第698話 おんねんまじゅつ

 風吹き荒れるなか、虚ろな目になったノアが、コアである柱にペタリと手をついた。

 コポコポと泡立つ音がして、柱の根元にある緑に輝く部分がつり上がっていく。


「いかん!」


 焦った様子のヒンヒトルテが、ノアに駆け寄り手を大きく振りかぶる。


「カボゥ」

「ちょっと」


 殴りかかろうとするヒンヒトルテを、カーバンクルは威嚇し、ミズキは慌てた様子で腕を掴み抑えた。


「あれは怨念魔術だ。あのままでは……」


 ノアに向けて振り下ろした手を、ミズキに止められたヒンヒトルテが何かを訴えようと呻いた。


「問題ねえだァ」


 それに答えるかのようにゲオルニクスが大声で言い、叩きつけるように柱へと手をついた。


『ボコリ……』


 柱から泡立つような音が鳴った。


『ゴゴゴ』


 続けて地響きが鳴り、グラグラと部屋中が揺れた。

 そして部屋が明るくなる。


「あれ……」

「気が付いたか、ノアサリーナ」


 小さく声を上げたノアを見て、ヒンヒトルテが少しだけ後ずさった。


「まさか!」


 それから彼は光り輝く柱を見て、唖然としてつぶやく。

 何に驚いているのかは明白だった。

 ほんの少し前まで根元のみが、輝いていた柱。それが、今や柱そのものが緑に輝いていたのだ。


「一体何が起こったんですか?」

「怨念魔術だ。ノアサリーナは、死者の思いに突き動かされて、あの柱……ゴーレムのコアに魔力を捧げようとした。命が尽きるまでその全ての魔力をだ」

「それで、その怨念魔術っていうのは何なんだ?」

「そういえば大学で聞いたことがあるな。でもあれは、大したことがないと聞いていたぞ」


 オレの疑問にサムソンが答える。

 怨念魔術という言葉を聞いてもなおサムソンは納得がいかない様子だった。


「そうだなァ。まず怨念魔術っていうのは、普通の魔法じゃねぇだ」

「死者が、死ぬ寸前まで魔力を込めた魔導具。もしくは死ぬ寸前に行使していた魔導具、それらに想いが乗るのだ」

「想い?」

「この魔導具に更に魔力を込めなくてはならない……などだな。結果、死者が残した魂の訴えは周りにいる生者に伝わる」

「死者の魂が、ノアちゃんに、魔力を捧ぐことを強要したということでしょうか?」

「そういうことになる。命を失ってでも魔力を込めろというように」

「でもなぜ、ノアちゃんだけが影響を受けたんスか」

「それはノアサリーナが、強い魔力を持っていて、優しくて、そして子供だからだなァ」


 ゲオルニクスが光る柱を見つめたまま言葉を続ける。


「怨念魔術ってのは、周りにいる人の魔力を通じて魂に囁きかけるだ。こうして助けてほしい、協力して欲しいってな。うんで、魔力が大してないと死者の言葉をそこまではっきりと聞き取れねえ。優しくないと、協力したいって気にもならねぇ。そして、大人はずるいから、命をかけようと思わねぇだ」

「私が、大人じゃ……ないから」

「心配ないだよ。ノアサリーナ。もう大丈夫、この魔導具に込めるべき魔力は、オラが全部、込めてしまっただ。だからもう安心していいだよ」

「もし今後、同じことがあったら対策しておく必要があると思います。思いません?」

「怨念魔術は、防ぐ方法がない。もし干渉にあったら、魔力を伴わない打撃で気を失わせるしかない。それか誰かがその思いを引き継いで、先に実行するしかないのだ」

 

 カガミの質問にヒンヒトルテが小さく首を振りつつ言った。

 殴り飛ばす対処法。だからヒンヒトルテはノアに殴りかかろうとしたのか。


「魔法で何とかできないのか?」

「怨念魔術に誘われたものに対し、魔法を使ってはならない。さらにその術者の想いが干渉し、より酷いことになってしまう」

「対処法がないのか」


 困ったものだな。今後は、まずオレ達が先行して進んだほうがいいかもしれない。妙な魔導具がないかを確認してから、ノアを呼ぶか……。

 ということは、前のアレもそうなのか。

 鉄槌の出来事も、怨念魔術によって引き起こされたってことか。

 杖の魔導具を使って、巨大な星をギリアに落とす……鉄槌を下せって意味合いだったのだろうな。

 そして、望み通り星は落ちようとした。途中で阻止はできたが、極光魔法陣は天から剥がされて、おそらく魔神は自我を取り戻した……か。


「ここに同じような魔導具はあるのか?」

 念のためヒンヒトルテに質問しておく。あるとすれば、先ほど考えた通りオレ達が先行すべきだ。

「あと、もう一箇所、ここと連動して魔力を貯蔵する仕組みがある」

「もう魔力は限界まで貯まっているだァ。大丈夫だよ」

「他に、厄介な魔導具は?」

「いや、ないな。怨念魔術が絡むような魔導具は確認されていない」


 発言の意図を汲み取ったようで、ヒンヒトルテが断言してくれた。

 だったら必要以上に心配する必要ないだろう。


「それじゃ安心して他の所も見てみようか。何か見栄えのする所ってあるのか?」

「では頭の部分がいい。少しだけ外を見ることができる。あちらの階段だ」


 部屋の壁面に沿って設置された階段を、ヒンヒトルテが指さす。


「一番乗り」


 オレは、ことさら陽気に言って階段を駆け上る。


「ノアもおいで」


 さらにノアへ努めて明るく声をかけた。

 先ほどの出来事はノアの責任ではない。


「そうそう。次に行っちゃお、次」


 ミズキがノアの背中を押しながらオレに続く。


「そうだな」

「楽しみっスね」


 それからサムソン、プレインと、続く。


「オラもいくだ」


 それからゲオルニクス。


「まさか、これほどの魔力を一瞬で……やはり貴方は」


 最後にそう呟いたヒンヒトルテが追いかけてくる。

 階段を上った先は、円筒形の部屋があり、そこにも壁面に沿って設けてある階段があった。そして、その先は開けた部屋だった。

 外から日の光が差す、とても明るい部屋があった。

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