第433話 こっかとしんかん

「イブーリサウト様が軍門に下れと言われていますか?」


神殿長が手紙を一読したオレに対して言う。


「中を見られたので?」

「いえ。この手紙を持ち込まれた方が、そう言っていたのです。イブーリサウト様は、気性の荒い皇子と噂です。お気をつけください」


 何が書いてあるのか言いながら、手紙を渡したのか。


「手紙の意味がないですね」

「えぇ。確かに」


 だが、この話は神官達にも関係があることだ。隠す必要は無いだろう。

 神官達はどう判断するのだろうか。


「皆様は……その、大丈夫なのですか?」


 あまりにも平然としてる様子を訝しがったのか、カガミが神殿長へと問いかける。


「我々はノアサリーナ様以外の下で行進を続ける気はございません」

「でも、もしこの手紙の……イブーリサウト皇子が、力ずくで配下になれと言ったら?」

「それはないでしょう。あったとしても私達は私達で対処できますので、ノアサリーナ様達はご自身が思うままに行動されて結構でございます」


 平然と神殿長は言い、それで話は終わった。

 簡単な挨拶の後、本神殿を出た後、エテーリウやユテレシアといった他の神官たちに聞いても同じような反応だった。


「でも、もし、言うことを聞かなければ? 処分すると言ったら?」


 あまりにも平然と、他人事といった感じが気になるので、踏み込んで聞いてみる。


「イブーリサウト様がそういう対応に出れば、我々は帝国における全ての加護を止めます」

「加護?」

「あぁ、そうか、そうですね。リーダ様方のような大魔法使いにとっては分からないかもしれませんが、加護を止めるというのは、国にとっては大きな問題になります」

「それほど大きな問題に?」

「もし加護がなければ、人々はきれいな水を飲むために、遠くの井戸まで水を汲みに行かねばなりません。手が汚れれば水を使い、汚れを洗い流さなくてはなりません。食べ物を腐らせないようにするためには、大きな氷室を用意しなくてはなりません」


 確かにそうだな。

 この世界では、神の信徒になれば簡単な言葉を呟くだけで、加護という力を使うことができる。

 チッキーは手を綺麗にする為に加護を使っているし、以前見た船乗りは神に祈り、加護を得ることで積み込んだ食べ物の腐敗を防いでいた。

 あれを止められるのか。


「加護は誰が止めるのですか?」

「加護を止めるのは神様ですよ。神官に理由なく手をかけた場合は、あらゆる神々は必ず加護を止めます」


 ユテレシアは即答し、エテーリウもサイルマーヤも頷く。


「加護を止めたという事例が過去にあったのでしょうか?」

「たまにあることなんです」

「そうヨ。帝国だったら確か10年ぐらい前にあったトヨ」


 10年前? 結構最近ではないか。


「どこかの領主でしたね。神官の1人を見そめて我が物にしようと力ずくでなんとかしようとした結果。かの領地にいる全ての領民が加護を止められたということがありました」


 サイルマーヤが大したことがないように言った。

 そんなに簡単に加護って止められてしまうのか。

 思ったより、この世界の神様はフットワークが軽い。

 なるほどなぁ。

 そのような仕組みだったら宗教弾圧とかなさそうだな。


「理性ある権力者であれば、神殿に力ずくで恭順を迫ることなどありえません」

「特にイブーリサウト皇子は、他の皇子と争い皇帝を目指していると聞きます」

「他の皇子?」

「えぇ。4人……でしたか、いずれかの皇子が次期皇帝に指名されるとの噂なんです」


 ユテレシアが、何かを思い出すように言った。


「クシュハヤート第1皇子、イブーリサウト第2皇子、ナセルディオ第3皇子、それからディクヒーン第4皇子。この4人のうちのいずれかが次期皇帝という噂ですね」


 ユテレシアの言葉を補足するように、サイルマーヤがすらすらと4人の名前を挙げた。

 ナセルディオ?

 ノアへ手紙を送った人の名前だ。

 つまりノアへ手紙を送ったのは、皇子?

 ノアは皇子の子供ということなのか?

 いきなり出てきた名前に驚きを隠せない。

 ちらりと、周りを見るとカガミも気がついたようだ。オレと目が合い小さく頷く。


「えっと、イブーリサウト様は、気性が荒いというお話ですが、他の皇子はどのような方なのでしょうか?」

「他の皇子……ですか?」

「何かのヒントになるかと考えまして」


 ノアの父親などと言ってしまうと大変な事になりそうなので、そこは黙って情報収集を試みる。

 何か知っているなら、何でも良いから知りたいのだ。


「それは……えっと、ごめんなさい。私は、名前くらいしか知らないのです」

「私達が知っていることなど噂程度ですよ。イブーリサウト様は戦場でも先頭に立ち、凱旋で帝国中をまわったこともありますから、特に有名なんですよね……その、先の戦いで捕虜全員の首をはねたりと」


 何も知らないと恐縮するユテレシアに、助け船をだすようにサイルマーヤが言う。

 そっか。第2皇子だけが有名なのか。


「ですが、立場があればなおさら、神殿には手をだすことはないトヨ。神は神に仕える者に命じ、人は人に命ず。逆は無し。これは過去よりの神々と大地に住む者との約束ト」

「へぇ」


 なんか元の世界でも聞いたことあるな。

 似たようなこと。

 カエサルの物は、カエサルに……だっけかな。


「逆に言えば、私達は今回の件について、ノアサリーナ様をお助けできないということにもなってしまいますが……」


 ユテレシアが申し訳なさそうに呟き、周りの人達も同意するように頷いた。


「そうですか。どうしましょうか?」

「とりあえず、一旦休んでから考えよう。大事な事だけに、落ち着いてから考えるべきだと思うぞ」

「そうですね……」


 それからサイルマーヤの案内で用意された館へと到着する。

 そこは、ひんやりとした空気がただよう真っ白い館だった。館の背後には滝があって、そのせいで周りよりも冷えるという。

 滝は加護の力により、ほとんど音がしない。

 そして、滝から流れる水で巨大な池ができていて、館はその中央に建っていた。

 もし、水の上が歩けなければ、不便すぎて住む気すら起こらなかったに違いない。

 その池には、イルカに似た巨大な魚が一匹住んでいて、オレ達を歓迎するかのように、水から飛び上がり、館へと進むオレ達の頭上を飛び越えて壮観だった。


「ここ、夏に来たら最高だったよね」

「そうっスね。今は、凄く寒いから、ちょっと見るだけで寒いっス」


 石造りの厩舎、平屋の巨大な館。

 アサントホーエイの町で提供された館でも思ったがオレ達にはもったいない館だ。


「あれ? こっちは温水だ」


 館の中央に中庭ならぬ中池があり、そこは温水だった。

 周りには木々が青々と茂っていて、ここだけは春の様相だ。

 どうやら、この中池に水を注ぐ水瓶をもった神像は、温めの水を流しているようだ。

 海亀がすごい勢いで突っ込んでいき、しばらく苦闘したのち水に潜った。

 相当深いようだ。


「水が恋しかったぽいっスね」

「えぇ」


 しかも、中庭には沢山の果物がなっていた。

 名前は忘れたが、ヨラン王国で食べたことがある実だ。


「結構いいな、ここ」


 さっそくもぎ取る。


「お前は気楽だな。手紙の対応を考えなきゃいけないって時に」

「どうしますか? 恭順か、死……なんて」

「そうだな。とりあえず食べてから」


 いわれなくても大変な事態だと思っている。

 たぶん、待ち受けるのはギリギリの状況。つまりは、多分デスマーチ。

 だが、働くのは一休みしてから。


「気楽なんだから……あっちの果物のほうが美味しそうじゃない?」

「ミズキは見る目がないな。オレがとったほうがきっと美味しいさ。なぁ、ノア」

「うん」


 オレから受け取った果物にかじりつきつつ、ノアがコクコクと頷いた。

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