第648話 ひとつのケーキをみんなで

 多くの人が注視した酒場の入り口。

 そこにいたのは、パン屋のクイムダルだ。

 灰色の短髪でガタイのいい彼は、肩に大きな板を担いでいた。

 板の上には、大きなパンがのっている。


「はっはっは。こっちか」


 クイムダルは笑いながら、一直線にこちらへとやってきた。

 どうして変装がバレたのかと思ったが、彼の足下をみて理解した。

 子犬のハロルドがいたのだ。

 つまり、手配をしたのはハロルド。美味しいものに目がない彼らしい。


「クイムダルさん。ケーキも作るんスね」

「砕いた果物をたっぷりのせた自信作! わしが唯一作れる最高のケーキだ」


 テーブルの上にドカンと置かれた板には、長細い長方形をしたケーキがのっていた。まるで巨大なカマボコといった形をしたケーキだ。

 ケーキには、四角にカットされた様々な果物が、トッピングしてあった。甘くていい香りが漂ってくる。焼きたての香りだ。

 茶色だったからパンかと思ったけれど、近くでみると美味しそうなケーキだった。


「なんだ。クイおやじに、ケーキまで頼んでたのか。しかも、この量。こいつも、大盤振る舞いしかないな」


 ケーキを見た店員が笑う。

 確かに、オレ達だけでは食べきれないな。


「ではでは、まず拙者が」


 いつの間にか、オークの大男に戻ったハロルドが、ケーキの端をナイフで切り取った。

 こぼれ落ちそうなほどトッピングしてあるカットフルーツは、酒場の明かりでキラキラと輝く。焼きたての匂いと甘い匂いのするケーキ。

 それをパクリと一口。大きな塊を一口で食べる。


「ん!」


 満足そうなハロルドの顔。

 というか、あいつ、またしても主賓より先に食べやがった!

 いつも騎士だの、姫様だの言っているくせに、忠誠心がゼロだ。


「ふむ。これは、上品ではあるが渇いたパン生地に、数多くの果物が作り出す蜜が染みこみ、格別な味わい。いや、違う……フワリと漂う茶の香り。なるほど、こうきたか。パン生地に茶葉を混ぜたな! それがゆえに、果物溢れる彩り豊かな森が、舌の上で再現され……」

「はい。ノアノア」


 いつものように、ハロルドが語り出したが、それを無視してミズキがケーキを切り分ける。

 上にのった色とりどりのフルーツを、こぼさないように慎重にノアは受け取った。

 それから、ノアは両手でケーキを受け取ると、大きく口をあけてかぶりつく。豪快だな。


「はしたないわぁ」


 ロンロの小言が飛んでくるが、ノアは嬉しそうに笑うだけだ。

 変装しているからだろうか、今のノアは、少しばかりおてんばな印象を受ける。

 ケーキはとても美味しい。思ったよりも、甘くないのがいい。

 ピッキーはすでに2つめか。

 そして、皆で食べても、ケーキはまだ3分の1も減っていない。

 というわけで、これも酒場のみんなに大盤振る舞い。

 それからも、酒場は大いに盛り上がった。

 プレインは見知らぬ酒場の客達と肩を組んで合唱しだした。

 ミズキは、これまた酒場の客と踊りを披露し、ノアも参加した。

 クイムダルとカロンロダニアは腕相撲を始め、ハロルドが参加し……と、最後はとうとうトーナメントまで始まった。


「おいおい。もう帰んのかよ」

「ノアノア……えっと、ご主人様が寝ちゃったからさ。ごめんねー」


 そして、ノアが寝たので酒場を後にする。ノアは酒場での一時が楽しかったらしい。電池が切れたように、パタリと寝たので少し焦った。

 酒場にはまだまだ料理が残っていた。

 オレ達が帰った後も宴会は続きそうだ。

 帰りもカロンロダニアが御者をしてくれた。


「すでに準備はできている。我が屋敷でくつろいでくれ」


 帰りは静かに湖の側を通り、カロンロダニアの屋敷へと向かった。

 ガタタン、ガタタンと車輪の音だけが聞こえる夜道は、ひんやりとした風もあって酔い覚ましに丁度良い。


「魔導具は成功したな」


 カガミの膝に頭を乗せて寝ているノアを見てサムソンが言った。

 確かに彼の言う通りだ。

 今日は、何をやるにもスムーズだった。酒場の人達も、ノアに対して自然体で良かった。

 魔導具は、ノアの呪いがまき散らす不快感をシャットアウトしてくれていた。呪いの効果の有る無しで、人の態度があれほど変わるとは思ってもみなかった。


「そうっスね。こうなると、もっと金塊が欲しいっス」

「今年は大成功だったよね。ピッキー達の、ハンガーボックスも良かったし」


 ハンガーボックス?

 あぁ、そうか。

 ギリアの町へ行く途中に渡したという、ピッキー達が贈ったプレゼントのことか。

 人形の服と、ハンガーボックスをノアにプレゼントしたと酒場で言っていたな。


「服はチッキーが、ずっと作っていたものです」

「前の誕生日から、毎月1着作ったでち」


 獣人達3人が揃って頷く。

 服はチッキーが一年かけてコツコツ作ったのか。

 ノアに後で見せてもらおう。

 幸せそうに微笑んで寝ているノアを見て、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る