第742話 ボージョレーヌーボー
ス・スは動かない。いや、動けない。
大量の鎖でがんじがらめにされているのだ。
だけど油断はしない。サッサとカタをつける。
「スライフ、タイマーネタの照準を奴の顔面に」
オレの言葉を受けて、タイマーネタの矢じりがス・スの頭に向いた。
「ラルトリッシに囁き……」
そして標準が定まった直後、オレはキーワードを口にする。
『ヴォン……ヴォン……』
バリスタを模した巨大な模型といった容貌のタイマーネタが唸る音を立てて輝く。
パワーアップ前と違い、なかなか発射しない。
まるで充電しているように、唸る音を立てて輝きは増して、その光は次第に矢じりの先へと集中する。
『ズ……ドォォォォ』
凄まじい音と衝撃波をまき散らしタイマーネタから光線が発射された。
その衝撃でオレとスライフははじき飛ばされる。
すぐに体勢を立て直したオレ達が見たのは新生タイマーネタの超破壊力だった。
いままでとは違い、虹色の光線はオレの背丈の何倍もの太さで、ゆっくりと直進し、ス・スへと向かっていく。
対するス・スは必死といった感じで、体を傾け、光線に向かって腕をあげた。
奴を縛る鎖がブチブチと低い音を唸らせ壊れていく。
そしてようやく腕を持ち上げ、手の平を光線に向けて開く。
すると半透明な赤色をした六角形の盾が出現した。盾は淡く赤色に光り、辺りを夕焼けのように照らした。
ス・スの体を覆うほど巨大な盾。しかし、タイマーネタの光線は防げない。
『ガガガガガガ』
岩盤を掘削するような音をたてて、盾がジワジワと削れて、最後に壊れた。
盾を破壊した直後、虹色の光線は速度を増して、ス・スの伸ばした腕を消し飛ばし、奴の体の一部を巻き込んで貫いていった。
とんでもない破壊力だ。
「さっさと2撃目を」
タイマーネタの攻撃は、これで終わりではない。2撃目を喰らわせるのだ。
だけど、弾の装填がまだできていなかった。撃つときもそうだったが、弾の装填にも時間がかかるらしい。
「願いを……」
ずっと聞こえる声に、願うことも考えたが止めた。
手段は多いほうがいい。
ス・スは動かない。グラグラと揺れる骸骨の体は、際限なく生まれまとわりつく鎖が当たる度にポロポロと崩れる。もしかしたら、既に倒したのか……期待はあったが、念には念を入れる。
『カタン』
小さな音がタイマーネタから聞こえた。ようやく装填が終わったようだ。
「スライフ」
「もう終わっている」
先手を打ってくれたスライフに笑い、タイマーネタに手をつく。
その時だった。
「余は所望する! 敵が手にある神殺しの矢を!」
声が響いた。若々しくも威厳のある男の声だ。
そして、タイマーネタが消えた。
「消えた?」
「ス・スだ!」
スライフが奴を指さして言った。
その指先が示す先、ス・スの頭……上顎の辺り、埋まるような形でタイマーネタがあった。
「奪われた? 召喚?」
「いや。所有者がはっきりしているものは奪えない、召喚魔法では無い」
どちらにしても、武器が奪われた。
「願いだ。ス・スの手にあるタイマーネタをここに!」
即座に願いを口する。
だが。
「願いを……」
声が聞こえるだけ、願いは叶わない。
「余は所望する。敵が眼前にてひれ伏す事を!」
そして再び声が聞こえ、オレの視界が変わる。
『ガン』
オレは一瞬で白い床の上に移動し、しかも土下座の格好で額を床に打ち付けた。
「カハハハ、これは面白い」
オレの視界に人の足が見えた。僅かに動く頭をあげると、軍服にマントを羽織った男がいた。夢でみたことのある男だ。
「ス・ス」
「余を知っておるか。だが、余は其方を知らぬ」
それからス・スは左手を軽く振る。すると奴の手に剣が出現した。
オレはゆっくりと起き上がり、ス・スに注意を払いながら、あたりを観察する。
真っ白いなだらかな丘にいた。ス・スの背後に魔法陣が見える。
そして、相当に高い場所にいることが分かった。雲が近い。
「ここは余の額……その上である。ようやく準備がととのったのでな。招く事にした」
ス・スがツカツカとオレに近づいてくる。
どこか遠くに視線を移し、奴は言葉を続ける。
「其方が囮だとは気付いている。よって、余は術者を目指すことにした。なれど、その必要は無くなった。術者はすでに事切れて、月の支配権を手放した」
ノアが支配権を手放した?
嫌な考えが頭によぎったが、切り替える。
ス・スはすぐ近くに来ていた。
『フッ』
微かな風切り音に反応し、オレは後に飛び退く。
剣を振り抜いたス・スが笑った。
胸元を斬られ、パラリと服がめくれていた。間一髪だ。
なだらかな白い丘の先は青空だ。逃げ場はない。
影から剣を取り出し、時間を稼ぐ。
スライフがス・スの背後から襲いかかる様子が見えたからだ。
だが、ス・スの背後から行われたスライフの攻撃はあたらなかった。ス・スに当たったかと思われた攻撃は、ブンという音をたてすり抜けた。
「カハハッ。惜しかった」
ス・スは笑い、髪をかきあげた。そして言葉を続ける。
「余は所望する。かの者の破壊を!」
そのセリフを無視してスライフが再度攻撃する。
今度の攻撃はス・スの手にあった剣をはじき飛ばすことができた。
対するス・スはくるりと身を翻し、スライフを目で追う。
「やはりそうか。余は所望する。かの者の帰還を」
そしてス・スが言葉を口にした。その瞬間、スライフは消えた。
所望……願う……。
「まさか……魔法の究極?」
「察しが良い。正解だ。其方の使った手段と同じ、魔法の究極だ。余はタイマーネタを魔法の究極によって奪い取った。其方の主が余の所有物を奪い取ったように」
その手があったかと今さらながらに思う。
自分が使える武器を、相手が使える……当然の可能性だ。
「神様なのに、神様に頼むんだな」
もっともコイツは自称神様、つまりはインチキ神だけど。
「それは正しくない。神では無く、余は神を超える存在だ。であればこそ、死にかけの神々を使い捨てにするに相応しい」
精一杯の嫌味に、ス・スは笑顔で応じた。
まったく困ったことだ。
さて、どうするかだ。
「願いを……」
幸い、願いの声は聞こえる。これを使って、ス・スから魔法の究極を封じるか……。
だけど、それでは足りない。
この願いは切り札だ。慎重に使う必要がある。慎重に。
「あれは勇者の軍か。勤勉なものだ。奴隷とはああで無くては面白くない」
ス・スが少しだけ歩き空の一方を見た。
奴の視線の先、確かに勇者の軍の船が一隻ほど近づいていた。
だけど、距離をとっている。警戒しているようだ。
「勇者の軍は、人のつまらない希望そのものだ」
勇者の軍を見るオレに、ス・スが言った。
「つまらない?」
「人を寄せ集めて魔神に対抗する。毎回、毎回、皆が口を揃えていた。歴史上最強だ。此度の勇者は史上随一だと。カハハハ、こう言えばいいか。まるでボジョレーヌーボーのような褒め言葉だ。比べず、歴代最高だと囃し立てる」
え? ボジョレーヌーボー?
言っている事はすぐに理解できたが、違和感が凄い。
ヌネフの翻訳か。いや、違う。何か違う。
「ボジョレーヌーボーなんて知っているんだな」
「先ほど、其方の記憶を読み取った。素晴らしい記憶だ。さすが、かって余が追放した者達の末裔よ。いつまでもあがいて楽しませてくれる」
「末裔?」
「古い話。余が人以外を死滅させようと病を撒くと決めた時だ。恐れを抱き反旗を翻す者達を追放した。父や母、兄弟達……叔母もいたか。追放したのは、魔法も無く、光も無い……絶望の世界。其方はその末裔らしい。故にラルトリッシに囁ける。王族としての力をささやかながら内包しているわけだ」
「何が末裔だ」
「ところが事実らしい。カハハハハ。せっかくだ、王族の末裔として、ほんの少しであれば配下としてやっても良いぞ」
「配下に?」
「あぁ、あれを使わせてやってもよい。使いたかったのだろう?」
ス・スが言った直後、地面が揺れた。傾く地面になんとか踏みとどまる。
奴の頭……しゃれこうべがやや上を向いたのか。ふと見ると、目のくぼみ、鼻のくぼみ、そして前歯が見えた。さらに、顔の左側面から矢じりが飛び出している様子が見て取れた。
「タイマーネタ」
「不慣れ故にやや失敗してしまった。取り寄せた時、余の顔と融合してしまった。まぁ、神殺しの矢を内包するのも悪くは無い。飽きれば捨てる。融合したゆえ時間はかかるが、ただそれだけのこと」
ス・スが左頬のやや下あたりを指でつつきながら笑う。
「使わせてくれるって、気前がいいな」
「余は寛大。もっとも狙いを定めるのは余であるが……」
「狙い?」
「其方の主人、此度の失敗をもたらした罪人、血塗られた聖女の部品たるノアサリーナ」
「ノアが?」
あの矢じりの先は屋敷か!
「良い。実に良い。初めて恐怖を見せたな。その顔が見たくて、其方の記憶を読んだ。その顔が見たくて、この姿で其方の前に出たのだ。語ったのだ。そうでなくては。幻とはいえ、体を小さくせねば、見えぬ物も多い。まだまだ足りぬ」
ス・スは楽しそうに笑い言葉を続ける。
「なかなかに楽しめた。余が作った物ではあるのだがタイマーネタを見るのは久しぶりでな。使い方をはっきり憶えていないのだ。そこで其方に実演を命じたかったのだが……カハハハ、嫌か」
「狙いを任せてくれるなら、実演くらいするよ」
「カハハハ。カハ、カハハハハ。恐怖の中、そのうえで知恵を回す。良いかな、良いかな。では、余が失敗をしたあかつきには、頼むとしよう」
そう言って、上機嫌のス・スはタイマーネタの方に向かって歩き出す。
さらにタイマーネタの示す先、そこから僅か外れた遠くの地面がキラリと輝いて見えた。
ギリアの湖だ。奴の言葉どおり、ギリアの外れ……屋敷をタイマーネタは狙っていた。
「ラルトリッシに……ん?」
「止めろ!」
ギリアの屋敷を目標にしてタイマーネタの起動キーワードを呟くス・スに向かって、オレは剣を片手に突っ込んでいく。
『キィ……ン』
ス・スはヒラリと身を翻すと、何もない空間から剣を出現させオレの剣を受け止めた。
「カハハハ。剣の勝負がまだだったな。良いかな、良いかな」
楽しげに語った後、ス・スは剣を手に向かってきた。
その鋭い剣撃は、しのぐのに精一杯だ。力も強く、何度もフラつく。
「久方ぶりに剣を手にするが、楽しいものだ」
上機嫌でス・スは笑う。
戦いはス・スの優位で続く。一撃一撃が重く、剣を手にする腕が痺れてくる。
『カァ……ン』
ところが終わりは意外な形で訪れた。
オレが振った剣がス・スを切り裂き、剣を吹き飛ばしたのだ。
『カラン……カラン……』
乾いた金属音を響かせ、剣は白い床を跳ねた。
だけど、ス・スは無傷だった。切り裂いたはずの手応えもなかった。
「カハハハ。この姿は幻、足元こそ余の本体」
あっけに取られるオレをス・スが笑い、手を伸ばした。
剣を振り抜いた事で体勢を崩したオレの髪を、ス・スが掴んだ。
しくじった。
先ほどのスライフの攻撃を、ス・スは避けていたわけではなかった。
もう少し、しっかりと観察すれば良かった。
しかも、ス・スはオレを掴んだりできる。頭を振り払おうとしたオレの手がすり抜けたことで、状況のひどさを実感する。
「お前だけ、攻撃できるのはズルいだろ」
対処法を思いつかないまま、髪を掴まれて押さえ込まれたオレは悪態をつくしかなかった。
「カハハハ。其方からタイマーネタの使い方をもう少し詳しく読み取りたかった。その程度だ。全てにおいて、余が楽しむ以外の意味は無い」
そう言ってス・スはオレの髪からパッと手を離した。
そして、片腕を伸ばしギリアに向けて口を開く。
「余の前に柱はあらず……」
ス・スの声が重なって聞こえる。
目の前に立つス・スと、あたりに響きわたる同じ声。
「余こそ剣……」
ス・スの言葉が続く。
「願いだ! タイ……」
「静かにせよ」
ス・スがギリアから視線を外さず、片方の手をオレに向ける。
まるで磁石が引き寄せられくっつくように、オレの体は、首は、ス・スの手に収まり。直後、オレの首は握りしめられた。
「あっ、ぐ……」
ググッとオレの体は持ち上げられる。首を掴む力は相当なもので、声どころか息もできない。
止めろ!
オレは心の中で叫ぶ。
願いだ! タイマーネタを止めろ!
心の中で願う。
「要らぬ存在に戒めと罰を!」
タイマーネタが起動を始める。
視界の端に、強く輝くタイマーネタの矢じりが見えた。
『ヴォン……ヴォン……』
矢じりから音が鳴る。
そして、タイマーネタの先端から強烈な光が放たれる。
願いだ! タイマーネタを止めろ!
声が出ない状況で、オレは必死に口を動かした。
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