第272話 しろくじゃく

「泣くなよ、ふたりとも」


 サムソンが呆れたように、オレとプレインに向かって言う。


「泣かずにおけるか」


 結局のところ、昨日は復活できなかった。

 食い過ぎでうんうんと唸っていたのだ。

 ようやくお腹が空いて減ってきたのは翌日。

 少しお腹が痛かったので、エリクサーを飲んで体調を整える。

 今日の朝飯を食べたところで、自分の愚かさに涙した。


「そうそう、昨日はこんな肉をさ、麺のようにして……」

「美味しかったです。肉で作ったフェットチーネって感じで。ソースとよく合ってた思います。思いません?」


 思うどころか、食べていない。

 多種多様な恐竜の料理。オレはその大半が食べられなかった。

 おかげで、皆の話題についていけず涙ぐむ。

 で、プレイン。

 彼は彼で別の理由で泣いている。

 なんと恐竜の卵を、遊牧民が手に入れてくれたのだ。

 大きな卵。

 鶏の卵のようにして使える。それを使ってプレインはマヨネーズを作った。徹夜して。

「恐竜の卵でマヨネーズが作れるなんて……夢でしたっス」

 プレインはつまり感動で涙を流しているのだ。

 そんな泣きながらのオレ達2人が食べているのは、恐竜の肉と野菜、それをマヨネーズで味付けしたサンドイッチだ。

 大量にマヨネーズを使ったサンドイッチ。これはこれでとても美味しい。

 恐竜の肉も美味しいし。

 ちなみにサンドイッチに使う肉は焼きたてだ。

 ステゴサウルスの体で作った窯の中で焼いた肉。まだまだ焼き続けているそうだ。

 大半の部位は昨日のうちに食べ尽くしてしまったが、まだ少しだけ余りがある。

 今食べているのがそれだ。

 堅い部位なので、焼きながら表面を削って食べる。

 通常は、削った破片をとりまとめて、葉野菜で巻いて食べるらしいが、サンドイッチにした。


「というかさ、リーダ、ちょっと食べ過ぎじゃない?」

「懲りないよな。お前」

「何事もほどほどがいいよ」


 ここ最近、ずっと、エルフ馬に熱中しているカガミとミズキに言われるのは釈然としない。


「ところでさ、イアメスにお礼をしようかと思ってるんだが」

「そうそう、あれびっくりしたよね」


 ノアのプレゼントに獣人達3人が作った男の子の人形。それが身につけいていた革靴と帽子。

 ノアが朝からぎゅっと抱きかかえている人形をみて言う。


「革靴なんて模様がすごく綺麗に刻まれていますよね」


 皆で口々にイアメスが作った帽子と靴について語り合う。

 チッキーから聞いた話によると、最初はイアメスの身につけていた靴を参考に、布で作っていたそうだ。

 それを見たイアメスが「それはいけませんゾ」と、言ったらしい。

 謝ろうとしたチッキーの言葉を遮り、イアメスは続けて言った。


「私の履いてる靴は、革でこそ輝くもの。たとえ人形であっても、私の人形を作るからには、そんな手抜きは見過ごせませんゾ」


 誰もイアメスの人形を作るとは言っていなかったが、チッキーが黙っているとイアメスはおもむろに自分の帽子を切り取り、代わりに靴と帽子を作ると言い出したそうだ。

 そうして出来上がったのが人形の身につけている靴と帽子。


「へぇ。すごく器用っスね」

「お礼をしたくても、あいつがどこにいるのかわからないのがちょっとな」

「それなんですが……チッキー、トーク鳥、連れてきてくれる?」


 カガミに声をかけられてチッキーが席を外す。

 ほどなく布にくるんだ1羽のトーク鳥を持ってきた。


「トーク鳥?」

「そうなんです。イアメス様、トーク鳥を忘れて姿を消したそうなんです」

「忘れてても大丈夫だろ。確か持ち主や決められた場所に戻るようにはなってただろ?」

「ただし、どちらの場合も離れすぎていると難しいらしいです。このまま返していいと思います?」


 確かに悩みどころだ。後で取りに来るかもしれない、忙しくて放置って事もありうる。

 せっかくだから、返してあげたいところだ。


「イアメス様の場所、だいたいでも分かればいいんスけどね」

「距離か……」


 あいつに関しては手掛かりがない。どこかの商会の所属と言っていたけれど、それが本当だとしても、商会の名前がわからない。もう少ししっかりと聞いておくべきだった。

 もっとも、商会所属というのも怪しい。だからといって、金獅子であった場合、本拠地まで行くというのは無しだ。当初、あいつは悪意を持って近づいてきた。イアメス以外の人間が悪意を持っている可能性は無視できない。

 さて、どうしたものか。


「トーク鳥を魔法で強化するってのはどうだ?」


 サムソンがアイデアを出す。

 魔法でトーク鳥を強化?


「そんなことができるんですか?」

「ほら、ハイエルフのお礼を受け取るときに使う、白孔雀。あれは世界樹へトーク鳥を飛ばすため専用ってわけじゃないぞ」

「トーク鳥を強化する魔法ってこと?」


 サムソンが部屋の片隅に置かれた本を手に取り、最後のページを広げ言葉を続ける。


「世界の果てまで飛ばすことができる……そうだぞ」

「トーク鳥を白孔雀に変化させてイアメス様の元に返すことが可能」

「理屈の上ではそうだな」

「素敵です。せっかくだから試してみたいと思います。思いません?」


 カガミが小さく両手を叩き、提案する。

 確かに、サムソンの開いたページにある白孔雀の魔法は、地の果てまで飛ぶことができる白孔雀へトーク鳥を変化させるとある。だからこそ、世界樹の頂上近くにあるハイエルフの里へとお礼を頼むことができるわけか。

 しかも、その大きな口で大量の物を運べるということも書いてあった。


「お礼になにか差し上げましょう、言葉と一緒に。いいと思いません?」

「いいんじゃないか」

「で、何にするの?」

「そうですね。巨獣の肉と、巨獣の肉から取った脂で作ったドーナツなんかどうでしょう?」


 巨獣の油でドーナツ?


「何それ、オレも食べたい」

「はいはい。じゃあ決まりということで」


 さっそくカガミがドーナツを作り、遊牧民達にもお裾分けをする。そしてオレも巨獣の脂で作ったドーナツを食べる。一応、お礼の品物だ。ベストを尽くすためにも味見は必要なのだ。

 期待先行だった分、普通のドーナツだったことにがっかりした。


「普通のドーナツだな」

「そうっスね」

「グダグダ文句いうなら、食べなければいいのです」


 いつの間にか側に来ていたヌネフと奪い合うようにドーナツを食べる。


「ドーナツも出来上がったことだし、白孔雀の魔法を使うぞ」

「では、ドーナツを袋に詰めますね」


 カガミがドーナツを作る間に、白孔雀の魔法陣を使う準備を整える。

 触媒はトーク鳥のみ。しかも、変化させるだけで、魔法が切れたら元に戻るそうだ。


「マジか。魔力が足りない」


 意外なことにサムソン1人では魔力が足りなかった。

 サクッと使える魔法とばかり思い込んでいた。

 オレとサムソンにプレインの3人がかりで再び魔法を詠唱する。


「久々だな、複数人で一つの魔法を使うのは」

「そうっスね」


 オレ達が魔法を唱えるのを、遠巻きに遊牧民たちも見ていた。

 何が起こるのだろうかと興味津々のようだ。

 詠唱終わった直後、トーク鳥は淡く白い光に包まれる。そしてビキビキと不気味な音をたてて姿をどんどんと変えていく。


「これって」

「孔雀じゃないじゃん」


 トーク鳥は大きな鳥に変化した。

 馬ほどある巨大な鳥。

 真っ白な体躯。半月を描く特徴的で大きなくちばし。

 見た感じ、それは孔雀ではない。ペリカンだ。


「うん、孔雀じゃないよね」


 孔雀の要素など全くない白孔雀は俺達を一瞥し、側に置かれたドーナツを凝視する。


「えーと、それを運んで」


 なんて言えばいいのかわからないので、適当に言ってみた。

 白孔雀は、アーンと大きなくちばしを開けて、ドーナツの入った袋を一飲みする。魔法的な力によるものだろう、飲み込んだ後パクリと閉じたくちばしには変化がない。

 サムソンが本を見ながら何かのキーワードを呟く。


「これであとは……持ち主にどうやって返せばいいんだろうな。トーク鳥と同じなんだが」

「トーク鳥と同じでちね」


 オレ達の様子を見ていたチッキーが前に名乗り出て、白孔雀の頭を数度撫でた。


「これで、トーク鳥だったら、決められた場所に戻るでち」


 だが、白孔雀は動かない。


「言葉を……言葉を……」


 いきなり喋り出した。

 言葉?


「何のことだろう?」

「ふむ、言葉を伝えるトーク鳥もいるでござるよ」


 人型のハロルドが声を上げる。


「そうなの?」

「そうねぇ。トーク鳥は簡単な伝言だったらできるものぉ」


 ロンロもハロルドに同意する。


「言葉か」

「イアメス殿はまだまだ伸びしろがあるでござる。毎日の鍛錬を積むべきでござる。拙者ならそんな言葉を伝えるでござるよ」


 なるほど。

 とりあえず、なんでもいいってことか。

 だが、カガミが何かを言おうとした瞬間、白孔雀は、バサッと大きな翼を広げ浮き上がる。


「もしや白孔雀! 白孔雀なのか?」


 遊牧民たちが次々と声をあげる。

 白孔雀って有名なのか。

 オレの思考はよそに、白孔雀は再び大きく羽ばたき、キィンという甲高い音を鳴らし飛び去った。

 きっとイアメスの元に戻ったのだろう。


「あれは、白孔雀ですよね?」


 ラッレノーが背後から声をかけてきた。振り向いてみると、驚きを隠せない様子で、オレと白孔雀が飛び去った空を交互に見ている。


「そうです。ご存知なのですか?」

「えぇ。吉報を告げる鳥として、大平原……いえ、南方諸国では有名です」


 そうなのか。

 もしかしたら、地上に降りたハイエルフが、世界樹にあるハイエルフの里と、連絡を取るために使った白孔雀が話の元になったのかもしれない。


「魔法で白孔雀を生み出すとは……」


 驚きの声が遠く離れた場所からも聞こえる。

 思った以上に、驚愕の出来事なんだな。

 それはともかく、イアメスのもとにお礼の言葉が無事届けばいいな。

 ん?

 よくよく考えたら、お礼の言葉を伝えていないことに気がついた。

 ハロルドの言葉を聞いてすぐに飛び去ったからな。

 ドーナツと一緒に手紙を送ればよかった。

 あとの祭り。

 まぁ、いいか。ドーナツ食えば察するだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る