第545話 ものがたりあふれるみやこ
書籍工房に写本の依頼をして、図書ギルドへ黒本の手配をした後は、王都見物の再開だ。
「お金が必要っスね」
「古い本があれほどお金がかかるものとは思っていなかったからな」
雑談しつつ、あちこちで繰り広げられる、吟遊詩人の歌を聞き比べして楽しむ。
お金の問題があるからといって、行動は変わらない。
練習と、王都観光。
決まり切った生活スタイルで王都の暮らしを楽しむ。
変装したときに、親切だった人の店をメインに利用し過ごす。
あの時、忠告してくれた人には、特にいろいろとお願いするようになった。
そして、彼は期待に応えてくれるかのように、いろいろな名物の手配をしてくれる。
「イタタタ……」
「あの、リーダ……大丈夫?」
「ほら、あれ、絶対怪しいって言ったじゃん。ちょっと光っていたし、匂い……変だったじゃん」
だが、名物だからと良い事ばかりではない。
盛大にあたってしまった。
お腹がめちゃくちゃ痛くなったのだ。
南方を旅行していたときに、食べ物にあたることはたまにあった。
エリクサーがあるからと、気楽に買い食いしていたというのもある。
なので、わりと耐性はついていたはずなのに、だめだった。
案外、都会は……いや都会だからこそ、衛生面にダメなところがあるのかもしれない。
「リーダはともかく、ノアちゃんとかが苦しい思いをするのは避けたいと思います。思いません?」
ギリギリとお腹に響く痛みに耐えつつ、慌ててエリクサーを飲み、カガミに頷く。
ちょっと口から血が出ていた。腐っていたのではなく、寄生虫か……。
変な寄生虫。たまに刺身の中へ潜んでいるアニサキスの異世界版だったらと……不安だったが、エリクサーが効いて一安心だ。
さすが異世界、何処に危険が潜んでいるのか侮れない。
「確かに、カガミ氏の言う通りだ。魔導具でよさそうなのがあるから、それを使おう」
オレが腹痛に苦しんだ翌日、サムソンが対策として作ったのが、アウキサの首飾り。水滴の形をした水色の石があしらわれたネックレスだ。水色の石は、薬を吸い取り、体の毒になる成分を飲み込んだ瞬間に中和するという。効果は、吸い取った薬に比例するというので、エリクサーを飲み込ませた。
「こんなのがあるなら早く作っておけば良かったっスね」
「前から作りたいと思っていたが、触媒が手に入らなかった」
「王都に売っていたんスか?」
「いや、進化した異物……つまり1円玉で代用できた」
なるほど。早速、サムソンは進化した遺物……元の世界から持ち込んだ品物をフル活用しているってことか。頼りになる。
「効果は大丈夫なの?」
「今朝、一応、蛇の毒を舐めてみました。問題なかったので、安心してもいいと思います」
「マジ? カガミ、大丈夫なの?」
「えぇ。身体強化で、毒にも耐性があるから、失敗しても死ぬことはないんです。ただ、水色だった石が濁ってしまいました」
「黒くなったら、またエリクサーを吸い取らせればいいから問題ないぞ」
サムソンは冷静に返していたが、毒を舐めて確かめるとかよくやるな。
だが、毒だって平気というのは心強い。
「だったら、毒キノコも食えるってことか。なんか美味しいらしいから気になっていたんだよな」
ふとした思いつき。
毒キノコは、あまりにも美味しいため、自己防衛として毒を持つようになったと、どこかで聞いたことあるのだ。
毒が平気なら、毒キノコで作ったキノコ鍋もいける。
素晴らしい。
「さっき、辛い目にあったばかりなのに……。まぁ、リーダが1人でやるならいいけど、巻き込まないでね」
ところが、賛同者ゼロ。あげく、1人でやれと言われる始末。
ナイスアイデアだと思ったのに。
ともかく王都はいろいろな物が多い。
呼び子の軽快な売り文句に誘われて、適当に買い食いし、あちこちで行われている吟遊詩人の歌や、小芝居を見物して日々を過ごす。
「うわっ。はしごに登って芝居してる」
「見ていく?」
王都の吟遊詩人や、小芝居をする人は数多くいるため、工夫を凝らした人も多い。
しかも魔法を駆使した芸をする人もいるので、驚くような催しも沢山ある。
昨日は、逆立ちして靴の先につけた人形を動かしつつ歌う吟遊詩人がいた。
今、目の前にいるのも、そんな変わり種。
高いはしごに登って、グルングルンと大きく体を動かし歌う吟遊詩人。
「うーん。やめておいた方がいいぞ。あれ、シンシニフォルの双子だ」
どうしようかと考えていると、サムソンが困ったように言った。
シンシニフォルの双子。王都でよく見かけるメジャーな物語だ。
病気の母親のため、薬草狩りにいった双子。ところが魔物に襲われ重傷を負ってしまう。
2人は互いに、自らの死期を悟る。そして、お互いが、自分は死んでもいいので、兄を、弟を、助けてくれと神に願う。
ケルワッル神は、そんな二人の願いに心動かされ、1つの提案をする。
その1つの提案というのが、半分死にかけた体を捨て、二人が一人に融合して助かろうという提案だった。それは、最終的には失敗してしまい、物語は終わりを迎える。
オレとしては、そんな怪我、神様だったら治せばいいじゃんと思った。ところが、純粋なノアやピッキー達は、悲しみのあまり一日中落ち込んでいた。
ということで、悲劇は避けようという暗黙の了解が出来ている。
「あっちは?」
そんな時、ミズキが宿の屋根を指さした。
屋根の上で芝居しているのか。あれも、見覚えあるな。
あれは、確か……。
「なんとかの騎士ってやつだ。前に見た……勧進帳だよ」
「え?」
「ほら、似てるだろ、勧進帳に……弁慶と義経のやつ」
「そういや、そうっスね。でも、最初から見たことないし、面白そうっスよ」
屋根の上で大がかりなセットを組んで芝居をするようで、面白そうなので見ることになった。
「トントハルトの姫と騎士……はじまりはじまり」
タンバリンのような楽器を手に、司会役の女性が物語を語り始めた。
敵軍に取り残された姫と騎士の話だ。
宿の宣伝も込みなのだろう。
「なんと上手い飯!」
「えぇ。これは、良いお酒。素敵なお部屋に、お酒を置いてくれているなんて、夢のよう」
敵に見つからないようにと小僧に変装した姫と、同行する騎士は、苦労しつつも帰国の旅をするのだが、やたらと快適な宿に泊まっていた。スポンサーにサービスしすぎだよ。
「あぁ、父上。ハクボーンを罰するというのなら、それは私の役目。そして配下の責は、力足りぬ主である私の罪。故にハクボーンを許せぬというなら、まずは私を罰してくださいませ」
クライマックスのセリフに、ノアは見入っていた。
途中のセリフも憶えていたし……ノアが好きな話のようだ。
「最後まで見ると面白かったっスね」
「お姫様が、お嬢様みたいだったでち」
小僧に変装した姫が疑われるシーンは、まんま勧進帳だ。疑う門番の前で、騎士が姫を蹴り飛ばすという対応をする。その苛烈さに、怖じ気づいた門番が、二人を通すのだ。
ところが、この物語はラストが大きく違っていた。
確かに姫を蹴り飛ばす場面はあるのだが、このお話はさらに続きがあるのだ。
それは、帰国後に王様から姫を蹴った罪を問われるというシーン。
そこでは、配下の責任は主人の責任、だから自分を罰して欲しいと姫が王様に訴えるのだ。その勇気に王様が心打たれ、お話はハッピーエンドで終わる。
先入観での決めつけはよくないな。
それからも、フラフラ町を歩き、気になった芝居を見ているうちに1日が終わる。そんな日々を過ごす。
「我は豪腕無双の大戦士ハロルド!」
沢山見たお話の中には、なんとハロルドのお話まであった。
ハロルドが、どこかの王様と何日も殴り合う話だ。ついに両者立てなくなって、寝転がったまま夕日に向かって再戦を誓って終わる。熱血物だ。
得意気にハロルドがキャンキャンうるさかった。
数え切れないほど沢山の芝居に歌。
王都は、飽きることがない不思議な町だ。
そして、物語の波に巻き込まれるように日々はすぎ、ついに新年の祝賀という日を迎えた。
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