第668話 はんげきののろし

「モルススの首都? でも、黒本があったと聞いたぞ」


 ゲオルニクスの言葉に、サムソンが首を傾げる。

 そのとおりだ。ミランダは黒本が沢山あったので禁書図書館を連想したのだ。

 黒本がモルススの首都にあるというのがわからない。


「親父達の一団は、ずっとスカポディーロの中にいたわけじゃないだ。別れて、それぞれが黒本をこさえていただよ。モルススのクズ共は、そのいくつかを襲って黒本を奪い取っただ」

「それじゃ、その……遺跡にあったのは盗品って事っスか?」

「奴らは、黒本を人質に親父達の一団をおびき寄せて始末しようとしただ」


 なるほど。それで、水晶の板に黒本が入っていたのか。

 見せびらかすように置いておいて、取り戻しに来た者を始末するつもりで。


「それが残っているということ?」

「んだな。あるのは知っているけど、黒の滴はどうにもならないだ。だから知識の収集も……黒本の回収も諦めただ」


 ゲオルニクスが、巨体に似合わない弱々しい声で呟く。

 黒の滴は倒したからもういない。

 だからといって安全とは言えない。


「ちなみに、ゲオルニクス氏は、その、囮になっている黒本に何が書いてあるのかわかるのか?」

「いんや。親父達は知っていたようだけど、オラは聞かされてないだ」


 中身のわからない黒本と、モルススの首都か。

 どうしたものか。

 とりあえずミランダに場所だけ聞いておくか。

 別に期限があるわけでもないだろう。知識として場所を知っておけば、必要な時にいつでも動ける。今の究極を超える究極に行き詰まった時にでも改めて考えればいい。

 そんなふうにオレが考えていた時だった。


「ちょっと、先輩……いいっスか?」


 プレインがそう言った後で、広間の扉を見た。そして部屋から出て行く。

 この場では言いにくいことかな。


「先輩。アーハガルタ……でしたっけ、敵の首都。行ってみませんか?」


 プレインの後を追うように、オレが部屋から出ると、待っていた彼はそう提案した。

 別に皆の前でも言えるような言葉に違和感を抱く。


「危険性もあるからなぁ」

「だからっスよ」


 軽い調子で答えたオレに、プレインが真面目な顔で言葉を返す。

 その真剣な様子に、何か確固たる考えがあることを感じる。


「だから?」

「ボク達って……命約が無くなったら帰るんスよね」


 オレは手を見る。この世界にオレという存在をつなぎ止めている命約は尽きかけている。あと、3。ゼロになればオレの意思など関係無く帰還する。プレインの言葉通りに……帰ることになる。ここでは無い場所へ。


「そうだな。だけど、まだ望みはある」

「でも……先輩だって、元の世界に戻らなくちゃいけない……かもしれないっス」

「そうだな」

「もし……その時、ノアちゃんやピッキー達が危険な状況だったら……」


 そういうことか。

 確かに、ノアの前ではこんな話は出来ないか。

 最悪を考えて、後顧の憂いを絶つべきかな。懸念材料は全て消すつもりで……。

 オレなんかよりプレインはずっと現実的に考えていたわけだ。


「確かに、プレインの言う通りだ」


 意図がわかればオレに賛成以外の答えは無かった。

 そして、後顧の憂いを絶つという観点から考えると、意図せずベストの状況ができつつあることに気がついた。

 すぐさま扉を豪快にあけて皆の注目を集めてから宣言する。


「アーハガルタとやらに乗り込もう。皆で!」


 詳細を同僚に話せば理解を得やすいだろうが、ノアには帰還の話はしたくない。

 ただでさえ、魔法の究極でひどく落ち込ませてしまったのだ。

 だけど、ここで話をまとめたい……だから、勢いで皆に提案する。


「ダメだ。あの場所は罠だよ。黒の滴に狙い撃ちされるだ」


 オレの言葉に驚いたようにゲオルニクスが反応する。


「黒の滴なら倒した。もしかして2体目がいるのか?」

「え? あ、いや、2体はいないだども……」

「なら大丈夫だ。これで一つ懸念材料が消えたな!」

「でも、無理はしない方が良いと思います」

「逆だ。いつ襲われるかわからないより、こちらから攻めた方がいい」


 準備の有無は大事だ。パルパランの時は、向こうの準備が不足していたから対処できた。初っぱなからアンデッドの大軍と一緒に黒竜が来ていたら絶対に勝てなかった。


「こちらから……ですか?」

「何もないかもしれない。でも、敵がいれば好都合だ。奇襲して一気にやっつけてしまおう」

「いいね。不意打ち。皆でさ、ゲオルニクスも手伝ってよ」

「皆が行くなら、オラもついて行くだよ。モルススのクズ共が他にいたら大変だしなァ」


 計らずもオレが言うよりも早く、ミズキがゲオルニクスに声をかけてくれた。

 ゲオルニクスが承諾してくれたことで、良い感じに話がまとまってくれる。

 この場で勢い任せに話をしたのは、ゲオルニクスの協力が得たかったからだ。時間をおくと、状況が変わるかもしれない。でも、このタイミングでゲオルニクスが前向きな返事をしてくれたので、動きやすくなった。


「でも、リーダ。敵がいるんですか? そこ」

「さぁ。敵がいなけりゃ黒本を回収して終わりだ。で、今は良いタイミングじゃないかと思うんだよ」

「タイミング……ですか?」

「ほら、上」


 そう言って上を指さす。


「ミランダ!」


 真っ先にノアが声をあげた。

 その言葉にカガミが「あっ」と小さく声をあげた。オレが言いたい事がわかったようだ。


「そうだ。ミランダ。あいつは案内を買って出てくれている。ということは……だ、ゲオルニクスが協力してくれる今のタイミングなら、ミランダとゲオルニクス、それにオレ達で乗り込む事が出来る」


 しかも、対軍魔剣ロウハンマという最強クラスの魔剣をもったハロルドもいる。

 伝説と呼ばれる存在の呪い子ゲオルニクスと、世界で最も名の知れた災害とまで言われる呪い子ミランダ。このメンツなら、モルススの奴らがいてもボコれるのではないかと思うのだ。


「そうだな。俺も乗り込む事は賛成だぞ」


 サムソンも賛同してくれた。


「わかりました。でも、くれぐれも、慎重に行きたいと思います」


 そしてカガミも。

 その後、ミランダにアーハガルタの事を伝え、案内を頼んだ。

 こうしてオレ達は、アーハガルタに……モルススの首都だった場所に乗り込むことになった。

 それから夜。

 ノアが寝た後で、昼にプレインとした話を同僚達に説明する。


「そんな話をしたんですね」


 カガミがお茶の入ったコップを握りしめ、静かに呟いた。


「なんとなく察しは付いたぞ」

「そうなんだ。私はさ、全然だったよ。でも、そうだよね。もっともっと、先の事を考えなきゃ……だよね」


 同僚達と話をしているとガサリと物音がした。

 ふと見ると起き上がった子犬のハロルドが目に入った。

 気を遣って出て行こうとしたハロルドと目が合ったので、少し笑って横に首を振った。

 ハロルドは、ゆっくり動くとオレ達の座る広間のテーブルから少しだけ離れた場所に座った。


「万が一のことを考えるべきだと思う。ゲオルニクス氏を見ていてわかった。ノアちゃんが、ずっとこの屋敷で過ごすのは厳しい」


 オレと同じように、ハロルドの動きを見ていたサムソンが、視線をオレ達に戻して口を開いた。


「厳しいって?」

「呪いが強くなって、恐らく周りの草木を枯らせてしまう。動物や人の対策は十分だが、草木については、魔導具だけだ……しかも、呪いが強くなれば、長持ちしない」

「そうですね。ノアちゃんの母親が、モペアに10才という区切りをつけたのは、きっと、それ以上の年になると、ドライアドの力で対応不可能だと判断したからだと……今になったら、そう思います」


 カガミが神妙な顔をして頷く。

 ノアの母親であるレイネアンナには、オレ達よりよほどノアの将来が見えていたようだ。

 良いことより、悪いことが見えていた。それは辛い事だったのだろうと身にしみて思う。


「俺はノアちゃんには空で過ごしてもらうのが良いと思う。飛行島に住みやすい家を作って、大抵はそこですごす。それからノアサリーナ商会の売り上げで金塊を手に入れて魔導具を作る。たまに地上へ降りる時は嫌悪感を取り除く魔導具を使い気楽に過ごす。魔導具の力が尽きたら飛行島に戻る……その繰り返しだ」


 空の上で過ごすか。

 ゲオルニクスが地中で過ごすように、ノアは空中で過ごして呪いにより地上が荒れる事をさける……。

 確かに、このまま呪いが強くなれば、そうするしかないだろう。


「パソコンの魔法や、私達の魔法についての知識を、信頼できる人に教えることも必要だと思います。それで、もし……私達がいなくても、研究を引き継いでもらえたら……」

「先輩の計画でも、お金は必要っスよね。どうなってもお金は必要っス。だから、ボクはもうちょっとお金稼ぎの仕組みを考えてみたいと思うっスよ」


 いつだって同じだ。

 問題があれば皆でアイデアを出し合って対処する。

 最悪のケースを含めて方針は定まった。後は、優先順位をつけて実行するだけだ。


「そのためには、変な話だが……アーハガルタにモルススの奴らが勢揃いしてくれるといいな。それで、皆でボコって、全滅できれば……平和になれば安心できる」

「そうだよね。皆で……」


 ミズキが小さく頷く。


「だから、まずは皆でアーハガルタとやらに行ってみよう。敵がいたら見つけ次第倒してしまおう。ゲオルニクスとミランダ、最強の魔法使いが2人。それにノアの星降りも凄い威力だ。くわえて、オレのタイマーネタ。その気になれば近づくことなく狙撃して終わりだ」


 ということで、オレは同僚達に言い切る。

 今度はこちらから攻める。反撃ののろしをあげるのだ。

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