第474話 いじょうはつづく
今日は夜も遅いからと、ノアにお風呂に入った後寝るように説得する。
ノアとミズキがお風呂に行っている間に、カガミの部屋へ、ベッドを用意する。
「ロンロ、何やってるんだ?」
ベッドを移動させるために、ノアの部屋へと入ったとき、部屋の隅でうずくまるロンロを見つける。彼女は、両手で耳を塞ぎ、部屋の隅に座り込んでいた。
「リーダ……」
オレの声に反応して振り向いたロンロの顔を見てギョッとする。
無表情か笑っている顔しか見たことの無いロンロが、泣いていた。
溢れるように涙を流して、泣いていた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「わからない。わからない。私の中の私が、泣き叫んだの」
バッと顔を伏せたロンロは首を振る。
今日はいろいろと厳しい出来事だらけだ。あのナセルディオとかいうのに関わってからロクなことがない。いや……もしかして。
「きっかけはナセルディオ?」
オレの問いかけにロンロはこちらを見ずに頷く。
まさかロンロにまで影響がでるとは予想していなかった。
「そっか。何か力になれることはあるか?」
「大丈夫。もう……声は聞こえないから」
そう言って、ロンロは黙り込んだ。
「もし、なんとかなりそうだったら、顔を見せてくれ」
オレはそう言って彼女をそっとしておくことしか出来なかった。
カガミに、ロンロ、だがそれだけでは無かった。
「ハロルドがいないぞ」
サムソンの一言。
そうだ。ハロルドはノアの後をつけていったんだ。
あいつが、こんな状況でノアの前に姿を現さないというのは考えにくい。
何かあった可能性が高い。
クソ。
こんなことなら、もっと慎重に対応すべきだった。
「先輩」
「とりあえず、今日はノアにこれ以上負担をかけたくない。オレ達だけで、対処しよう」
オレの言葉にサムソンとプレインが頷く。
「だが、どうやって探すかが問題だぞ」
確かに、どこを探すかだな。手がかりもない。外は夜だ。ウィルオーウィスプに頼めば明かりくらいはなんとでもなるが、捜索すべき範囲は広い。
「応援を頼むか」
人手があれば探せる範囲が広がる。それに、オレ達には思いもつかないアイデアがあるかもしれない。
「ハロルドなら、こっちに向かっているよ」
なんてことを考えていたが、最初に応援を頼んだモペアが知っていた。
森の中を進むハロルドを補足していた。さすが森の精霊ドライアド。
やはり人に頼るってことは大事だ。
「でも、誰かがハロルドを連れてきているらしい……怪我してるって」
「怪我?」
「あたしは、森の木々に聞いただけだから、分かんないけどハロルドだけじゃ無いみたい」
本当に真夜中だというのに、次から次へとよく分からない事態が起こる。
「誰が一緒にいるんだ?」
「森の木々が見たこと無い奴だって。怖い怖いって震えている」
モペアが直接見たわけではないため、その答えは不明瞭な部分が多い。
ふわりと、モペアの背後に現れたヌネフも首を振る。
ヌネフは、悪意を持った者が近づいてきたら警告してくれる。
だが、それは絶対ではない。過去、悪意が感じられないのに、オレ達を害する存在がいた。
さて……。
「警戒しつつ近づくか」
「迎え撃つのはどうっスか?」
「敵かどうかわからない。でも、ハロルドが怪我をしているなら早く引き取りたい」
でも、迎え撃つという考えは悪く無い。
隠れて待っていて、相手を確認してから動くか。
森の木々が怖いと怯えているという部分も気になる。
結局、飛行島近くの木に隠れて様子をみる。リスティネルも、シューヌピアとトゥンヘルにも協力を要請した。
「来た」
しばらく待っていると、1人の男が一直線に飛行島へと近づいていくのが見えた。
ハロルドの体をわしづかみにして、ゆらりゆらりと歩いていた。
「ベアルドの……ハロルド、トゥエンテンの丘……われた勇気と機転は……と確信できたよ。悪いがここ……送らない。物音くらいは立てて……」
男は飛行島の端にハロルドを置いて何かを語りかけていた。
距離があるため、所々聞こえにくいが、ハロルドの正体を知っているようだ。
ハロルドの知り合いか。
「参ったな」
そして突如大きな声をあげた。
「囲まれている……か。彼はここに置いていく」
オレ達が見ているのがバレたのか。だが、相手は戦うつもりではないようだ。
「イオタイト……さん?」
プレインが小さく呟く。
イオタイト? 帝国に来る途中で知り合った人だ。
帝国に来る前、ヨラン王国で別れたはず。
「イオタイト様。何があったのですか?」
プレインが、男の声を聞いて呟いた名前。暗がりで正体ははっきりしないが、プレインの直感を信じ声をかける。
「バレていたか。できれば、隠したかったのだが……大きな声を出すのがつらいんだ。近くに……来てくれない?」
おどけたような声で返事が返ってくる。
「ウィルオーウィスプ」
小さく呟き、イオタイトへと近寄る。
ウィルオーウィスプの光に照らされたイオタイトは、大怪我をしていた。
左手は動かないようでだらりと垂れ下がっている。そして彼の足下にいるハロルドも。
「やだなぁ。受けた毒のせいか、随分と調子くるっちゃったな。ははは」
イオタイトはおちゃらけた様子で笑う。
見る限り大怪我をしているにもかかわらず、それを感じさせない態度が怖い。
「ハロルドを助けて頂いてありがとうございます。それで、その何があったのですか?」
「そうだねぇ。ノアサリーナ様が、あの屋敷を抜けだした。だが、あの男はそれを許さなかった。追えと、死ななければよいと号令を出した」
は?
あの男ってのは、ナセルディオのことか。
ノアの父親だろ。どういうことだ。死ななければいい?
別の目的があって……いや、分かっていたことだ。親子の再会以外の目的があることは、わかっていた。そうだ、オレは、わかっていた。
「あの男というのは、ナセルディオのことですね?」
「まぁね。そして、そこのハロルドは、ノアサリーナ様を庇うべく動いた。囮になって、注意を引きつけるばかりか、隠れて様子を窺っていた……おれっちを巻き込む形でノアサリーナ様を助けたのさ」
「そうですか」
確かに、ノアがカガミを連れて抜け出したのだ、見張りがいてもおかしくない。
それか、ナセルディオの護衛がたまたまノアを見つけたのか。
「お陰で、白薔薇に囲まれて殺されかけちゃってね。いや、死ぬかと思った」
「酷い怪我ですが、大丈夫ですか?」
「おれっちなら大丈夫。それより、ハロルドだね。あの男はノアサリーナ様を殺すつもりはないようだけど、死にかける程度なら躊躇しないようだ。おかげで、酷い毒をハロルドはうけてしまった」
そうだ。ハロルド、気を失っているようで動かない。
早くエリクサーを飲ませなくては。
駆け寄り抱え上げたハロルドは、息が荒かった。
「大丈夫か?」
オレのかける声にも反応がない。
「手当はしたから死にはしないよ。だけど、痺れは残るかもね。まっ、神官に頼めば1年程度で癒やせるはずさ」
オレがハロルドに気を取られた隙に、イオタイトは話をしながら素早く距離をとって暗がりに消えた。
「やっぱりイオタイトさん?」
プレインがイオタイトの姿が消えたのを見て近づいてきた。
サムソンは、イオタイトが消えた方角をしばらく見ていたが、こちらを見て首を振った。
「あぁ。あの人の正体はともかく、すぐにエリクサーを飲ませなきゃな」
「そうっスね」
程なくして目を覚ましたハロルドに安堵して、家へと戻った。
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