第718話 たんざく

 山の斜面に沿って、足の踏み場もないほどの人混みが目の前に広がっている。

 男性、女性、種族もバラバラ、服装もバラバラ。本当にいろいろな場所から集まってくれたことがわかる。

 そんな皆が、魔神復活を告げるオレを黙って見ていた。


「魔神」


 誰かが言った。

 集まった人々がざわめき始めた。


「魔神が復活するのですか?」


 人々の中から、質問があった。

 誰が言ったのかわからない。その質問は、複数の人から連続するように投げかけられた。


「はい。近く、魔神が復活します。王の月、4日目の日が高く昇る頃です」


 オレは、再びはっきりと言った。

 そして手をグッと握った。


 ――なぜ、そこまで正確な日にちがわかるのか?


 これから来るであろう質問に、備える。


「ご武運を!」


 だけど、人々から追加の質問は無く、違う言葉が返ってきた。


「勝利を」

「ご武運を」


 その2つの言葉を人々は繰り返した。


「どういうこと?」


 後に立っているミズキの困惑した声が聞こえた。

 皆がオレの言葉をすんなり受け入れた事、誰も疑問を口にしない事に、同僚達も困惑していた。


「魔神の復活は決まり切った事。逃げる事ができない運命だ」

「おじいちゃん?」


 背後から続けて2人の声が聞こえた。

 ノアと、そしてカロンロダニアだ。

 振り向くと、いつの間にかカロンロダニアがいて、続いてファラハが壇上に登ってくる姿が見えた。

 オレを見てカロンロダニアが微笑み言葉を続ける。


「今回の件と、魔神復活に関わりがある事は皆が気付いていた。そのうえで皆は協力した。加えて日付も知ることができた。それ以上、詮索も、知る必要も無い」

「しかし、それでは……カロンロダニア様は魔神が復活する日を、私達が知っている理由に疑問を持たないのですか?」


 微笑みながらカロンロダニアが続ける言葉に、カガミが質問を投げかける。

 その言葉を聞いて、カロンロダニアは意外な事を言われたといわんばかりに、目を広げ、直後笑いだした。


「フハハハ。なるほど、そういう事か。そんな事は誰も疑問に思わぬよ。今さらな」

「今さら……ですか?」

「うむ。数多くの奇跡を成し遂げ、誰もが及ばぬ英知を次々と披露する貴方方に、今さら……だろう。しかし、そういうものなのだな。自分の事は存外わからぬのは、誰もが同じらしい」


 楽しそうに笑うカロンロダニアをチラリと見たファラハが、オレ達を見回し口を開く。


「皆様には皆様の思惑があるやもしれません。でも、別にいいのです。皆が集まり、力を合わせる事の意義を確認できました。それに我らはハーモニーを手にすることができて、希望が持てました」


 疑問に思わないのはファラハも同じなのか。

 いまいちピンと来ないが、きっと信用されているからなのだろうと、少しだけ納得することにした。


「では、後は我らに任せてもらえるかな?」


 ようやくオレを含めて同僚達がホッとした表情になった頃、カロンロダニアが言った。


「後?」

「魔神復活に際し、この場で、ここまで人が集まっているのは良いことではない。各々の居るべき場所で対処すべきだろう」

「解散し、守りを固めるということでしょうか?」

「あぁ。さきほどから勇者の軍の船も待機している。後は我らに任せて欲しい」

 オレに笑顔のカロンロダニアが言い、ファラハが頷いた。その背後には、エスメラーニャとキンダッタ、そしてカガミの友人であるマルグリットの姿もあった。

 そして、まるで追い払われるようにオレ達は壇上から降ろされ、屋敷に戻ることになった。

 オレ達が後にした壇上から、ファラハの演説するような声が聞こえた。

 それからタタッと早足で進んだミズキが振り返り笑う。


「結局さ、私達が思っている以上に皆が優しかったよね」


 そして彼女は軽い調子で言った。


「そうだな。だけど、少しハードルが上がったぞ」


 リラックスした様子のサムソンが、弾んだ声で言う。


「そうですね。究極を超える究極で叶える願いに……この世界の人達への恩返しも含めないとダメだと思います。思いません?」


 確かにカガミの言うとおりだ。


「どうせ、大量に願いを叶えるつもりだ。世界平和に向けた願いも沢山お願いしないとな」


 オレは笑いながらカガミに同調する。


「じゃさ、エックスデーまで、皆で思いつく限りの願い事を用意しようよ」


 ミズキが笑いながら言い、さらに言葉を続ける。


「紙にひたすら願い事を書いて、そうそう、あれ……あの、7月の……そう、たなばた。七夕の短冊みたいな感じで、書いていって、まとめちゃおう」

「いいと思います。まとめたら、単語カードみたいになりそうです。私、単語カードを作るのが好きだったんです。英単語のとか」


 単語カード……あぁ、受験勉強なんかで作った長方形の紙を金属の輪でまとめたヤツか。

 たしかに、願い事を沢山まとめて、上から願っていけば良い感じになりそうだ。


「それでいこうか。願い事を短冊に込めることにしよう」


 オレは頷き、魔神復活までの予定に、1つの行事を加えることを宣言した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る