第536話 閑話 劇団(王都の犯罪者ムロード視点)
「ムロード。つまみが切れた。ズクノーの所から、肉ぅ貰ってこい」
何時も様に、ズンドの兄貴から使いっ走りを命令された時、そいつはやって来た。
俺達一味がたまり場にしている青熊亭……酒場崩れのこの場所には場違いな格好をした女。一風変わってはいたが夜会にでも行きそうなドレス姿の女だった。
貴族というより、何処かの商会の令嬢といった様相の青い髪をした女。
「なんのようだい?」
「こんな綺麗な身なりで……」
ニヤニヤと笑い兄貴分二人が近寄っていく。
「触って欲しくはないのだけれど」
彼女は、自分に触れようとした二人に、弱々しい声で囁いた。
兄貴分二人は、そんな彼女を見てよりおかしそうにニタリと笑う。
「やめないか!」
だが、親分は違った。女のか細い声を聞いた直後、慌てたように入り口を見て、焦った声を上げた。
その言葉は間に合わず、絡んだ二人が喉を押さえて呻く。
「おいおい勘弁してやってくれ。ヘレンニア」
そんな二人をみて、親分が立ち上がり、女に声をかけた。
「フフフ。久しぶりね。グッピオ。貫禄出てきたじゃない」
「ヘレンニア。あんたは、まったく変わらねぇな」
ビビる俺達を置いて、親分はやってきた女と談笑を始めた。
彼女はヘレンニアというらしい。親分とは顔なじみのようだ。
それにしても兄貴分二人を、手も触れずに倒した。何をした?
「スプリキト魔法大学へ入学する必要がでてきたの。でも、あそこって推薦状が必要らしいし、ヨラン王国の貴族でないと入れないんでしょ? それでお前達に頼もうと思ってね」
「貴族ねぇ。まぁ、出来ないこともないが……そんなことよりどえらい賞金首の話があるんだが、金貨3万枚を超える話だ」
「金貨3万枚?」
「ノアサリーナって知ってるか?」
「知ってるわ。吟遊詩人の歌、面白いよねぇ」
そう言って、ヘレンニアはフワリと俺が飲んでいたテーブルに腰掛ける。深い切れ込みの入ったスカートからのぞく白い足が、目に入った。
スッと見上げる俺と目があう。赤い目が俺を捕らえ、ニヤリと笑った。
そして、笑みを浮かべたまま側にあったジョッキを手に取り美味そうに酒を飲みはじめた。
それは俺の酒だと、言いかけて口をつぐむ。チラリと、喉を押さえうずくまるズンドの兄貴が目に入ったからだ。
「そのノアサリーナと5人の奴隷。さらってくるか、王都でぶっ殺せば一人当たり金貨3万枚だ」
親分は、そんなヘレンニアに賞金首の話を持ちかけた。
「豪勢ね。でも、王都で……って、ノアサリーナ達は王都にいるの?」
「いや。近々王都にやってくるそうだ。どいつもこいつも、待ち構えてるぜ。王都で殺すって条件がなければ、早い者勝ちって事で迎えに行きそうな雰囲気だ」
「ふぅん。王都で……ねぇ。新鮮な死体が目当て……記憶搾取魔法か……傀儡といったところかしら」
目の前のヘレンニアは、静かに笑う。親分からサッと視線を外し、考え込む様子を見せつつ何かを呟いていた。
「だろう」
親分は、周りを無視して呟くヘレンニアに笑いかけ、再び誘った。
よっぽど、この女の力を信用しているのだろう。
「だけど、ノアサリーナを殺すの? あれ、呪い子でしょ」
「そうだよなぁ。でも、お前だったら、呪いにかからず殺せるんじゃねーのか?」
呪い子を殺すことは、専門の奴らがやることだ。呪いを恐れず、しかも呪いを回避できる奴ら。噂でしか聞いたことが無い。しかし、確かに、目の前にいる得体の知れないヘレンニアであれば出来そうな……そんな気がする。
「私はやめておくわ。言ったでしょ、私はスプリキト魔法大学に行きたいの」
「おしいな。返事は2、3日待ってくれねぇか。スプリキト魔法大学っていきなり言われても出来るかどうかわからねぇ」
「そう。それなら3日後にまた来るわ。良い返事を期待しているし……それに、お前達にはノアサリーナを殺すなんて無理よ。お前達は偽の貴族を演じ、スプリキト魔法大学へ私を押し込む方が似合っているわ。そうでしょ、劇団?」
去り際、ヘレンニアは、そう言い残した。
劇団は俺達グッピオ一味の別称だ。うまく貴族や商人に化けて、人を騙してたんまりもうける。獲物以外は全員が詐欺師……夢のような一時が終われば、身ぐるみ剥がされていたことに気がつくって寸法だ。芝居じみた詐欺が得意な俺達の別称。
「お前ら、大丈夫かぁ?」
ふぅーっと大きく息を吐いた親分が、最初に倒れた兄貴分二人に声をかける。
よろよろと起き上がる二人は、急に息が出来なくなって、動けなくなったと言った。
うち一人は、一本眉のズンド……名の知れた喧嘩屋で、賞金首だ。それがあんなに簡単に倒されるとは度肝を抜かれる。
「それにしても、どうします。親分?」
落ち着いたのか、ズンドの兄貴が頭を掻きながら親分に問いかける。
「スプリキト魔法大学か……。推薦状が必要だとヘレンニアは言っていたな」
「バビントの奴が戻ってきてるらしいから、聞いてきましょうか?」
「戻ってきてんのかよ。じゃ、ズンド。頼んできてくれ」
親分は、ヘレンニアの話を受けるつもりのようだ。偽の貴族を演じるのは、俺達の得意分野だから、そっちの方が確実だと踏んだのだろう。
そして、親分の判断が正しかったことを知るまでに、時間はかからなかった。
実のところ、すでにノアサリーナ達は王都へと来ていたのだ。
さらに手を出した殺し屋、裏の賞金稼ぎ達が、つぎつぎと捕縛され王都の役所に突き出されるという異常事態が、その話の後に続いた。
「なんで……奴らが、命張るんだ?」
「わからねぇ。いや、吟遊詩人の歌にあったのが本当だったとしたら……」
口々に何が起こっているのかを酒の肴にする。
当事者では無いから気楽なものだ。
本当に、助かった。
オレ達は巻き込まれなかったことに安堵しつつも、状況に首を傾げるだけだった。
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