第330話 閑話 薄暗い一室にて、その2

 薄暗い一室にて、男が無造作に分厚い本をめくる。

 パラパラと乾いた音をたてながら、一通りページをめくった後、男がポイと本を投げ捨てた。

 地面に落ちた本から、いくつかの宝石が飛び散る。

 それは、本を飾る装丁の一部だった。


「目新しい事は何もないな」


 だが男は、見事な装丁の本が痛んだのを見ても、気にも留めない様子でけだるく呟く。


「言った通りだろう? 黒泣き星が、消えたことなんて一度もないのさ」


 部屋の椅子に座る老婆は、本をチラリと見て言った。

 男に対して呆れたように。


「空の真理を語り尽くしたという触れ込みも無駄だったか」

「言うのはタダだからねぇ」

「黒泣き星が、光を失ってからもう2月が過ぎた。何も起こらず静かなものだ」

「平和が一番さね」

「黒泣き星が消えた。黒の滴が現れる時に、ひときわ輝くあの星が。そう、有史以来、輝き続ける黒泣き星が一瞬大きく光り、そして消えた。答えが分かる問いはつまらぬが、答えは面白い」

「何が言いたいのかね?」

「黒の滴は破壊され、すでにこの世にないということだ」

「そうかもしれない。だがね、黒泣き星と、黒の滴は違うものさね」

「ふん。無関係ではない」

「では、関係あるとしよう。では、黒の滴はどうやって、破壊されたんだろうね。出会えば死を振りまく。あの水滴を? 誰が?」

「誰が? 考えるまでもない」


 男は立ち上がり、目の前にあった小さなテーブルの上に乗った。

 テーブルに広げられた地図は、ベリベリと小さな音を立てて破れるが、男は気にしない。

 小さなテーブルはぐらぐらと揺れるが、それすら男は気にせず足をバタつかせる。

 楽しそうに。


「ギャッハッハッハ!」


 それはそれは、楽しそうにゲラゲラと笑いながら。

 椅子に深く腰掛けた老婆は、ゲラゲラと笑いながら、テーブルの上で足をバタつかせる男を、呆れた様子で眺めていた。

 男は、そんな視線など歯牙にもかけない様子で、口を開く。


「足元の地図など、もう用は無くなったのだ。一番大きなくびきが取れた。予言の奴隷である時間は終わったのだ!」

「まだ断言するのは早かろうに……」

「いや、大丈夫だ。試した」


 男はそう言ってニヤリと笑みを浮かべる。


「試した?」

「あぁ」

「お前は、あれだけの目にあって、懲りていないのかい?」


 老婆は、笑みを浮かべ頷く男を見て、ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がり、彼を睨みつけ糾弾する。


「知るか! それに今回は犠牲者が出なかった」

「ふぅ」


 呆れたように老婆は深くため息をつく。

 それから、フワリと音も立てずに近づいた黒ずくめの女性に椅子をひかれ、老婆は椅子に座り直し、口を開いた。


「何をしたんだい?」

「ある国の予言の書に細工した」

「細工した?」

「あぁ。ほとんどそっくりだが1部だけ違う」

「まさか? わざと予言を破らせたというのかね?」

「そうだ。かってイフェメトが実験と称して使った方法を真似させてもらった」

「実験?」

「黒の滴を兵器として利用する方法だ。黒の滴は、予言の書を持つ者が、意図的に予言を破った場合、必ず発生する。だからこそ、試した」

「はぁ。それで……結果は?」

「何も起きなかった。ド派手にだ! ド派手に! 予言を破らせたにもかかわらず! 何も起きなかった! つまりは、黒の滴は破壊された、もしくは無力化されたのだ! そう、黒騎士を放った結果がこんな形で開花した」


 男は、テーブルから大きく飛び上がり、天井に吊り下がっていた小さなシャンデリアにつかまった。

 ギシギシと音を立てるシャンデリアにつかまったまま、クルクルと回り、笑顔の男は言葉を続ける。


「素晴らしい。素晴らしい活躍だった! あの黒騎士を放った、王城の道化どもはな!」

「黒騎士を放った? ん? そうか。つまり、黒の滴を破壊したのは、ノアサリーナ達だと? お前は考えているんだね?」

「そうに決まっている。あれほど豪快に予言をブチ壊していたのだ。黒の滴を壊せそうなのは、やつらだけだ!」


 足下より声をかける老婆を見下ろし、男が楽しそうに答えた。

 シャンデリアを天井につなぎ止めていた金具が1つはずれ、ガタンと大きく傾いたが、男は気にしない様子で笑う。


「可能性は……無くもないか。少なくとも、黒泣き星が大きく光り、そして消えさった日。それに前後して、あの者たちは、ギリアの地に舞い戻ったというからね。まるで空から落ちてくるように」

「空から、落ちるか。訳も分からずも、派手なところはやつららしい」

「摩訶不思議で、けったいな出来事なんて、ごめんだよ」

「ギャッハッハッハッハッ! 気にするな! それに気にしてもしょうがない! なぜならば、この世界は、これからもっともっと面白くなる!」

「はぁ。もう少し理解可能なところで、終わってくれるといいんだがね」

「ギャッハッハッハッハッハッハッハッハ!」


 老婆の嘆くような言葉に、男は部屋中に響き渡る笑い声で答え、言葉を続ける。


「予言という名の命令書を仕込み、それらカラクリの裏にいる者どもが引っ張り出される。これほど心躍る展開が待っているというのに! こんなに楽しい事が! 楽しい事が! ここで終わってもらっては困るのだ」

「そうかねぇ」

「そうだとも! 予言が破りたい放題の、最高のドキドキとワクワクが待つ未来だ!」

「何がドキドキだか」

「ギャッハッハ! だが、黒の滴が破壊されたと理解するのは、俺達だけでは終わらない。いずれ、多くの者が気付く。そして、世界が踊り出す! あぁ、しかし、しかしだ。惜しい、惜しいぞ」

「なにがだね?」

「結局のところ、やつらが何をしたのか、分からぬままだ。是非とも、会って見たい! 是非とも、やつらと話をしてみたい!」

「会いに行かれると皆が迷惑するんだがね」


 ため息をつく老婆を見ることなく、男はゲラゲラと笑いながら、つかまっていたシャンデリアから手を離す。


『ガゴン』


 大きな音を響かせ、無造作に落ちた男は、テーブルに背中をぶつけ、そのまま地面に転がり落ちた。


「だが、方法は考える! どんな手を使ってでも、俺は全てを見届けたいのだ!」


 床をゴロゴロと転げ周りながら男は、部屋中に響き渡る声で言い放った。

 1人椅子に座る老婆は、呆れた様子で男を見るだけだった。

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