第471話 とくべつげすと

 コンビニ?

 何てこと言いやがる。

 即座に、ハンドサインをロンロへと送る。

 緊急時のために、取り決めておいたのだ。


「あっ、ごめん。手が……雪の様に白いお菓子ですね。丁寧な仕事が感じられて素敵だと思います。見た目が雪のようなのに、口に運ぶと温かみがあって、食べやすいです。白いイチゴの酸味が、甘さを引き立ててとても美味しいです」


 めちゃくちゃ焦った。

 あの語り口は、ミズキだろ。

 まったく。

 後半は、カガミっぽいな。ハロルドほど長くない、当たり障りのないコメントに安堵する。


「このお味だったら、そうですね。うふふっ。ワインが合うと思います。でも、気をつけないと飲み過ぎそうですね。ついつい二日酔いに……」


 安堵していたら、余計な事を口走りやがった。あと、笑い方。

 何が二日酔いだ。ノアのコメントを代理で語っている設定だって言っていただろう。

 それに、代理で話をしているのはオレだ。

 ほら、端っこで、あの人……ハサーリファが、肩をふるわせているだろうが。

 絶対、笑っているよ。あれ。

 即座に魔導具を切って「以上です」とコメントを打ち切る。


「ごめん、ごめん。魔導具に手があたっちゃってさ」


 不機嫌に控え室にもどったオレに、ミズキが軽い謝罪をする。


「まったく。オレの身にもなれよ。次はしくじるなよ」

「でも、食レポってのも結構楽しいっスよね」

「あの場にいなければ、オレも楽しかったよ。けっ」

「すねない。すねない」


 4人目は最後、ラテイフだ。

 本当に大丈夫だろうなと、チラチラと控え室の方を見る。


「では。こちらは、キステンラーテン商店の店主ラテイフによる菓子でございます」


 あれ?

 ラテイフじゃない。

 知らない役人が解説する。

 よく見ると、さきほどまで部屋の壁沿いに立っていた他の職人もいない。

 だが、特に説明もないまま、本戦は進む。

 出されたのは、アイスの天ぷら。


「おぉっ」


 小さなざわめきに、ちょっとだけ嬉しくなる。

 箱を開けて、給仕がナイフを入れたのだ。

 外は熱々、中はもちもちした皮につつまれたアイスが美味しい。


「氷菓子を、揚げ菓子に? これは贅沢な。いやはや、よもやこのような工夫が見られるとは。今までの菓子もそうですが、今年のヘーテビアーナは、レベルが高い」

「夏と冬を同時に感じ、まるで夢の中で散策かのごとき経験。いや、戦場にて冷徹にあたりを見回す騎士のようか」


 周りの人達からの評価も好評。

 いままでのお菓子に対する品評にも、負けていない。それどころか、高評価かもしれない。


「では、ノアサリーナ殿。これには、其方も関わっている。何か伝えたいことはあるかね?」


 領主の一言。

 一応、事前に料理についての工夫を尋ねると言われていたので、問題ない。

 小さく頷き魔導具を起動させる。あれだけ、苦言を呈したのだ。きっと、反省してしっかりとしたコメントをすると思う。


「氷菓子を揚げる。一言で言えば簡単ですが、おいしさをもって実現するのは大変でございました」


 良い感じの言葉で始まる。


「沢山の試作品を食べるわけでございますが、途中から先輩に全部投げて……」


 先輩?

 プレインっぽいな。というより、先輩とか言ってもわからないだろう。

 細部に気をつけてほしい。

 少し怪しいところはあるが、安定してちょっとした苦労話が続く。

 そろそろいいだろう。

 苦労したエピソードは印象的なものを少しだけに留めるべきだ。

 このまま続くようなら、適当なところで魔導具を止めてしまおう。


「ちなみにこれにマヨ」


 油断すべきでなかった。

 プレイン、絶対マヨネーズかけたら旨いとか言うつもりだった。

 慌てて魔導具を切ったオレの判断力に、我ながらファインプレーだったと自画自賛する。

 もっとも焦りまくっていたのはオレだけで、他の参加者は特に気にしていなかったようだ。

 ともかく全部終わり。

 選手としての参加者でもあるオレ達には投票権はないので、結果を待つのみだ。


「最優秀者が定まりました。会場へお越し下さい」


 しばらくして役人の呼び出しがあって、会場へと向かう。

 最優秀者はハサーリファだった。

 ハサーリファには、栄誉として、領主の庭に彫像を置くことができる権利が与えられるそうだ。

 後は案外あっさりとしたものだった。

 一般参加者の態度から、最優秀が決まっても盛り上がらない理由がすぐに理解できた。彼らにとっては、旨いお菓子を食べたら職人の栄誉などは、どうでもいいということだ。

 現金なことだ。

 緩んだ雰囲気の中、領主による本戦終了を告げる挨拶が続く。

 だが、その緩んだ雰囲気は一変する。


「今年のヘーテビアーナは、例年になく高いレベルだった。では、最後にナセルディオ様」


 ナセルディオという言葉で、会場がざわめく。

 え?

 今来ているのか。

 オレ達の座る逆サイドにある扉から3人の人が入ってくる。

 先頭は、金髪で顔立ちが整った男だ。元の世界にいるモデルやアイドルのように、立っているだけで様になるという感じだ。領主よりも立派な服装で、腰には短剣を備えた姿だ。

 そして後ろ二人は女性。二人とも立派で豪華なネックレスをしている。

 先頭の男がナセルディオ。ノアの父親ということか。


「多忙ゆえ、本戦の途中から見ることになったが、楽しいひとときをすごせた」


 ナセルディオは人気者のようだ。

 オレ達が一段高い場所にいるためか、彼がしゃべる言葉を、沢山居る貴族令嬢達が潤んだ目で見ているのがよくわかった。

 アイドルが来たときのようだ。

 ノアはどうなのだろうとチラリと見たら、無表情でその様子を見ていた。

 そして、ナセルディオは一通りの挨拶を終えると、さっさと来た扉から戻っていった。

 本当に挨拶だけに姿を見せたようだ。

 ノアは無視か。

 それ以上のことは何もなく、控え室にもどる。


「え? ノアちゃんのお父さんが来たんですか?」

「いきなりのことで驚いたよ」

「どんな人だった?」

「映画俳優のような、金髪の……いわゆるイケメン」

「わぁ」


 イケメンの一言でミズキが嬉しそうな声を上げる。

 けっ。


「ノアノアは、どう思った?」

「普通のね、おじさんだったよ」


 なんでもないといった調子でノアが答える。

 おじさんか。

 小さい子供から見たら、あれくらいの年はおじさんなんだな。


「それにしても、ラテイフさん達、遅いと思います。思いません?」

「そういえば、そうだな」

「あのね。ラテイフさん、さっきも居なかったよ」

「さっき?」

「決勝戦」

「なる。なにかあったのかな」


 ラテイフ達が、来ない理由はすぐにわかる。


「職人達は、ナセルディオ様に献上する菓子を作っているので、先に戻っていて欲しいとのことだ」


 しばらくしてやってきた役人がオレ達にラテイフからの伝言を伝える。


「それから、ナセルディオ様から、ノアサリーナ様と従者に、中庭へ来るようにとお言葉があった」


 加えてナセルディオからの伝言も聞く。

 役人の案内で領主の屋敷にある中庭へと行く。

 中庭は、ガラス製のドームに囲まれた温室で、木々が生い茂りまるで春のようだった。


「誰もいないね」


 ノアがぽつりと言う。

 確かにオレ達以外、誰も居ない。


「他の入り口からくるのかもしれないぞ」


 サムソンが向かいにある扉を指さし言った。確かにこの温室は沢山入り口があるな。

 しばらく待つかと、温室の木々を見て時間を潰す。


「あっ、お猿さん」


 ノアが木々の中に、小さな猿をみつけて指さす。


「本当だね。何か食べてるな」

「美味しそうに食べてるね」


 そんなふうに、温室を楽しんでいると、温室の扉が開いた。

 開いた扉は2つ。

 一方からは金髪の男……ナセルディオと、その侍女。

 そして、もう一方からは、役人風の男が入ってきた。


「ノアサリーナ様」


 役人風の男が、焦ったようにノアへと近づいてきた。ナセルディオには気づいていないようで、駆け寄る途中で落ちた帽子に目もくれず駆け寄ってくる。

 だが、ナセルディオの方は男に気がついていたようだ。

 ちらりと後ろをみて「始末しろ」と声を上げると、早足になった。

 その声に反応するかのように、侍女の一人が一瞬でノアの側へと移動する。

 そして、駆け寄る男を、手品のように空中から取り出した剣で切り伏せた。

 なんだったんだ、一体……。


「先輩!」


 いきなりのことであっけにとられていると、プレインの声が聞こえて、こめかみに痛みがはしり、しりもちをつく。

 オレは、一足飛びに接近したナセルディオから顔面を殴られたのだった。

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