第476話 いっしょにたすけよう

 翌日もカガミは目を覚まさなかった。

 その翌日も。

 ラテイフさん達には急用ができたと伝え、オレ達は飛行島にこもる。

 外は、オレ達の気分を察して、曇りの日々だ。


「あっ、少し揺れた」

「あと少しらしいな」


 静かな食事中の会話。

 飛行島の修理もなんとか上手くいき、あと数日で飛べそうだという。

 飛べるのであれば、飛行島でギリアに戻るのも悪く無い。

 これ以上、ナセルディオに関わる気にもなれない。


「うん。もどろ、ギリアのお家に戻ろ」


 ノアに戻ってもいいかと聞いたら、ポツリとそう言っただけだった。

 カガミが倒れたのは自分の責任だと気に病んでいた。

 そんな中でも、ハロルドが無事で、ロンロが元気になったことが、不幸中の幸いだ。


「ノアノア、元気ないね」

「あぁ、カガミの事が相当堪えてるようだ」

「カガミも……どうしちゃったんだろう」

「分からない事だらけっス」


 同僚達の会話も沈んだ話ばかりだ。

 結局、ずっと飛行島にこもって、飛行島の修理と超巨大魔法陣の解析に、時間を費やし日々をすごした。

 最優先は、カガミの意識を戻すことだ。

 オレのように、勝手に目が覚めてくれるのが一番だ。

 もし、そうでなければ、目覚めさせる方法はどうやって探すかな。見当もつかない。

 いや、オレが前に目が覚めなかった時……。

 あの時の事を、何度も何度も、考える。

 手帳。名前。

 ふと、唐突に、この世界のさらに先にあった異世界で、赤髪の女性から別れ際に言われたことを思い出す。

 手帳、ノアサリーナ、名前。

 途切れ途切れで聞き取れない事も多かったが、今思うと、彼女は手帳について言っていたのではないかと思ったのだ。

 ノアから預かった赤い手帳を取り出す。


「ノアサリーナ」


 思った通りだ。

 封印を解く方法は、キーワード……つまりノアの名前だったんだ。

 シュルリと小さな音を立て、手帳をぐるぐる巻きにしていた紐がほどけた。

 この手帳に、あの世界の事が書いてあれば、目覚めさせるヒントになるかもしれない。

 手がかりは、他に思いつかない。縋るような思いで目を通す。

 魔法陣が描いてあった。他には……日記だ。

 誰かの日記。

 いや、これは、母親の、ノアの母親の日記だ。

 そっか。

 日記混じりの研究記録といった感じだ。

 ざっと目を通し、休憩することにした。中央にぽっかり穴が開いた手帳は、魔法の品で、めくってもめくってもページが尽きない不思議な物だった。

 日記部分を無視して、パラパラと目を通すが、知りたい事は見当たらない。

 他人の日記を調べるというのは、いい気はしないが、背に腹は代えられない。

 しばらく手帳と格闘するが、埒があかず、休憩することにした。

 

 ん?


 外の空気を吸おうと、家から出たときだ。

 違和感があった。

 しばらく考えて、茶釜の子供達、3匹の子ウサギが飛行島のふちに並んでいたことに気がついた。お尻をこちらに向けてジッとしていた。

 何かを見ているようだ。

 カガミあたりが見たらキャアキャア言いそうだな。

 それにしても、何を見ているのだろうか、興味本位で子ウサギを刺激しないようにゆっくりと近づき覗き込む。

 子ウサギが見ていたのは、蹄の跡だった。

 真新しい蹄の跡にできた、えぐれた土の窪みにトカゲが動いていた。その様子を子ウサギ達は見ていた。

 トカゲか。たまに見つけると見入ってしまうよなぁ。

 あれ……あれは?

 

 ノア!

 

 ロバに乗って、何処かへ走り去るノアが見えた。

 ミズキは広間にいた。

 1人で出て行ったのか? どこに?


「え? ノアサリーナ様が1人で出かけたのですか?」


 皆に声をかけてみるも、誰もノアの外出に気がついていない。


「リーダ! ハロルドが箱に閉じ込められてた」


 しかも、ノアの部屋に行ってみると、木箱にハロルドが閉じ込められていた。

 吠えていたのに気がつかなかった。


「これみて、リーダ!」


 ミズキが机の上を指さす。


「なんだこれ」


 手紙はナセルディオからノアに宛てた手紙だった。

 内容は、自分ならカガミを助けることができる。

 でも、オレ達にこのことがバレたら助けられない。だから、オレ達に内緒で抜け出して、使いの者と一緒に来て欲しい。

 そう書いてあった。


 ―― 一緒にカガミを助けよう。


 最後の一文に、胸が痛くなる。

 ノアは、カガミの事で思い詰めていた。そこを突かれた。


「どうやって助けるつもりなんスかね」

「さぁ」

「でも、なんでカガミの目が覚めないこと知ってるわけ?」

「さぁな」


 分からない事だらけだ。

 確かに、ミズキが言うことももっともだ、カガミの目が覚めないことは外部の誰にも言っていない。

 この手紙の内容は本当なのか。

 カガミを目覚めさせる方法をナセルディオは知っているのか。

 いや、違う。

 真偽は最優先ではない。

 ナセルディオは、ノアを手元に置いておきたいのだ。

 死ななければ問題ないという考えで、毒を使う程度に。


「ノアを迎えにいくべきだ」


 だから、オレは皆に向かって言う。


「どこに行ったか分かるの?」

「わかるぞ。居場所がわかる魔導具をノアちゃんも持っているからな」

「あっ、そうか。ドレスの」


 ミズキの言葉に、サムソンが頷く。

 前にチッキーがさらわれた時に、ノアの魔導具にも機能をつけていたらしい。

 サムソンのお陰で、ノアが何処に行ったのか問題なくわかる。


「揺れるから気をつけてね」


 馬車を茶釜に引いてもらい、ノアを追いかける。シューヌピア達に留守番をお願いして、慌ただしく出発する。


『ガッタン、ガッタン』


 巨大ウサギの茶釜は飛び跳ねるように走る。ウサギ特有の走り方のため、馬車を引くのには向いていない。

 大きく上下に揺れる馬車の縁を手で掴み、流れる景色を見ながらも、ノアに追いついた後の事を考えていた。カガミを助ける方法を知っているという手紙を嘘だとは断定できない。

 その状況で、自信を持って、ノアを引き留めることができるのか。


「……おい、リーダ」

「なんだ? 大きな声で言ってくれ、馬車がうるさくて聞こえない」


 サムソンが何かを言っていた。

 茶釜が引く馬車はうるさくてしょうが無い。


「距離を取るべきだ! ノアちゃんは目的地に着いたようだ。先ほどから動いていない!」


 サムソンが手元にある板状の物を見つめて大声を出す。


「町が見えてきた! ノアちゃんがいるのって町じゃない? コルヌートセル」


 確かに見慣れた景色だ。森を突っ切って町に来たのか。

 予想通り、しばらく進むと街道にでて、さらに先にはコルヌートセルが見えた。


「あれ、うちのロバじゃない?」


 しかも、こちらにロバが近づいてくるのも見えた。ロバの違いはいまいちわからないが、物怖じせずに近づいてくる様子から、ミズキの言う通り、オレ達のロバのようだ。

 どうやら、この辺りでノアはロバを放したようだ。


「悪い。やっぱり俺には、揺れが激しい」


 ロバにはサムソンが乗ることにした。彼は茶釜の引く馬車に酔っていたので、ちょうどいい。

 祭りの余韻が残るコルヌートセルを進んでいくと、簡単にノアがいる場所までたどり着いた。見るからに貴族の屋敷だ。鉄の柵ごしに、広い庭と3階立ての屋敷が見えた。


「見張りが多いぞ」


 確かにサムソンの言う通りだ、やたらと警備が厳重だ。しかも警備をしているのは、普通の兵士に見えない。


「正面から言っても、簡単には通してくれないだろうな」

「また地中から行くのはどうっスか?」


 地中か。そういえば、ノームにお願いして地中から侵入したことがあったな。


「そうだな。時間がない、試してみる価値はあるか」


 ノームにトンネルを掘ってもらって、地中を進む。空き家の陰から掘った穴には、オレとサムソン、そしてハロルドが進む。ミズキは茶釜と待機。プレインは、屋根に登って、遠くに見えるノアがいる屋敷の様子を見てもらう。

 一旦は偵察を目的として進む。危なそうだったら、即撤退、そのつもりだ。

 進入は簡単だった。

 いくら警備を厳重にしても、広い庭の全てを見張るのは難しいようだ。


「鏡を使うのか」

「映画で見たことがあってね」


 小さな穴を開けて、手鏡を使い外の様子を窺うと、物陰になる丁度良い場所を見つけることが出来た。


「オレからいく」


 言うが早いか、ギリギリ通れるくらい細い穴から、外にでる。物置側の壁に背を預けるように隠れ、息を吐いた。見張りに、バレないように進入するのは……緊張する。


『ドスン』


 突如、オレは意図せず尻餅をついた。

 なぜか力が抜け、指が震える。

 そこで、自分の失敗に気がつく。

 この世界には魔法がある。

 そう。オレは、侵入者として、魔法による警備についての対策を怠っていたのだ。

 ぐらりと揺れる景色に抵抗しようとしつつ、同時に自分の迂闊さを悔やんだ。

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