第453話 まちのおきて

 外れて、斜めに吊り下がった扉。

 破片が散らばる二つ折りになった立て看板。

 店の前にあった横倒しになったテーブルと椅子。

 破壊された店内。

 破片を拾い集めるなどの後始末を手伝って、それから観光することになった。

 楽しく観光……なんて気にはなれない。

 だが、あの小さな店にオレ達全員が、ずっといるというのは、迷惑になるだろうという判断から、店を出ることにした。


「私はさ、ここに残ってるからのんびり見て回ってよ」


 1人残りたいと言うミズキを残し、オレ達は先程の馬車に乗って町を巡る。


「大変なことになったねぇ。予選はもうすぐ始まるっていうのにね」


 見送ってくれたミズキ達を見て、御者のお姉さんがそうぼやく。


「ひどいですね。領主達は対処してくれないんでしょうか?」

「どうだかね。職人の引き抜きや、材料の買い占めなんてことはよくあることさ。そこまで、さすがに口出しはしないだろうねぇ」

「へぇ」

「だけどさ、店の物を壊すというのは、やりすぎだよ。ギルドか、領主配下が、対処するはずさ」


 そうなのか。

 全くノータッチというわけではないみたいだ。


「ではすぐに解決するかもしれませんね」

「すぐは……無いだろうね。どこもかしこも菓子の祭典ヘーテビアーナで手一杯だ。犯人を捕まえるとしても、先の事だ。だけど、あれじゃ、予選には満足に参加できないだろうね」

「厳しいですね」

「だけど、参加しないという道は無い。店持ちだ。菓子職人ギルドの掟に従って、参加は絶対だからねぇ」

「菓子職人ギルドですか」


 お菓子の町というだけあって、菓子職人だけで単独のギルドがあるのか。

 確かに、町中にお店があって、普通の町とは様相違うしな。


「そう。この町に店を構える職人は全員が祭典ヘーテビアーナに、必ず出場しなくちゃいけない。町の威信をおとしめないように、立派なお菓子を用意してね」

「なるほど。そういう決まりがあるんですね」

「やっぱりお祭りだって言うのに、店が閉まっていたり、いつもと同じような品物しか置いてなかったらつまんないだろう」


 確かにそういうものかもしれない。

 特別だからこそ、祭りになるのだろう。


「そうしたら、お祭りがはじまれば、見たこともないお菓子がそこらじゅうに並ぶということですか?」

「もちろん」

「あと少しだね。今は次々と菓子商人ギルドへ出品するお菓子が持ち込まれてる。審査のためにね。それが終われば、町中にお菓子が溢れるお祭りの始まりさ。あぁいうのがね」


 そう言って御者の彼女が左前を指さす。

 小さなリンゴが沢山置いてある店だ。

 いや、小さいリンゴではない。リンゴの形をしたお菓子か。

 あんなのが、町中に溢れるのか。

 すでに、現実離れしてメルヘンチックな町が、さらに変わるというのは楽しみだ。

 ミズキが急かしていた時には、そこまで急がなくていいだろうと思っていたか、急いで町に来て良かったと思う。

 だが、本当に楽しむためには、先程の店が、なんとか持ち直した状態でないとな。

 あのままだと後味悪くて楽しめない。


「ところで、今売ってるお菓子っていうのは、お祭りで扱わないようなお菓子ばっかりなんスか?」

「うーん。そうとは限らないね。さっきのお菓子もそうだし、審査さえ通れば祭りより前に売ってもいいからね。それに、いつも売っているお菓子も売るしさ」

「予選前に出品するお菓子を売るんですね」

「自分のところは、このお菓子を出すから、似ないようにしろよって。牽制さ」

「なるほど」

「何か気になるようなものがあったら遠慮なく言ってくれよ。すぐに馬車を止めるからね」

「ありがとうございます」

「なーに、前金を十分もらっているんだ。これぐらいお安い御用さ」


 一体いくら渡したのだろう。

 とても良い笑顔の御者を見ると不安になる。

 それから、各種神殿や、町のシンボルなどを案内してもらいながら町を一周した。

 3階を超える建物も多く、道も綺麗に掃除されていて、立派な町だ。

 こうしてみると、帝国は町ごとに特色がはっきり出ている。

 ただし町を一周と言っても、全体の1部だ。

 この町は全部で11の区画からなるそうだ。

 オレ達が案内して貰っているのは、そのうちの一つ。他は違うのかもしれない。

 綺麗ながらも道はゴチャゴチャと入り組んでいて、たまに馬車1台が進むだけで精一杯という、細い道もあった。


「あぁ、ハサーリファ様。こっち行き止まりですー」

「そうそう。ドゥービート親方の愛弟子が、出店だすんだっけね。しょうがない迂回しよう」

「へーぃ」


 御者もたまに道を間違うことがある。

 祭りのため、一部路地は封鎖していたりするそうだ。

 だから、いつもの通りに進むと行き止まりということもあるらしい。

 この町は入り組んだ道ばかりだな。

 だが、そんな寄り道も楽しい。

 いろとりどりのお菓子、そして綺麗な店、綺麗な道。

 なんでこんなに町も道も綺麗なのかと聞いてみると、祭りの前だから、町中が総出で綺麗にしているという。

 町をあげての一大イベントということだ。

 そうやって1周りすると、もうすぐ夕方という頃になった。


「じゃあ、ミズキを拾って、今日は帰るか」

「そうっスね」


 もしかしたら、ミズキは残ると言うかもしれないが、話だけはしておこう。

 そう考えて店まで送ってもらう。


「おっと、しまった」


 御者は小さく言って、馬車を急停車した。


「どうしたんですか?」

「道、間違えちゃったよ。一旦もどらなきゃならない」

「問題ないですよ」

「あの道が馬車で入れればねぇ。店によって、南門だったのに。残念」

「店は近いんですか?」

「すぐそこだよ。裏口が、ほら、見えてる」


 そういって御者の彼女は、右の路地を見やり、言葉を続ける。


「入れないのをすっかりわすれてたよ。出口に近い道を選んだのが裏目にでちゃった」

「あっ、そうなんですね」


 通った道を戻ってから店を経由して南門にいくよりも、ここでミズキを呼び出して南門にいくほうがずっと早いそうだ。

 だったら、歩いてミズキの場所まで行こうという事になった。

 特に受け取る荷物もない。

 プレインと2人で、店へと向かう。

 通りを塞ぐように置いてある樽を避けて進んでいたとき、店の裏庭に店で出会った男がいた。

 壊れた店を嘆いていた女性を慰めていた人だ。

 彼は、年配の男と話をしていた。


「坊ちゃまお帰りになってください」

「断る。今日も宿にとまる。買い占めどころか、店を壊すなんて、父のやり方にはうんざりだ!」


 え? あれ? 犯人は、あの男の親なの?

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