第670話 まじんきょうがり

 オレ達は飛行島に乗って空へ飛び立つ。

 ゲオルニクスだけはモグラ型ゴーレムであるスカポディーロに乗って地中を進む。

 案内をするのは上機嫌のミランダだ。彼女の機嫌がいいことには理由がある。

 それは出発の時のことだった。


「大体準備は進んできてるだ。後はアーハガルタに向かう途中で準備を終えるだよ」


 ローブ姿のゲオルニクスはポケットに手を突っ込みながら言葉を続ける。


「それからこれだ。ミランダ、おめえにこれをやる」


 ゲオルニクスがミランダへ小さな小瓶を投げ渡す。


「薬?」

「おめぇにも万全でいてもらわねえと、みんなが困るだよ」


 小瓶を日の光に透かしながら質問をしたミランダに、ゲオルニクスが端的に答えた。


「万全ってのは?」

「そいつは死にかけだァ。自己封印の反作用で、このままだと長くは持たねえだ」


 ゲオルニクスの答えにぎょっとする。

 ノアも、彼の言葉を聞いて青ざめミランダを見上げた。

 前に試してみた自己封印の時に、かなり体に負担を感じた。あの状況でずっと過ごすことによる負担は、ミランダを蝕んでいたのか。


「私は私の行為に納得している。でも、そうねぇ。お前の言うこともよくわかるわ」

「じゃあこっちもやるよ」


 受け取った小瓶を日の光にかざしながら苦笑していたミランダに対し、オレは手持ちの小瓶を投げ渡す。もちろん中身は万能薬であるエリクサー。今までの経験上、体の疲労以外でエリクサーが効かなかった事は無い。


「これはもらえないわ。だってこれは、ノアサリーナにこそ……」

「いいんだよ。たくさんあるから」


 固辞しようとするミランダに、問題ないから早く飲めとジェスチャーで示す。


「たくさん? 本当にリーダー達は理解の外にいるのよね」


 オレの言葉に困ったような笑顔を浮かべると、ミランダが両方の小瓶を開けて、飲み干した。

 変化はすぐに分かった。

 まるでミランダから風が吹いたような感覚があった。

 そして直後、姿が消えた。


「消えた?」

「上だぁ」


 カガミの言葉に、ゲオルニクスが上を指さしつつ答える。

 いつのまに。

 はるか頭上にミランダがいた。


「アッハッハハハハ」


 ひとしきり大笑いした後で戻ってきたミランダは、体が軽くなったと再び笑った。

 今まで見ていたミランダは、自己封印の対応で衰えた状態だったということにようやく気がつく。

 一目でわかるパワーアップぶりに、こいつ一人で大丈夫なのではないかと思ってしまう。


 というわけで、元気になったミランダは上機嫌でオレ達の道案内をすすめてくれている。

 今は彼女の使い魔である2匹の氷でできた狼が、空中を駆け回り導いてくれる。

 追いつ追われつじゃれあうように空中を駆ける二匹の狼。その後をついていけば、目的地であるアーハガルタに着くらしい。


「このペースであれば、あと5日もしないうちにたどり着く」


 ミランダは笑みをうかべ断言する。

 そして彼女の言葉は正しかった。

 クイットパースの北東、とはいえあの港町から相当離れた場所にある目的地にたどり着いたのは4日目の夕方だった。

 目的地にたどり着いたことはすぐにわかった。

 何も変哲もない深い森。その上空を進んでいた時に、ふっと風景が変わったのだ。

 その直前まで見えていた森は消え去り、代わりに巨大な穴が姿を現した。


「すごいね」


 ミズキが眼前に広がる景色を見て呟く。

 元の世界でも見たことがない巨大な穴だ。

 飛行島の上からでも壁面に沿って建物が設けられているのか分かる。


「乗り込むのは明日の朝にしましょう。これからすぐに訪れる夜の闇よりも、陽の光が煌々と照っている時の方が都合がいい」


 ミランダの提案に同意して乗り込むのは明日にする。

 その日の夜は、ゲオルニクスも飛行島で過ごし、のんびりと食事をすることにした。


「こうして見ると、あの場所に巨大な穴が開いてるなんてわかんないですよね」


 飛行島の端に置いたテーブルへ料理を並べながらカガミが言う。

 その視線の先は、何の変哲もない森が広がっている。

 敵地で休むわけにはいかない。だから、少しだけ離れた場所で休むことにしたのだ。そのせいで再び巨大な穴は見えなくなり、ただひたすらに広大な森が見える。

 満月手前といった形をした大きな月の明かりに照らされて、幻術によって作られた森は本物であるかのように広がっていた。


「あれはなんすかね?」


 森を眺めながら食事をしているとプレインが一方を指差し口を開いた。

 彼の示した先にはかろうじて船が見えた。

 飛行船だ。それは動くことなく一箇所でずっと止まったままだ。


「勇者の軍の飛行船ね」

「ミランダ様は何かご存知なのですか」

「えぇ。あれは多分……そうね、どうやらこの辺りに魔神が復活すると信託が出てるようね。あれは監視船。魔神復活の予兆があればそれを勇者に知らせる役目を持った船」

「もしかして魔神はアーハガルタに?」

「かもね。魔の三角地帯に入らないように距離を取って監視している。黒の滴を恐れて……ということは考えられるわ。でも、そうだったら滑稽よね。幻の森を監視しているわけなのだから」


 そういえばそうだった。魔の三角地帯に入ると黒の滴に襲われるという話だった。

 監視を役目としているのに、わざわざリスクをおって三角地帯には入らないか。


「もうすぐ復活するのかな」

「いいえ、リーダ。魔神の復活はまだ先」

「ミランダは魔神がいつ復活するのか知っているのか?」

「正確にはわからない。ただ、魔神教狩りが盛んになっていて、その甲斐があって魔神の復活は少し先だという噂よ。先とは言っても、私の予想では4年くらい先かしら……残念ながら生きているうちの話ね」


 4年か。

 去年、主様とかいうやつのところで魔神の復活まで2年程度と聞いたけれど、3年くらい伸びるってわけか。

 ノアはその時15歳か。オレは、それまでノアと一緒にいることができるのか。

 いやいや。

 後ろ向きの考えは不味いな。オレがこの地に残ることができて、魔神復活という災厄にも生き延びる。そう信じて行動しよう。

 となれば、まずはアーハガルタだ。できることから、一つずつだ。


「魔神の復活が間近に迫ると皆が怯えて人心は荒む。魔神の復活が迫るたびに起こる光景らしいけれど。私が生きているうちに起こって欲しくはなかったのよね」


 食事が終わり、ノアが席を立ち飛行島にある家へと戻るのを見届けたミランダは、そう言って空を見上げた。

 静かな夜は終わり、翌日を迎える。

 オレ達はアーハガルタに乗り込む。

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