態度といい、体型含めた身なりといい、この人は本当にザ・貴族って感じだ。


「えぇ。期日までに間に合わせてみせましょう。そして、首尾良く事が進んだ場合、モードザンル様には一つ約束していただきたい事があります」


 挑発的な言動にどうしようかと思ったが、受けて立つ事にした。

 神の力を使えば舞踏会場を修繕することなど簡単なのだ。

 もっとも、モードザンルの話をただ受けて立つだけでは無い。ノアの名前で鞭打った件も含めてかたづける。そのための約束を思いついた。


「はて、約束……ですかな?」

「勝手にノアサリーナの名で仕事を進めた事、そして鞭打った事を、テオルポと一緒に職人達へ謝って頂きたい」

「伯爵たる私に頭を下げろと? 平民に!」


 オレの提案にモードザンルが激高し立ち上がる。

 この態度はある意味予想通り。プライドがあるのだろう。

 さて、ここからは交渉だ。

 以後、ノアの名前を勝手に使わない状況にもっていきたい。可能であれば、見せしめになるような何かが欲しいところだ。


「面白い」


 そんなとき、ヨラン王が楽しげに言った。


「我が王?」

「この話、見方を変えれば、モードザンルとリーダの勝負というわけだ。互いの立場をほんの少し賭けた、な」


 ヨラン王の言葉に、モードザンルの顔つきが変わる。

 何かを探るような表情のモードザンルを見つめ、ヨラン王が言葉を続ける。


「そうだな。お前が勝ったあかつきには、王子の不出来を好きなだけ喧伝するがいい。余はその言葉を止めぬし、王子を含めた誰にも邪魔させぬよう協力しよう」

「代わりに、わたくしめが負けたら……」

「頭を下げるのだろう? 決まりだ。これは王子の願いでは無い。余の命令だ。モードザンル、そして王子に対するな」


 ヨラン王の命令は絶大のようだ。モードザンルはパクパクと口を動かした後、お辞儀して足早に去って行った。


「これでモードザンルが頭を下げるような事になれば、ノアサリーナの名前を語るなど誰もできぬであろうな。リーダ、お前の望み通りに……もっともお前の働き次第だが」

「そうですね」


 何だか楽しそうなヨラン王の態度に釈然としない。


「お前の仕事ぶりを皆が見ることになるだろう。見事に人を使い、目的を達成するがいい。ギャッハッハッハ」


 思いっきり他人事な態度でヨラン王が笑う。そもそも、お前がノアの誕生日を舞踏会場でやるとか決めたのが発端だろうが。やれやれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る