第661話 閑話 リーダの正体(バーラン視点)後編

 ギリアの町における私の仕事は、順調すぎるほど順調だった。

 順調な進み具合に私は上機嫌だった。

 だから、夜遅くまで仕事を進めるのも苦痛では無かった。

 私の仕事……。

 半分は、ギリア支部における工作だ。

 ギリア支部に何らかの問題を作り、それを足がかりにギルド本部の介入を進める。

 リーダ達をギルドから追い落とし、可能であれば処刑。

 理想は、ヨラン王国における最高刑の1つである火あぶりにでも出来ればいい。

 あと半分は、先ほど定まった。

 未知の触媒。

 進化した遺物。


「ははっ」


 小さな円盤を手で摘まみ眺めるだけで笑えた。

 私の直感が告げる。進化した遺物というのは、とてつもない発見だと。

 これは是非とも私の手柄としたい。

 だからこそ、そのために、リーダという男には消えてもらいたい。

 そして方針も夜の内に決めた。

 とりあえずギリア支部における複製魔法の工夫を使う。

 数々の工夫を、王都にもどり私の考案として登録する。

 その後はギリア支部で自分の研究が不当に使われていると訴えるつもりだ。

 ギリア支部がどう反応しようとも、正式な手順をふみ、ギルド本部の後ろ盾のある私の希望は通る。

 法律でも、権力でも、争いは有利に運ぶ。

 ギルド本部としても、争いの火種として使えるものに協力は惜しまない。

 場合によっては、進化した遺物の発見についても、ギリア支部に対する工作に利用してもいいだろう。


「明日には、何やら新しい工夫のお披露目があるそうです」

「このようなリストが……」


 翌日も、仕事は順調に進む。

 部下も新しい発見を次々と持ち込んでくる。どうにも、彼らには発見の価値と、研究成果の秘匿についての理解が無いらしい。

 今のギリア支部には貴族がいない。無知からくる愚かな失敗なのだろう。


「まぁ、いい」


 私は静かに微笑む。

 明るい未来を信じて。

 ところが状況は一変した。

 状況が変わったのは、一人の男がやってきてからだ。


「彼は、グラムバウム魔法王国の者……だそうです」


 部下の報告を聞いて、眉間に皺が寄った。

 リーダはやや遠慮がちに男……カロンロダニアと話をしていた。

 複製魔法の手際からみて、相当な使い手かと思われる彼は、グラムバウム魔法王国の出身だという。

 従者の立ち居振る舞いから、グラムバウム魔法王国でも上位の貴族だろう。


「タハミネ……だそうです」


 さらに帝国の大物……タハミネもギルドを訪れた。

 彼女の主人ファラハは、イフェメトの皇女だという。


「これは聞いていない」


 小さい声が思わずでた。ついつい悪態をついてしまう。

 これほどの大物がギリアにいるとは情報になかった。

 どうして情報が……まさか、何者かが隠蔽していたのか。

 急な展開に、ひっかかりを憶える。

 見落としている……何かを見落としている。

 私の直感が、危険を告げた。

 窓から見える外の様子を眺めつつ考えを巡らせる。


「まさか……」


 複製魔法の工夫、数多くの工夫がされていた。

 そんなに沢山の工夫を、はたして一人の人間が思いつくか?

 小さな気づき。

 複製魔法に対する様々な工夫。

 あれらに、魔法王国や帝国の技術が含まれていたら……。

 そして、気がつかずに私が自分の発見だと言っていたら……。


「争いの火種は、ギリア支部では無く、私となる」


 考えが独り言となる。

 自分の言葉を、自分で聞き、さらに先も思い浮かぶ。

 その先に待ち構えるのは……。

 一瞬だった。だが、一瞬だけ、私は自らが火あぶりになる光景を想像した。

 そして、その時だった。


「私も、そうですね、好きなんですよね。燃えている人を見るのが……」


 側でそう囁くリーダがいた。

 いつのまに? 側に?

 彼の言葉に、汗が噴き出る。

 燃えている人を見るのが好きだと言ったのか?

 リーダは、まるで私が最悪の事態……私自身の火あぶりを考えていたことを読み取ったような言葉を吐いた。


「そ、そうなのかね?」


 動揺を悟られまいと、言葉を絞り出す。

 何かの聞き間違いかもしれない。


「い、いや。私も一生懸命頑張っています。えぇ、私の目を見て下さい」


 私の質問に、リーダは自分の瞳を指さし楽しげに笑う。


「目……目かね?」

「はい。私の瞳が燃えています。ヤル気があるのです」


 続く言葉に唖然とする。聞き間違いではなかった。

 自分の瞳には、火あぶりになっている私が映っていると断言したのだ。

 屈託のない笑顔で。

 湾曲した表現で、直接的な言葉では無い。だが、その意図は明白だ。

 やはり私の考えは誤っていなかった。

 罠だ。

 複製の魔法に関する工夫は、罠だ。

 私が研究を盗んだと告発するつもりだ。

 つまりは私を火種にするつもりだ。本部に対する牽制か、もしくは別の意図があって……。

 帝国と魔法王国……2つの国が絡めば、私が持つ後ろ盾など意味が無い。

 なんてことだ。

 本部であっても、すぐに私の首を差し出し事態を収めようとするだろう。

 リーダは法を使うつもりなど最初からなかった。

 最初から、まったく別のアプローチで私を排除するつもりだったのだ。

 なんてことだ。

 泳がされていた。

 こうなれば進化した遺物についても怪しい。貴重な未知の物質が床に落ちているという異常を警戒するべきだった。

 順調な状況は一変した。

 これ以上は危険だ。まだ、なにか計略がある可能性は否定できない。

 私はすぐに撤退を決意する。

 即座に荷物をまとめる。報告書は全て廃棄だ。

 そんな私の動きに、リーダは何もしなかった。

 違和感が凄い。その余裕が恐ろしかった。

 私は気がつくべきだった。

 リーダは、なぜ私に火あぶりを示唆する発言をしたのか。

 それに思いを馳せるべきだった。

 私がリーダの恐ろしさを知るのは、逃げるように王都へと戻る途中、立ち寄った町でのことだ。合流した本部の使者と宿で落ち合った時のこと。

 挨拶がわりの言葉を、使者が言った直後の事だった。


「バーラン殿、首尾は?」


 社交辞令の一言。

 使者が、笑顔で言った直後だ。


「ンガググ」


 獣の妙な鳴き声が聞こえ、ポトリと紙束が足下に落ちた。

 トーク鳥を透明化していたのか。

 だが、この書類は……。

 一目見て気がつく。

 ギリアのギルド支部でしたためた書類。当初、複製魔法の工夫を盗むつもりでしたためた書類。これが手元にある状況で、他国の工夫を盗んだとリーダが言い出せば……。

 火種になる可能性が……。

 暖炉に投げ込んだはずなのに、何故ここに?

 まさか……。


「ん? あぁ、さすがバーラン殿。首尾は上々ということですな」


 足下の書類を見て、使者が笑みを浮かべる。


「あぁ、いや。草案でして……後日、清書したものを本部に持参しますよ」


 そう言って、すぐに書類を拾い上げる。

 リーダがあのタイミングで火あぶりを示唆したのは、すでに終わっていたからだ。

 恐らく私の書いた書類を複製していたのだろう。

 筆跡で私とバレる書類を、リーダは手に入れている。


 ――私も、そうですね、好きなんですよね。燃えている人を見るのが……。


 リーダの言葉をいまさらながらに思い出す。

 あの時点で、私の始末は終わっていたのだ。

 何時でも使える証拠を掴まれてしまっていては、もう逆らえない。

 使者を送り頭をかかえる。

 リーダの屈託のない笑顔が目に浮かぶ。悪意など微塵も感じさせない笑みで、火あぶりを示唆したリーダの顔が目に浮かぶ。

 彼は何者なのだ。

 法を知り、各国の上層部と縁を繋ぎ……力量はヨランでも並ぶ者はいない……。


「まさか」


 恐ろしい発想に思い至る。

 王族?

 秘匿された王族?

 黒の滴が王城を襲った時、逃れた王族が他にもいたのではないか……。

 考えれば考えるほど、確信にいたる。

 法を知ることも、各国の上層部と縁を繋いでいる事も。

 他にもあれだけの魔法使いが側にいることも、全部が繋がる。

 私は……もう争えない。

 真実に至り、私は自らの圧倒的な敗北を悟った。

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