第469話 しょくぜんのじゅんび

「やっぱり、カガミの方が……」

「まったくもう。いざとなって怖じ気づくとは、情けないでござる」

「カガミはぁ、お菓子作りが大変なのよぉ」


 着ていく服と、食事のマナー。

 本戦の場にノアと一緒に出て行くことにしたオレには、思った以上の難関が待っていた。

 本当に、ただお菓子を楽しく食べたかっただけなのに、社交の場になるらしい。

 貴族達の集まる場ということで、それなりの態度が求められる。

 着ていく服については、ノアは立派なものを持っているが、オレにはそのような場にあった服を持っていない。

 そして、もう一つは食事のマナー。

 楽しそうにお菓子を作っているカガミ達とは違い、オレはどんよりした気分で、服の手配とマナーの特訓に取りかかることになった。


「違うでござるよ」

「もうちょっとぉ、ゆっくり食べるのぉ」

「頑張ろうね。リーダ」


 他のやつらが作った作品をネタにマナーの特訓。

 ほとんど、これで一日を過ごす。

 辛い。

 先生はロンロとハロルド。

 使う道具は、四角いスプーンとナイフ、そして手。

 基本この三つのを使って食べるらしい。

 国によって細かい違いはあるらしい。

 だが、帝国から見て、異国人であるオレ達は大目に見てもらえるだろうということだ。


「片手がおろそかになっているでござる」

「もうちょっとぉ、ゆっくり」

「なんで、お菓子食うだけで、こんなにグチグチ言われなきゃいけないんだ」

「リーダは、短気でござるな」


 加えて、席の立ち方に座り方、感想の述べ方。

 いちいち動きにケチがつく。


「適当に食って、適当にくっちゃべればいいんじゃないのか」

「そんなことないわぁ」

「そうでござるよ。食事の作法は特に大事でござる。しっかりしなくては主である姫様まで悪く言われるでござる」


 切実に、今からでもいいからカガミと代わりたい。

 こんなのいちいち守っていたらお菓子が美味しく食べられない。

 毎日、大量の指摘を受ける。

 ちなみにノアは基本が出来ている為、問題ないそうだ。

 ロンロとハロルドに合格をもらったノアは、隣の作業風景を見に行ったり、ピッキー達の仕事を見たり、勉強したりと頑張っている。

 そして、服の手配だ。

 そこまで立派な服ではなくていいらしいが、ただし社交の場に出るにあたっては新調した方がいいそうだ。

 だが、通常の仕立屋に依頼してしまえば、時間がかかりすぎてしまう。ということで、これまた対策を考えなくてはならない。


「最悪、領主に頼むしかないと思うぞ」

「領主か……」


 仲間と相談して、あれこれ考える。

 元の世界であったような既製品の服を買っておしまいというわけにいかない。


「サイルマーヤさんに聞くってのはどうっスか?」


 なるほどな、プレインのアイデアは悪くない。

 なんだかんだと言って、あの人は帝国のあちこちに顔が広い。

 善は急げだ。

 さっそくタイウァス神殿へと向かう。

 杖を掲げた女性の像が目立つ、白い建物だ。


「サイルマーヤ様に、会うことができないのですか」

「申し訳ありません」


 ところが、神殿に行ってみると、面会を断られた。

 神のお告げがあったらしくて、サイルマーヤは神殿にこもっているらしい。

 ヘーテビアーナが終わるまで、神官以外の誰とも接触してはならないということになったそうだ。

 ただし、接触はできないながらも、代理人を立てて仕立屋は手配してもらえた。

 コルヌートセルで一番の仕立屋らしい。

 ラテイフが驚いていた。

 なんにせよ、至急仕上げてくれるというので大助かりだ。

 少しだけ予想外の出来事はあったが、準備は順調に進み、本戦の期日は瞬く間に訪れた。

 本戦が行われる日の朝、真新しい服に袖を通す。

 袖の短い体にぴったりあった、深い黄土色のローブだ。

 ベルトはとても長い金の帯をくるくると回してつける。

 金で色々な刺繍がしてあるベルトに、日の光が反射してチラチラと輝く。

 これが帝国での、従者の正装らしい。

 こうして、異国の服を着ると、外国で生活している気分がして楽しくなってくる。

 ノアはギリアで作ったドレスに、アサントホーエイの領主から貰ったマントを折りたたみ羽織る。

 一応この服装については、領主の使いに、事前のチェックでOKをもらっているので問題ない。


「では、町から先は、我々の馬車に」

「私達だけでしょうか?」

「ご心配なく。キステンラーテン店主ラテイフは、先行しています」


 町の門までは、海亀に乗って、町から先は領主が手配してくれた馬車に乗る。


「じゃ、行ってきます」

「はい。お嬢様。お気を付けて」


 思ったより大舞台ということで、ピッキー達はお留守番。

 本戦のお菓子は、希望した人数分を手配してくれるというので、安心してお留守番をまかせることができる。

 最初は、本戦会場に行った人数分ということだったが、交渉したら、希望した人数分ということになった。

 なんでも交渉してみるものだ。

 護衛付きの立派な馬車に乗って会場に入る。

 外から見る領主の館は、とても大きな庭がある四階建ての大きな屋敷だ。

 庭には、いくつもの彫刻が置いてある。

 包丁や鍋を持っている料理人の像ばかりだ。

 原色バリバリに塗装された像で、土台は黄色。顔はデフォルメされているせいか、少し不気味で土偶のような顔をしていた。


「見てください。庭の木々で迷路が作られています。素敵だと思います。思いません?」

「あれ、でっかい犬が走ってるっス」


 緊張で無言のオレとは違い、同僚達は気楽なもんだ。

 庭が豪華とか、彫像が面白いとか、ワイワイと楽しんでいる。

 外見はカラフルだった領主の屋敷だったが、中はとても落ち着いた色合いだった。

 落ち着いたといっても質素というわけではない。高い天井には、いたるところにシャンデリアが吊り下げられ、柱のひとつひとつには金の装飾がされていた。

 この世界に来てから、豪華な屋敷はいくつも見たが、ここまで豪華なのは初めて見る。

 通路に置かれている壺なんか、どれも高そうだ。あれを割ってしまうと、いくら弁償するのだろうと気になってしまう。


「では、こちらが控え室になります。ノアサリーナ様の身だしなみを調える道具などは揃っています。もし、足りないものがあればベルにてご連絡くださいませ」


 案内された所は、結構広い一室だ。

 しかも、主のためだけの部屋。隣には奴隷の控え室がある。

 暖炉には火が焚いてあって、ここで普通に生活できそうなくらい立派だった。

 そして、その部屋から少し歩いた所に巨大な広場があり、ここで本戦が行われると教えてもらう。

 入って右手側は一段高くなっていて、まるで学生の頃に見た体育館のようなレイアウトだなと思った。

 だが、作りはとても立派だ。

 見上げると、この屋敷でもひときわ立派で巨大なシャンデリアが見える。

 そんな広間に、いくつものテーブルが置いてある。

 どのテーブルにも、真っ白いテーブルクロスが掛けてあった。

 その殆どが一般招待客用のテーブルだという。

 中央あたりには、少しだけスペースが設けられている。料理人がお菓子の説明をする為にあるスペースだそうだ。

 ひときわ高くなっている右手側に、いくつか置かれたテーブルの1つに、オレとノアが座るらしい。

 他のテーブルは領主をはじめ、審査員の方々。


「すごく大きな部屋ですね。圧倒されました」


 第一印象をノアが簡潔に表現する。


「はい。貴族の来客者を迎えるには、このくらいのスペースが必要なのです」

「待ち遠しいです。ですが、私の声が届くでしょうか?」


 ノアはお嬢様っぽく首をやや傾げ、質問する。

 ロンロの疑問を代弁しているのだ。

 たしかに、これだけ広ければ、結構大きな声を出す必要があるだろう。


「もちろん。皆様のお座りいただく高台部分については、拡声の魔法がかけられています。ノアサリーナ様のお言葉は皆様に伝わります。ご心配なく」


 続けて、いろいろと設備の説明を聞く。この広間には、沢山の魔導具が設置されているらしい。


「コルヌートセル領の領主様は、かのサーアメン領主すら認める魔導具作りの達人ですからね」


「すごいですね」とノアが感想を漏らしたところ、役人はまるで自分のことのように自慢した。

 それから、領主との面会。


「お招きいただきありがとうございます」


 通り一辺倒の挨拶。

 着飾った領主一族は、特にオレ達には興味がないようで、すぐに挨拶も終わる。

 こうして、こまごまとした事を進めていくうちに時間は過ぎ、本戦が始まる時間となった。

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