第715話 もうひとつある

 3ヶ月目に突入した。

 サムソンの命約数がゼロになった。そしてミズキからは、実のところずいぶんと前にゼロになっていたと報告をうけた。

 しかし、計画は順調に進む。すでに転記量は7千万枚を超えた。

 当初の予想を遥かに上回るペースだ。

 物資の人も、さらにペースを上げて集まってくる。

 この状況であれば、来月には一億枚に到達する。あとわずかだ。

 ところが目標の達成を目前として新たな問題が発生していた。

 オレ達は、とうとう追い詰められて夜中の広間で頭を抱えることになった。


「どうしますか? いい加減、効率の悪い作業で時間を稼ぐのは限界だと思います。思いません?」


 カガミが疲れた顔で口を開く。


「あまりにも人が多い。無償で、しかも遠方から来た人を即日追い返すわけにもいかないぞ」


 サムソンが問題を端的に表した。

 そう、問題は増えすぎた人に割り振る仕事が無い事だ。

 当初は夢にも思わなかった状況。


「そうだ。あれを作ってもらおうよ」


 皆が頭を抱える中、ミズキが何かを思いついたようで、楽しげな声をあげた。


「あれ?」

「ハーモニー。プレインが残した魔導具。世界中から人が集まってるんだからさ、ハーモニーを量産して、ついでにお土産に持って帰ってもらっちゃおうよ」


 ミズキの言葉に皆が顔をあげた。

 その手があった。

 確かに彼女の言うとおりだ。今の人数であれば、大量生産が可能だ。提供のあった物資には、魔導具の材料になるものもある。


「じゃ、それでいこう。明日からハーモニーの量産だ」

「一応、キンダッタやファラハ様達には話を通しておいた方が良いと思うぞ」

「それでは、私がノアちゃんと一緒に、明日にでも話をしてきます」

「領主様やカロンロダニア様のところにも行った方がいいよね」


 皆もミズキの案に賛成し、翌日から行動を開始することにした。

 そして、もう一つ。

 大事な事がある。

 オレの企みの重要なパーツ。魔神復活を早める交渉だ。

 バタバタとしていて、そこまで気が回らなくて、後回しになっていた事だ。

 5日前に、主様とかに連絡するための木片はへし折り済みだ。

 さすがに連絡がある頃だろう。

 そう思っていたら、丁度良く、トーク鳥がイオタイトからの手紙を持ってやってきた。


「明日の夜、再びトーク鳥が来たらハロルドと一緒に、温泉の上空か」


 広間に駆け込んできたチッキーから手紙を受け取り、小声で読み上げる。

 イオタイト達は、飛行島の事も把握していたらしい。夜中、ハロルドと2人で飛行島に乗って、温泉のある山の上空で待機するように手紙に記されていた。

 空の上で何があるのかわからないが、躊躇する気は無い。その日の夜、言われるがまま飛行島に乗って指定された場所に向かう。


「なぜ拙者なのでござろうか」

「有名人だからじゃないか。キンダッタもハロルドの署名を求めたくらいだし」


 飛行島に乗って、指定された場所でハロルドと雑談をしていると、真っ黒い鳥が飛んできた。

 そして、鳥はイオタイトに姿を変える。


「やぁやぁ。悪いね。面倒くさいことをさせちゃって」

「このくらい、大した事ないです。それで、ここに何かあるのですか?」

「いや。何も。屋敷に迎えが出せなくてね。今や、あの場所には沢山の強者が集まっているでしょ。下手をすると主様が困るからね」


 そこから先、イオタイトに言われるまま飛行島を飛ばし、しばらくした後、谷間にポッカリ空いた穴に飛び込んだ。

 ずっと地下へと進み、地底湖に浮かんだ魚を模した建物の中へと案内される。

 前に主様とかに会った場所と同じ建物だった。あれは、上から見ると魚の姿をしたのか。

 そして、前と同じようにドーム型の部屋に通され、中空に向かって伸びる階段の先に設けてある椅子に座る主様とかに会うことができた。


「ようやく俺の出番か。ギャハハハハハ。俺の役目は無いのかとヒヤヒヤしたぞ。で、俺は何をすればいい?」


 彼は前回と同じように、オレ達に背を向けた椅子に座ったまま声をあげた。

 ほとんどが前回と同じだ。違うのは前よりも取り囲む人影が少ないことくらい。


「魔神の復活を早めて頂きたいのです」


 そして、男の言葉に応じるように要求を口にした。

 単刀直入に。


「いつにすればいい?」


 オレの言葉に、男は椅子に座ったまま軽い調子で応じた。

 いつにすれば……いい?

 魔神の復活、世界を混乱に陥れる日、それを男はまるで宴会の予約を入れるかのように軽く聞き返してきた。


「其方……復活の日を選べるのでござるか? やはり、魔神教……」

「ギャッハッハ。前も言ったが、違うな。単純に復活のからくりを読み解いただけだ。そして俺ならば、それを利用し成せる。ギャハ、ギャハハッハ」


 彼はハロルドの言葉に、楽しそうに馬鹿笑いをして返事した。

 だが、日付を選べるというのは、驚きの話だし、魔神と関係があるのかというハロルドが推察するに相応しい内容だ。

 もっとも、相手が魔神教だとしても方針に変更は無い。そのくらいのリスクは負うつもりだ。


「それで何時が希望だ?」


 うまく話が進むことに内心驚きつつ、復活の日の事を考えていると、男は再び日付を尋ねてきた。

 1億枚には来月には到達すること、その後の整理……協力者達の帰還や、対魔神への準備に最低でも一ヶ月は必要だということは同僚達と打ち合わせ済みだ。

 協力してくれた人達の事を考えると、2ヶ月……いや、今から3ヶ月先。


「それでは、今日から90日後」

「90日?」


 オレの言葉に、椅子に座ったまま男が怪訝な声をあげた。

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