第683話 わたしのいのちですむのなら
セスは羽をバサリと広げ言葉を続ける。
「すぐに全ての魔法は消失し、ノアサリーナが作った炎が! 私を蝕む聖魔の炎が消えてなくなる! 私の勝ちだ!」
電撃の輝きが失せ、暗黒郷に日の光が遮られ、薄暗くなった飛行島に勝ち誇ったセ・スの声が響く。
「オレ達は詰んでいたのか……」
あのまま放置していたら、電撃の壁に当たりノアが死ぬ。だけど壁を解けば、暗黒郷の影響をモロに受けてしまう。
セ・スは全てを見越していて、勝負に出た。
時間を稼ぎ、アーハガルタの底まで逃げ切ることを。
そのもくろみは通り、すでに逃げ場がない。
「まだだ!」
しかし、ノアは諦めていなかった。ノアは自分の着ている服のリボンを思い切り伸ばす。
リボンの両端は、一方が地面に突き刺さり、もう一方が飛行島の家の柱に絡まった。オレ達がプレゼントした魔法のドレスはあんな使い方もできるのか。
さらにノアは、手に持った剣の一方を地面にぶん投げる。ジャラジャラと鎖が擦れる音をたてて柄についた鎖が伸びて、剣は地面に刺さった。
地上に戻るつもりだ。剣と伸ばしたリボンを支えにして。
伸びたゴムが元に戻る時のように、縮むような作用を期待して。
「何をしても私の勝ちだ!」
セ・スが叫ぶ。
「いやだ! 絶対にお前を倒すんだ! 命を捨てても、絶対に皆を助けるんだ!」
ノアが絶叫した。言葉と連動するように、セスの体が一瞬大きく燃え上がる。
「グァァッ!」
セ・スのうめき声が聞こえた。さらにノアは両手でセ・スの体に突き刺さった剣を掴む。
直後、セ・スとノアの体は落下し始めた。
セ・スは大きく羽ばたき上昇しようとするが不発に終わる。
羽は片方が燃えてかけていたのだ。
それが原因なのだろう。セ・スはバランスを崩して、きりもみ状態のまま地面に墜落する。
途中でセ・スの体から逃れたノアは、地面激突のギリギリでミズキが受け止めた。
ザザザっと音を立てて。飛行島の地面を滑った後、あとわずかというところでノアを抱きしめるように庇ったミズキは踏みとどまった。
そっと地面にミズキがノアを寝かせ、エリクサーを飲ませる。
『カラン』
小さな音が鳴る。音がした方に視線を送ると、真っ赤な剣が落ちていた。
「なんということだ」
セ・スの声が聞こえた。奴は自分に刺さった剣を引き抜き投げ捨てていたのだ。
「おぉ!」
ハロルドが雄叫びをあげて、セ・スに斬りかかる。
だがギリギリで剣は2本の腕で受け止められて、逆に頭突きでハロルドは吹き飛ばされてしまった。
「ここまで私が……私が、追い詰められるとは。だがやはり、私の勝ちだ」
セ・スはもうボロボロだった。片方の羽は焼け落ち、右半身は肩から先がなくなっていた。
4本の足の一本は変な方向に折れ曲がり、一歩進むたびに頭がぐらぐらと揺れていた。
そこにミズキが剣を手に一撃を入れようと斬りかかる。
「なめるなぁ!」
叫んだセ・スが、ミズキの剣を片手で受け止めた。
頑丈さは未だに健在か……。
「お前達の貧弱な力では! 私はもう傷つかん! これほど破損し衰えた我が身であってもお前達を殺すことは可能だ!」
最初に会った時の丁寧な物言いはもうそこには無かった。
やつもギリギリだ。
あとわずか。あとわずかなのだ。
もちろんオレ達もギリギリだ。
すぐ近くまで迫った暗黒郷の影響はすごいスピードで、オレ達から魔法を奪い去っていく。
影収納の魔法もあとわずかで効果が消えると直感でわかった。
だけど諦めるわけにはいかない。
対処方法を必死に考えひねり出す。
ここに至っても、やはりタイマーネタに頼るしか無い。
「クソッ! 誰でもいい! セ・スを少しだけ止めろ!」
オレは叫ぶ。
その声に応えたのはゲオルニクスだった。彼はセ・スに突っ込んでいった。
ダンッと地面を蹴り上げる音を響かせ、彼はセ・スの巨体に飛びかかる。
上半身を羽交い締めにするように後から締め付ける。
「まだそれほどの魔力が行使できるか!」
対するセ・スは体を振り回し、ゲオルニクスを体から引き離そうとしていた。
「タイマーネタの矢じりを! 奴に ぶつけろ!」
そしてオレはタイマーネタに走りよりながらそう言った。
他に方法はない、どこまで有効かわからない。
でも、やるしかないのだ。
威力が無くても、ゼロ距離射撃なら……セ・スに僅かでもダメージが与えられるのではないかと考えたのだ。
2階から下りてきたサムソンが最初にタイマーネタに手をかける。次にミズキ。そしてプレイン。3人とオレ。4人でズリズリとタイマーネタを押し込みセ・スに近づける。
「魔力が無いと、こんなに運べないのか」
思ったより重さのあるタイマーネタの重量が恨めしく感じた。
「ぬぁぁ」
ゲオルニクスが声をあげる。
彼は投げ飛ばされていた。
必死のセ・スはゲオルニクスを振りほどいていた。さらに、足を動かし、羽を大きくはためかせ、オレ達から距離を取ろうとしていた。
「あと少しなのに……」
ミズキが声を上げる。
その時だった。
急にタイマーネタがグッと大きく前進した。
足元が冷たい。タイマーネタの下、地面が凍っていた。
「これで全力」
ミランダの声が聞こえた。
タイマーネタは地面を滑るように一気に進み、ゴツンと音をたてセ・スの腹にぶち当たる。
「これでどうだ!」
プレインがレバーを引いた。タイマーネタに弾となる触媒がセットされる。
「させるかぁ!」
セ・スが叫び、奴の左腕がグンと伸びてオレを突き放した。
オレと一緒に、タイマーネタに付け加えた仕組みがバラバラになり宙を舞う。
だけど、弾は装填済みだ。
そしてタイマーネタを打てるのはオレだけではない。
ミズキがタイマーネタに手をかけて声をあげる。
「ラルトリッシに囁き、冠の先に柱はあらずっ! 右手は体を、左手は剣を……戒めと罰を!」
最後には絶叫になったミズキの言葉。
「ガァァン!」
ミズキの声に、いつもより、小さくタイマーネタは光って反応する。
矢じりが大きく輝きタイマーネタから光が発射される。
それは光線というには短いもので、槍のようにセスの腹部を打ち付ける。
「おおおおおおおぁぁぁ」
セ・スの絶叫が聞こえる。タイマーネタの零距離射撃をもってしてもセ・スは倒せなかった。
威力の出なかったタイマーネタでは、奴を消し去ることはできず、腹部に穴を開けただけだった。
「危なかった……危なかった……。だが、私は勝利した」
セ・スが声を絞り出す。
影収納の魔法が消えて、地面から物が溢れ出す。ミランダの作った氷も消えた。
「いや、それでもオレ達の勝ちだ」
だけどオレは奴の言葉を否定する。
やつは気づいていなかった。オレ達のタイマーネタはセ・スの体に、腹に大穴を開けていた。
そこから心臓がこぼれ落ちていた。心臓を模した暗黒郷のコアが!
そして、そのこぼれ落ちた心臓、暗黒郷のコアを、今まさにカガミが壊そうとしていたのを、オレは見ていた。
「やぁぁぁ」
叫び声を上げながらカガミが両手で持ちあげた石で、心臓をぶっ叩く。
バチリと音がして心臓は潰れて弾けた。
『ミシッ……ミシミシ』
頭上で音がする。
見上げると暗黒郷は、灰色一色のコンクリートそっくりな塊になって、ひび割れ、塵となっていく。
セ・スを含めた皆が、それを見ていた。
「まだ終わらぬ!」
セ・スが絶叫する。奴は倒れたノアに飛びかかっていく。
だがその攻撃はノアには届かない。ピキピキと音を立ててセ・スは凍る。ミランダが両手を突き出してセ・スを睨んでいた。
「魔法は戻り、再び炎は燃え上がる。必滅の炎を浴びて……貴方は終わり」
赤い髪をしたロンロがセ・スの側までスッと飛んでいき、囁き、消えた。
直後、セ・スの体は炎に包まれる。
「終わらない! 終わるわけにはいかないのだ!」
セ・スは最後に絶叫して消えた。
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