第二十八章 素敵な美談の裏側で

第581話 つかいま

 学校卒業してから、自由に過ごせている。

 ここ数日は、特にのんびりムードだ。

 日の出とともに起きて、日が沈んでしばらくすれば眠る。

 自然のリズムに合った生活。素晴らしい。

 サムソンとカガミは、朝早くバタバタと起きて学校へ向かう。

 泊まり込む事もわりとある。

 いやぁ、学生生活は大変だよな。


「頑張って勉強したまえ」


 オレは布団の中でぬくぬくしつつ、彼らの足音を聞いてエールを送る。

 それから町へと向かうピッキー達を見送って、広間で読書に勤しむ。

 黒本や図書ギルドで手に入れた古い資料。

 主様と呼ばれる人からもらった黒本エニエルを除いた3冊のうち一冊は、黒本ウレンテの写しだった。

 というわけで新たに手に入れた黒本は、黒本エニエルを除けば2冊ということになった。

 特殊な魔導生物に関する本、神話に出てくる魔法にかかる本だ。

 そして書籍工房から編綴し直してもらった本のうち、先行して届いた一冊は議事録だった。


「魔法実験?」

「そうっスね」


 資料を手分けして読んでいたプレインから報告を受ける。


「初っぱなクタ族っていう人達への魔法実験で、キツい内容だったっス」


 続くプレインの説明。

 クタ族という種族が昔いたらしい。議事録を書いた国とクタ族は戦争をしていたようだ。

 そしてクタ族への攻撃手段として、彼ら全員に呪いをかける計画を進めていたという。

 プレインが読んだ議事録は、その進捗と、戦争の経過に関する物だった。


「この箇条書き……プレインがまとめたやつ?」

「そうっスね」

「へぇ。結構シンプルじゃん」

「ミズキ姉さんは軽くいうけど、結構分量あったっスよ。苦労したんスよ」

「魔法陣とか、魔法に関することは?」

「無かったっスね。次に期待するしかないスよ」


 少し残念に思いながら、プレインの用意した箇条書きに目を通す。

 ミズキが言う通り、シンプルにまとまっている。

 魔法実験は、互いに嫌悪感を抱かせることに成功。殺し合いまで至らず……箇条書きの冒頭からキツいな。

 ジャヤ族は、病に怯え西へと逃走。

 リュクル族は、他穏健派とアラバイン湖へと移動。元老ウルクフラは、辞する事を希望。


「ジャヤ族とかリュクル族とか、知らない種族ばかりだな」

「そうっスね。議事録では詳細は不明っスね」

「それで、議論の結果……クタ族に関する魔法実験は継続で、ウルクフラの辞職は却下、ジャヤ族代表のクルルカンは元老院から除名って、結論か」


 固有名詞が、よく分からないから、イマイチ理解不能だな。

 他の資料が届いたら、そのあたりもわかるのかな。

 やはり、資料は沢山あったほうがいい。特に魔法陣。

 色々な本それは超巨大魔法陣解析の役には立っている。黒本のうち一冊にあった内容で、解析はずいぶんと進んだ。超巨大魔法陣は複数の言語が混在していることが判明したのだ。

 つまり、プログラム言語でいえば、C言語とBASIC言語……はたまた他の言語も混在しているといった感じ。考えれば考えるほど、アレ描いた人は狂っているよ。

 とにかく、そんなわけで、解析が進まなかったのだ。


「2種類の異なる魔法陣が、同一の結果をもたらすなら、そこがヒントになると思うぞ」


 そう言っていたサムソンに、対応は任せる。

 代わりにオレ達は、魔法陣をパソコンの魔法に取り込み、魔法陣のデータベースを作ることにした。

 ということで、沢山の魔法陣を集める必要ができた。

 古い資料も、もっと沢山、手に入れる必要がある。あの魔法陣にはまだ秘密があるかもしれないからだ。

 国によって魔法陣に違いがあるなら、帝国や南方の国にある魔法陣も調べる必要がある。

 やる事は、本当に多い。

 これからお金も入り用になる。そのお金稼ぎのネタを考える必要もある。

 そして、その日もいつものように、チッキーの入れてくれたお茶を飲み、ロッキングチェアに揺られて本を読んでいた。

 頭の片隅ではお金儲けについて考えながらだ。


「リーダ!」


 そんな時、オレを呼ぶノアの声が聞こえた。

 何だろうと思って、部屋から出ると、丁度ノアがオレの方へと早足で向かってきていた。


「なんだい?」

「みてみて」


 オレに近づくノアの前に一匹の蝶々が飛んでいた。

 こちらに近づいてくる蝶々は、薄紫にほんのり光っている。


「蝶々?」


 オレの周りをクルクル回る蝶々を指さしノアへと聞き返す。


「うん。使い魔なの」


 しばらく一緒に蝶々を眺めていたノアが手をかざすと、蝶々はフワリとノアの手に止まり、霧のように消えた。


「使い魔か。成功したんだ」


 笑顔のノアを見て、オレまで嬉しくなる。

 ノアは最近、ピサリテリアと文通していて、その中で使い魔の魔法を教えてもらったのだ。

 だが、使い魔を呼び出す魔法は、ノアには難しいらしく、中々上手くいかなかった。

 ここのところ、ずっと練習していた事を知っているだけに、なおさら自分の事のように嬉しい。

 手紙の内容から、この蝶々は近くにある目標に向かって飛ぶ使い魔だったはずだ。

 目標は、頭の中で具体的にイメージする必要がある。

 ノアは具体的なイメージをしつつ詠唱する事に手こずっていたようだった。

 でも、上手く言っているところを見ると、克服したらしい。


「こうやってね、頭の中で、グーッとやってパッと唱えるの」


 それからノアのジェスチャー込みの解説を聞きながら、魔法陣を描いた場所まで一緒について行く。饒舌なノアの様子からよほど嬉しいようだ。

 蝶々の使い魔は、地面に描く必要があるそうだ。魔法陣はわりと簡単だが、地面に描くという特性上、準備に少しだけ時間がかかる。


「リーダ。何か探したいなぁ……って物ある?」


 そして魔法陣に着いたノアはオレを見上げてそう言った。

 もう一度、魔法を使って見せようというのだろう。

 探したい物か……何処にあるのか分かる物よりも、少しだけ探す必要がある物の方が面白いだろうな。


「そうだな。それじゃ、木イチゴ。甘いやつ」


 ということで、木イチゴをリクエストした。近くの森でたまに採れるのだ。


「うん。まかせて、リーダ」


 ノアは大きく頷くと難しい顔をして俯き詠唱を始める。


「失敗しちゃったかな」

「うん……」


 ところが失敗。

 やっぱりノアには難しいようだ。


「ドンマイドンマイ。もう一回チャレンジだ」


 でも、問題無い。上手くいくまでやればいいのだ。幸い、今日は急用があるわけでは無い。

 のんびり見ている間も、ノアは繰り返し挑戦した。


「できた」


 諦めず挑戦した甲斐があって4回目で成功。

 小さな煌めきが魔法陣から辺り一帯へと一瞬広がる。

 そして、薄紫に輝く半透明な蝶々が現れた。

 さっそくノアと一緒に、蝶々を追いかけていく。

 地面に少しだけ埋めた飛行島の敷地から出て、裏手に広がる森へと、蝶々はヒラヒラと飛んでいく。


「おっ。木イチゴ。大きめだ」


 そして、木イチゴを見つけた。

 凄いな使い魔。

 いや、ノアが凄いのか。


「美味しいね」


 それからニコニコ顔のノアと、木イチゴを食べながら飛行島へ戻る。そして、キノコ、イノシシと、ターゲットを変え、繰り返し使い魔を呼び出して一日を過ごした。


「へぇ。今日は豪華っスね」

「うん。頑張ったんだよね。リーダ」


 夕食時、得意気なノアに笑って頷く。

 そんなわけで、その日はいつもよりもちょっぴり豪華な晩ご飯にありつけたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る