第244話 かえりみちはおちるように

 演奏が終わり世界樹の下へ降りる時が来た。

 シューヌピアがノアの両耳を軽く引っ張る。


「こうやって私達ハイエルフは旅の無事を祈るんですよ」


 いきなりのことに目を白黒とさせ、ほんの少し両耳を抑えたノアに対して、いたずらっぽく微笑む。


「貴方達の飛行島は、私たちが責任を持って修理して後で届ける。だから、もうしばらくお貸しいただきたい」


 いつも通りの仏頂面でカスピタータは言って、一歩後ろへと下がった。

 その後、オレ達がリスティネルに促されるまま海亀の背に乗り、いよいよ出発といったときのことだ。


「さて、それではそろそろ行こうかな。その前にノアサリーナよ、クローヴィスを呼んでくれないか?」


 唐突なリスティネルの要望。ノアは少しだけ首を傾げたが、いわれるままクローヴィスを呼ぶ。

 特に問題なく、彼は現れる。興味深そうにキョロキョロとあたりを見まわし、オレ達に向き直った。


「どうしたの?」

「さて、其方にちょっと空の飛び方を教えてやろうと思ってな。前に見たのはどうも、そう、イマイチであったのでな」


 ニヤリと笑いリスティネルがクローヴィスに伝える。


「空の飛び方だって? ボクだって、すごく上手に飛べるよ」


 クローヴィスはその言葉にムキになって反論した。その様子をリスティネルは面白そうに眺めた後、ポイと金色に輝く鎖を渡す。


「なにこれ?」

「オホホホ。では頑張るがよい」


 クローヴィスの質問には答えず、リスティネルはそう言うが早いか、海亀を軽く蹴飛ばした。

 軽く蹴られたはずなのに、はじき出されるように、海亀は大空に投げ出された。


「おいおい」


 焦った調子のサムソンの言葉を最後に、急に無重力状態に襲われる。

 勢いづく落下の中で、ジャラジャラと鎖の音がする。

 ガクンと大きく揺れて、少しだけ落下のスピードが落ちる。

 クローヴィスが、銀竜に姿を変え、その口で鎖を噛み持ち上げようとしているのが頭上に見える。

 バサバサと大きく翼をはばたかせ、落下は止まり、逆に少しだけ浮き上がったようにみえた。

 だが、安心は出来ない。見るからに必死なクローヴィスを見ると、どこかで力つきそうで怖い。


「オーッホッホッホ。そうでは無い。そうでは無い」


 リスティネルの声が聞こえる。ふと見ると必死なクローヴィスのすぐ側にリスティネルは飛んでいた。まるで透明な椅子に腰掛けるようにして、優雅に飛んでいた。


「ングググンヌ」

「まったく、なんと口が悪い」

「ンング」

「竜は、鳥とは違う。はばたき飛ぶのではない。空を支配し、空を使役し、空と一体になるように飛ぶのだ。鎖と、その鎖が結びついたもの全てを自らとし、そして空を舞うのだ」

「ングング」


 クローヴィスのうなり声が響く。何か言おうとしているが鎖が邪魔になって口が開けられないようだ。


「オホホホ。何が言いたいのやら。其方の母親は、まだそこまで教えてなかったか。まったく過保護よ。さて、そろそろ限界かの」


 ゴウと突風が吹いた。

 あたりが急に明るくなり、海亀の周りを一匹の輝く巨大な蛇が巻き付いた。

 いや、蛇ではない。これは龍の体だ。巨大な龍が俺たちの海亀の周りを取り囲むように体を巻きつけている。

 その姿は、クローヴィスやテストゥネル様とは違う。二人の容姿が西洋の龍であれば、海亀に体を巻き付け、こちらを見ている龍は東洋の龍だ。

 ぜえぜえと四つん這いになって、海亀の背に降り立ったクローヴィスと、オレ達を龍の目がとらえた。


「私は金龍リスティネル。此度は見事であった」


 その一言でいろいろな疑問が氷解する。

 同じ一族だったからリスティネルはテストゥネル様やクローヴィスを知っていたのか。

 そしてそのままリスティネルに運ばれるように下に降りる。

 下に降りた直後、リスティネルは人の姿に戻り、いつものようにトコトコと歩いて近づいてくる。


「ひどいじゃないか」

「ホホホ」


 クローヴィスの抗議に耳を傾け、リスティネルは笑う。いつもよりは控え目に笑った後、リスティネルはクローヴィスに軽くデコピンをした。


「其方はまだまだよの。さて、東の方に人の気配を感じる。遊牧民を見つけ肉が食いたいと言えば食わせてくれるであろう。いくばくかのお金は払わねばならぬがな」

「町に行くんじゃないんですね」

「大平原の遊牧民は転々としておる。年に1匹だけ巨獣を狩り、それで1年を過ごす。そういう生活ゆえに、彼らは同じ場所に住まず、転々と寝床を変えるのよ」


 年に少しだけ働いて、あとは旅して暮らすか。話を聞く限り楽しそうな生活だ。


『ドン』


 大きな鈍い音が響いた。


「なっ?」


 反射的に、サムソンが驚きの声をあげる。

 次の瞬間あたりが暗くなる。

 振り返ってみて何事かわかった。


「あれってもしかして……?」

「恐竜」


 図鑑や映画でしか見たことのない、灰色の胴体をした首長の恐竜がそこにはいた。

 はるか遠くに長い首に支えられた頭が、世界樹の枝から生えている葉っぱをもしゃもしゃと食べている。たまに動く長いしっぽがズズズと音をたてて砂煙をあげる。


「大平原にそびえたつ世界樹。その世界樹に茂る大きな葉を食べ、身体を大きくし我が物顔で広大な大平原を所狭しと歩き回る。大平原に住まう巨獣。なかなかのものじゃろう?」

「大平原のお肉って、恐竜の肉だったのか」


 すごい!

 昔、古い古いアニメで恐竜やマンモスの肉を食べて暮らす。そんなお話があったがそれと同じことが体験できるかもしれない。

 ワクワクする。


「こんなの狩るって大平原の遊牧民ってすごいね」

「そうかもしれぬ。まぁ、全ては出会えばわかるだろうて」

「それならまずは東を目指すってことっスね」

「そうするがいいであろう。さて、別れが名残惜しいがそのうち会うこともあるだろう。ではな。私はそろそろ行くぞ達者でな。オーホッホッホッホ」


 アホみたいに高笑いしながらリスティネルは空に帰っていく。もっとも、ゆっくり空を飛び戻っていくリスティネルどころではない。


『ドン』


「わわっ!」


『ドン』


 首の長い恐竜の一挙手一投足に驚きっぱなしだ。

 尻尾の先はどんだけ遠いのだろうか。

 あっけに取られる。


「リーダ。どうしよう?」


 オレにしがみついて見上げるノアの頭をポンポンと軽く叩く。

 そうだな。

 パンパンと手を鳴らして、ノアに、みんなに宣言する。


「とりあえず、踏まれないように気をつけて、東に向かおうじゃないか」


 オレたちは、巨大な世界樹を後にして東に向かう。

 旅の再開だ。

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