第480話 あろんふぇるさん

 安心したのも束の間。


「ぐぅっ!」


 ハロルドは声を上げて倒れ込む。

 あの光る矢……地面を貫通したのか。

 ハロルドを貫き、さらに飛び続けていた矢はオレ達の頭上で、光の粒になって消えた。

 しかも、ハロルドを攻撃した一撃で終わりではない。

 2本目、3本目。

 でたらめな攻撃が続く。幸いオレ達には当たらないが、このまま攻撃が続くとヤバい。

 地面がほんのり光るので、注意すれば避けられそうだが、そのためには体勢を立て直さねば。


「不味い!」


 さらに続く七色に光る矢の攻撃をみて、サムソンが大声をあげトゥンヘルを見る。


「このまま放置すれば……ノイタイエルにいつか当たってしまう。貫かれたら耐えられないかもしれません」


 トゥンヘルが焦った様子で応じる。

 さらにピンチは続く。

 一旦下に叩き落としたオーガメイジが、再びオレ達の前に現れた。

 浮遊か飛翔かは分からないが、魔法を使い空を飛んできたのだ。

 そして、なんとか立ち上がり、地面に注意を払っていたオレ達に襲いかかる。

 あいつ、飛びながら詠唱していたのか。

 オレ達が、オーガメイジの出現を確認した直後、巨大な火球が出現した。

 シューヌピアはなんとか逃れたが、トゥンヘルが逃げ切れず火球に飲み込まれる。


「がぁぁ!」


 トゥンヘルの叫び声があたりに響く。

 服に火がついてゴロゴロと転がりながら、なんとかトゥンヘルは上着を脱ぎ捨て、オーガメイジと距離をとった。

 無事であることにホッとするが、まだまだピンチは続いている。


「ぬぉぉ」


 次の攻撃はさせまいとハロルドがオーガメイジに剣を振るう。

 だが、お腹の怪我、そして矢で射貫かれた傷。

 大丈夫なわけがない。

 ハロルドの攻撃は、オーガメイジになんなく受け止められてしまった。

 まかせっぱなしにはしておけない。

 少なくとも、誰かがオーガメイジの注意を引きつけ、ハロルドが回復できる隙を作らねば。


『ガゴォン』


 そう思っていたのは、オレだけではなかった。

 いち早く魔法を使い鎧を身に纏ったサムソンが、オーガメイジとハロルドの間に割り込んでいた。

 そんなサムソンをオーガメイジの攻撃が襲う。

 右手につけた手甲を利用し、オーガメイジのこぶしを振るう音が響いた。


『ガァン! ガァン!』


 まるで工事現場で、重機が響かせる打撃音にも似た音が響きわたる。


『ガァァン!』


 さらに、ひときわ大きな音が響き、サムソンが吹き飛ばされる。魔法の鎧が切れ、飛行島から落ちそうになったサムソンを、茶釜に乗ったミズキが受け止めた。

 あのサムソンの鎧を簡単に打ち破った?

 いとも簡単に?


「ミスリル鋼!」


 シューヌピアが、オーガメイジの身に纏う手っ甲をみて叫ぶ。

 力が入っていないとはいえ、ハロルドの攻撃を難なく捌き、サムソンの鎧をも物ともしない。

 あの手甲、格が違う。

 あれをすり抜け攻撃するか、守り切れない大威力で対処しなくてはならないようだ。

 魔導弓タイマーネタを使うか。

 タイマーネタの圧倒的な破壊力であれば、手甲ごとオーガメイジを貫けるだろう。

 だが、甘くは無い。オーガメイジは巨体にもかかわらず俊敏な動きで狙いが定まらない。

 それどころか、オーガメイジにばかり気を取られていると、地面を貫き攻撃してくる魔法の矢にやられてしまう。

 ノアからエリクサーを受け取り回復したハロルドと、隙をうかがっている茶釜に乗ったミズキに任せるしかないか。

 なんとか隙を作ろうと、シューヌピアと同様に遠距離から攻撃しようと思っていたとき、視界の端に誰かが見えた。

 それは、キョロキョロとあたりを見回す素足の女性だった。

 先の垂れた三角錐をした帽子を被っていて、真っ青のローブ姿。

 銀色の髪は身長より長く地面に垂れている。

 その手には、薙刀に似た槍を持っていた。


「アロンフェルさん!」


 シューヌピアが彼女の名前を呼ぶ。

 素足のハイエルフはあっという間にオーガメイジの後に回り込んだ。

 ハロルドとミズキの攻撃に気を取られていた隙を突いたのか。

 そして、手に持っていた薙刀にも似た槍で背後から切りつけた。

 不意打ちに、オーガメイジが振り向いた瞬間、その行動を予想していたかのように、彼女は大きく飛び上がった。ぐるりと体をひねると、奴の顔面に蹴りを入れ、反動で飛行島から飛び降りる。

 いきなりのことで、オーガメイジが取り乱していた。

 ハロルドはその隙を見逃さない。

 一気に近づきオーガメイジの腹を突き刺す。


「終わりだ!」


 そう叫んだと同時に、爆発が起きオーガメイジが吹き飛ばされる。

 ギリギリ、奴の体は飛行島の端に引っかかった。

 奴は動けない。なぜなら腹に大きな穴が開いていたからだ。

 一撃必殺ってやつか。

 だが、オーガメイジはまだ死んではいなかった。

 叫び声をあげゴロゴロと転がる。

 タフな奴だ……いや、それでは終わっていなかった。

 開き焦げ、大きく開いた穴のようなお腹の傷が元に戻っていた。


「身体修復! こやつ、こんなことまで」


 巨体に似合わず曲芸のように体のバネを生かしオーガメイジは立ち上がった。

 そして、弾けるように突進し、ぶん回した右手が、ハロルドを襲う。


『バキン』


 意表を突かれたハロルドはなんとか剣で防いだが、剣が折れてしまった。

 真っ二つになった剣の一方が大きく弧を描き宙に舞い、地面に突き刺さる。


「まじか」


 カガミに付き添われ、家の柱に体を預けたサムソンが大声を上げた。

 そして、もう一歩踏み込み、オーガメイジがハロルドにのしかかる。


『ドスン』


 だが、ここにはハロルドの他にもう1人、近接戦闘が得意な奴がいる。

 ハロルドにのしかかり止めをささんとばかりに、大きく両手を振り上げたオーガメイジに対し、茶釜に乗って槍を構えたミズキが突っ込んでいく。

 振り回したオーガメイジの腕を、ミズキは茶釜に抱きつくようにしてかわす。そして、そのまま奴の脇腹に槍を突き立てる。


「茶釜!」


 ミズキが叫ぶように言うと、茶釜はさらに大きく地面を蹴った。

 土が大きくえぐれ、茶釜はさらに勢いを増す。そしてオーガメイジと一緒に飛行島の外へ飛び出した。

 大きく空島から飛び出した茶釜は、落下していくオーガメイジの体を踏み台にして戻ってきた。

 飛行島はその後もどんどんと上昇を続けていく。高く。高く。


「助かったでござる」


 ハロルドが安堵の声を上げると同時に、パッとアロンフェルがトゥンヘルの側に姿を現す。

 そういえば、地面を貫通してくる矢も飛んでこなくなっていた。

 オーガメイジを攻撃し、飛び降りたアロンフェルが対処してくれた……ということだろうか。なんにせよ助かった。


「助かりました。アロンフェルさん」


 シューヌピアの言葉には反応せず、トゥンヘルを抱え上げたアロンフェルは、そのままハイエルフ達が過ごす塔へと戻っていった。


「キツかったぁ」


 茶釜に乗ったミズキがしみじみと言う。

 同感。オーガメイジ、あれ、強すぎだろ……もう追って来ないよな。


「カガミお姉ちゃん!」


 ノアが涙声で名を呼びながらカガミに抱きついた。


「ごめんね、ごめんね」


 抱きつかれたカガミも泣きながらノアを抱きしめる。


「皆無事でなによりだ」

「そうっスね。でも、飛行島、修理終わってたんスね」

「いや、今はリスティネル様の補助で浮き上がらせているだけだ。あと少しだけど、まだ思ったようには飛ばない」


 サムソンがオレ達の家を見ながら言う。彼の視線から、2階の操縦席にリスティネルがいるようだ。

 それにしても、カガミの目が覚めた事が嬉しい。


「大きくなったノアにでも会った?」


 一緒に家に戻る途中、カガミに冗談っぽく聞く。


「えぇ」


 カガミは真顔で、静かに肯定した。

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