第591話 がんばるリーダ
『パタパタパタパタ』
想定外の提案。
カガミとミズキによる提案はオレにとってデメリットだらけだ。
待ち受けるのは、早起きしての従者生活。
なんとかせねば。
オレは両手に持った団扇で延々と扇ぎつつ、打開策を思案する。
「あはは、リーダ扇ぎすぎ」
ミズキの笑いながらの言葉が、オレを傷つける。
なんてことだ。
この調子で、早起きアンド講義ラッシュの生活が続けば、身が持たない。笑い事ではないのだ。
オレは、ダラダラ暮らしたいのに。早起きなどとは言語道断だ。
それにしても、団扇のデザイン……ほとんど一緒だな。
表には顔の絵、裏にはそれぞれの公約か。
あれ、公約までほとんど一緒だ。
表現の仕方や、順番が違うくらいでほぼ同じ。学外での身分差や貧富の差を持ち込まない事。そして、向上心のある生徒へのバックアップ……触媒を格安で提供することなどが盛り込まれている。
でも、何でこんなに公約が一緒なのに、差が広がるんだろうな。
サムソンが8……いや7対3でシルフィーナ陣営が優勢だって言っていたからな。言葉どおりの状況であれば、一方的だ。
それにしても、生徒会長が決まるまではこの状況が続くんだよな。
いや、違う。ヘタすればこの状況では収まらない。
2つの陣営の争いが激化でもしたら、現状よりも悪化して、さらなる苦難が待つ可能性もある。これ以上、面倒くさい状況はなんとしても阻止せねばならない。
軽快に跳ねて進む茶釜に引かれ、揺れない工夫をした馬車は高速で進む。
「到着」
ミズキが大きな声を上げた後、金の鎖を作る魔法を解除し、茶釜を厩舎に走らせる。
とうとう、いい考えを思いつくこともなく、家に到着した。
「皆、お帰り。今日はね、プレインお兄ちゃんがノームと強力して大っきなピザ作ってくれてるんだよ」
ミズキの声を聞いたノアが、駆け足で出迎えてくれる。
「おっきなピザか」
「うん」
広間へと行くと、直径2メートルはあろうかという巨大なピザが待っていた。
どうやって食べるのかと思ったら、プレインが包丁の形をした魔導具で、扇形に切り分け、クルクルと丸めて皿に装ってくれた。
結構なボリュームだな。
断面から、トロリとチーズが垂れて美味そうだ。
「早く食べないとチーズが固まっちゃう」
「固まっちゃうね」
そして、黙々とピザを食べた。シンプルなトマトとチーズのピザだ。山菜も入っている。
トマトというよりケチャップ……は、ハイエルフの里から送って貰ったシロップの出る壺を使ったようだ。少しだけカレーの香りがしていた。
本当に万能な魔導具だ。ありがとう、ハイエルフの皆さん。
「食った食った」
「くったくった」
食後はいつものようにダラダラと話をする。
カガミからは、ファンクラブ同士の摩擦が日に日に増しているという報告。
サムソンからは、生徒会選挙はシルフィーナ陣営の勝利がほぼ確実だという報告があった。トーク鳥で、連絡を受けたらしい。
「選挙まで1ヶ月切った。これから益々激しい戦いには成るだろうが、追い込みをしくじらなければ勝利は確実だな」
オレとカガミを見て、サムソンが力強く頷き断言する。
あと……1ヶ月。
こんな生活をするのか。
「あと1ヶ月も……あの、サムソン、益々激しくなるというのは?」
「なんでもレンケッタ陣営は、少しでも多い得票を目指しているらしい。選挙後に有利な交渉を目指してな。つまり差がいくら広がっても、レンケッタ陣営は諦めない」
「それも、報告に?」
「あぁ。でも心配ない。同じ推しを応援する同志だ。結束は固い」
何をわけの分からない事を。
サムソンは自信満々に頷くが、激しくなると言う言葉に、カガミが顔を青くする。
ヤバい予感しかしない。
「さてはて、どうしたものかな……」
食事が終わり、ベッドに寝転んで天井を見ながら考える。
選挙は激化していて、ファンクラブ同士はバチバチと火花を散らしている。
戦略は似たり寄ったり……というか、公約まで似たりよったり。
どうしてこうなった?
そもそも、サムソンが首を突っ込む……というか、シルフィーナが歌わなければ……。
うーん。
いや。違うか。
もう、突っ切ってもらうか。
追い詰められると、何かしら思いつくものだ。
わりかし良いことを思いついた。
「分かりました。マルグリット様に話を持ちかけてみます」
翌日、馬車の中でカガミに計画を話す。
カガミは満面の笑みで、理解してくれた。
計画が定まれば、行動あるのみ。
「同盟ですか?」
いつもの日課。温室で行われる朝の打ち合わせの場で、マルグリットにカガミが話を持ち出す。
「はい、マルグリット様。生徒会選挙が加熱し過ぎています。このまま続けていても今後に禍根を残すだけで、良いことにならないと考えるのです」
「確かに、カガミ様の言われることももっともですね」
カガミの持ち出した話……つまりオレの計画に対し、マルグリットは納得し、デートレッド教授も同意するように頷いた。
オレの計画は、両陣営の同盟。
生徒会長なんて、どちらが勝っても同じだろうと。
めんどくさいから両方生徒会長にしてしまえとそういう計画だ。
もちろん、納得が得られなかった場合は、現在の勢力に合わせシルフィーナが生徒会長という方針にする。そのうえで、レンケッタが副会長という体制を持ち出す。
だけど禍根を残さないということであれば、お互いが同じ立場であってほしいと思う。
念の為、保険もかける。運営方針で対立した場合の対策だ。体勢が破綻しないように、仲裁役を立てることにしたのだ。当面は、マルグリットに相談役という立場をお願いする。
「わかりました。よしなにお願いします」
カガミから提案をうけて、しばらく考えたマルグリットは、了承してくれた。
「研究で大変だというのに、受けて頂きありがとうございます」
「いえ。安心して卒業できるのであれば……気が楽になります。ですけれど、カガミ様、これからシルフィーナ様とレンケッタ様にお話を持ちかけるのですよね?」
「えぇ。これからすぐにでも」
「それはカガミ様が?」
事の成り行きを柔やかに見守っていたデートレッドがカガミに問う。
大学の先生として、気になるのだろう。
「いえ。後ろに控えるカワリンドにお願いしようかと思います」
「まぁ、従者に?」
「彼は、ああ見えて、とても優秀なのです」
「それはそれは。カガミ様がそう言うのであれば、大丈夫なのでしょうね。ところで、今回の件教授会の方にも話を通しておいた方が宜しいかと思いますよ」
そっか、学校にも話を通した方がいいよな。
その視点はなかった。
チラリと振り向いたカガミに頷く。
「それは……。あの、デートレッド先生、お願い出来ますか?」
「えぇ。もちろん。それでは、ババアも頑張りましょうか。でも、そのためにも……カガミ様の従者から直接の報告を受けたく考えますが、よろしいかしら?」
これも了承。
その程度で了承が得られるなら、お安いもんだ。
お膳立てができれば、行動あるのみだ。
安眠のため、ひいては気楽なダラダラ生活のため、オレは頑張った。
カガミの木札を手に、シルフィーナとレンケッタの陣営に乗り込み、弁舌を尽くした。
「これは、賢者リーダ様のお考えでもあるのです!」
シルフィーナの思い込み。神殿経由の賢者リーダに対する信頼も利用する。自分で自分を賢者とか言うのはアレだけど、背に腹は代えられない。
彼女も、現状は不安だったらしい。すぐに了承を得られた。
そして、レンケッタも……。
「大事な短い時間を、諍いで潰してはもったい無いと考えます!」
「短い……大事な……あぁっ、そうですね。わたくし達は、何を自分の事ばかり……」
短い青春は、諍いよりも生産的な事に使いましょう。
そんな口説き文句は、レンケッタの心を打った。
気がつけば、昼過ぎには、ほとんど全てが終わった。
理想的な流れだ。
「ですが……禍根は……残るかもしれません。私達は、もちろん覚悟してますが……」
「いえ。一応、それっぽいセレモニーでなんとかなるかと思います」
レンケッタは、ファンクラブ同士が上手く一緒にやっていけるか不安がっていたが、それは適当に押し通した。
何も考えていないわけではない、策は用意している。仕上げの策。
「ふぅ」
雲一つ無い真夏の青空を見上げて、息を吐く。
あと……少しだ。数日のうちにケリをつける。
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