第242話 つうはんのほん

 皆が、少しだけ暗い雰囲気を切り替えようとしていた矢先だ。


「……礼より前に、報酬のこともある」


 そんなそばから、カスピタータが神妙な面持ちで言葉を発する。

 気が沈んでいたから暗い言い方なのかと思っていたが、よく考えるとカスピタータはいつもこんな感じだったな。

 ーー兄さんはいつも堅苦しいんですよね。

 つい先ほどのシューヌピアの言葉を思い出し、少し笑う。


「そうだな。オレとしては、あの寝転がるとふかふかの布団になるあの布が欲しい」


 あれはいいものだった。報酬と聞いて真っ先に思いつく。快適ゴロゴロ生活は大事なのだ。


「私も」

「そうだ。あのシロップの出るツボが欲しいです」

「色々な味のシロップというか、調味料が出るツボっスか?」

「そうなんです、とっても可愛いと思うんです。皆もそう思うでしょ? 思いません?」


 可愛いかどうかは別として、色々な味が出せるなら便利だろう。調味料の種類が増えると考えれば、今後作る料理の幅が広がる。

 オレは、あの布団になる布は欲しいけれど、あとはよく分からない。


「まぁ、焦ることもあるまい。気が向いた時にゆっくり決めればよかろう」


 なんだかずいぶんとのんびりとした答えだ。オレ達が肉が食いたいということをリスティネルは忘れているのだろうか?


「でも、私達も何時までもこの場所に留まる訳にいかないですし……。お礼を決めるために滞在を延ばすというのも気が引けます」


 好意にいつまでも甘える気にもならない。

 それに自然は待ってくれない。雪が降り、肉が食えないのでは駄目なのだ。


「そういえば、面白い事情があったの。ホホホ。案ずるな、3日後には降ろしてやる」

「リスティネル様が? でも、何で3日後なんですか?」

「ゴンドラを使ってもよいが、急ぐのであろう? 今回は、褒美代わりに私が降ろしてやろう」

「3日後というのは?」

「世界樹の根元に人が多い。あまり降りる所を人に見られとうない。多少なら良いが、大人数だと誤魔化すのが面倒なのでな」


 なるほど。そうなると、時間はある。


「じゃあ、3日の間に色々何か考えときます」

「まぁ、別にそんなに急がなくても大丈夫じゃよ。10年程度ならワシらにとってほんのうたた寝程度の時間じゃ」


 長老がすぐ側にいた若いハイエルフから1冊の薄い本を受け取り、俺たちのほうに差し出した。

「これは?」

 深緑に染められた布張りの薄い本を手に取りぱらりとめくる。イラストとそれに文章が添えられている。

 おしゃれな図鑑といった感じだ。


「ハイエルフの里で提供できる目録じゃよ。それを読んで、もし必要な物があれば言えば良い」


 どういうことだ?


「ふむ、そういうことか」


 首を傾げるオレ達を見て、リスティネルが何かを悟ったように呟く。


「其方達はこの里から降りる前に、何を報酬として受け取るかを決めようと……決めなくてはならないと思ってるのであろう?」

「違うのですか?」

「降りた後でも、こちらまで文をよこせば希望の品を送ることができる」

「ふみ……手紙?」

「どういうものが提供できるのかが、そこの本で……手紙の送り方は最後のページじゃな」


 長老が先ほどの本を指差す。

 最後に魔法陣が書かれていた。

 触媒……トーク鳥?


「トーク鳥を触媒にする魔法? ひょっとして生贄?」

「それは、白孔雀の魔法じゃ。トーク鳥をほんのしばらくの間、白孔雀へと変身させることができる」

「白孔雀は世界樹にあるハイエルフの里まで軽々と飛ぶことができる魔法の鳥よな」


 その白孔雀に手紙を持たせ、ハイエルフの里まで希望を伝えれば、選んだ品を送ってくれるらしい。

 なんとなく通販を連想する。


「まるで通販だ」


 素晴らしい! 

 異世界で通販生活ができるとは。


「通販? どちらかといえば、結婚式の引き出物カタログというか、そんな感じかと思います。思いません?」

「あれだよ。パチ……」

「まったくお前ら、人のお礼をそんな表現するなよ」


 途中から頬杖をついて、窓から外を見ていたサムソンがツッコミを入れる。

 彼の視線を追って見ると、ふと慌ただしく動き回るハイエルフが目に映った。

 あの大騒動だ。後始末があるのだろう。


「気にしないでくれ。後始末は我らハイエルフがやる。恩人たる貴方達はゆっくりしてくれればいい」

「せっかくだから、上層を歩いて見ては? 皆さん、この家と飛行島を往復してばかりで行ったことないですよね。見晴らしがいいですよ」


 オレ達がハイエルフ達の様子を見ていたことに気がついたカスピタータが、まるで先手を打つように言い。それに続いて、シューヌピアが上層の散歩を提案する。

 手伝おうかと言おうとしたが、余計なお世話かもしれないと思い直し、カスピタータの申し出を受け入れることにした。

「そっすね。今日はいろいろあったし、ゆっくりするっス」

 そんなわけで、夕食まで散歩することにした。


「あの騒動、結構長いこと色々やってた気がするんすけど、終わってみると案外短い時間だったんスね」


 確かに言う通りだ。まだ夕方にもなっていない。


「最近、密度の濃い生活ばっかりだったけど、今日ほどじゃなかったです」

「そうだな」

「まぁ、今日明日はダラダラしようよ」


 のんびり気分で、ハイエルフの里を見て回る。


「この風景も見納めだね」

「感慨深いです。この通路も、ずいぶん慣れて歩けるようになりました。歩く時の音が良いと思います。思いません?」


 ことさらにカツカツと音をたて、板で出来た道を早足で先に進んだカガミが振り返って言う。

 笑顔のカガミが言うとおりだ。

 最初は、頼りなく感じた木の板で作られた道も、慣れると案外快適だ。落下の不安もなんのその。最初は恐る恐る歩いていたカガミが、軽くスキップするような歩調で歩るけるくらいまで慣れた。


「こうやって仕事抜きで見ると、外の景色もすごくいいっスね」


 確かに言う通り景色は良い。一面広がる青い空。地平線が見えたり、うっすらと山が見えたり、高高度から見るこの風景もなかなかオツなもんだ。

 のんびりと見て回った後はいつものような夕食。それが終わったら、皆でカタログを見ながら話す。


「この腕に巻き付く大弓っていうのが気になるっス。あ、尽きぬ矢筒ってのいいっスね」


 プレインは弓矢を使うことが多いから、弓矢を好むハイエルフ達の装備品に興味津々だ。


「これこれ、これなんか良さそう」


 ミズキが、小さな髪留めのイラストを指差す。


「髪の長さを変えられたり髪の毛の色が変わる髪留めかぁ」

「素敵です。私、すごく長い髪に憧れてたんです。いいと思いません?」


 ハイエルフの里で用意できる報酬が書かれたカタログ。色々な不思議な道具が書かれている。イラストがどことなくデフォルメされていて、一つ一つに書かれたコメントも楽しい。これだけでも1冊の読み物だ。


「そういえばさ、リーダの希望って通ったの?」


 ちなみにオレが報酬として貰いたいものはこの中にはない。


「ああ。快く了承してもらえたよ」

「リーダは何が欲しいっていったの?」

「飛行島にある兵器類。えっと、装備かな」


 たくさんの兵器類が飛行島にはあった。魔壁フエンバレアテなどゴツイ兵器がたくさんだ。

 オレは、それが欲しいということをカスピタータに伝えた。


「なんだか物騒なもの欲しがるよね、リーダ」

「お前、何と戦うつもりなんだ?」

「いや、戦うっていうかさ、ほら、なんか、古代兵器で武装するってかっこいいじゃん」

「確かにかっこいいな。でかすぎて取り回し面倒だろうけど」


 オレの言葉に、サムソンは賛同したが、他の人間はそうでもないようだ。

 古代兵器で武装って、かっこいいと思わないのかな。

 なんだかんだと言って、大きいので、個人で所有したり使おうという気にならないのかもしれない。

 もっとも、大きすぎて持ち運べないという問題は、影収納の魔法で解決出来る。つまりあの巨大な兵器類を、オレは持ち運ぶことができて、すぐに出せる状態にできるということだ。

 さすがにこればっかりは、鳥に運んでもらうわけにもいかないだろうから、今のうちに貰っておくしかない。

 中には、兵器を使用するために貴重な触媒が必要なものもあった。

 ツインテールが打ち込んできた巨大な魔法の矢なんかがそれだ。

 カスピタータが言うには、必要な触媒は残りわずかで、しかも作り方がわからないそうだ。

 もちろんそれについても対策済み、作れなくても増やせば良い。

 複製の魔法は、触媒の関係で使えなかったとカスピタータは言っていたが、オレには勝算がある。あのエリクサーさえ増やした、進化した遺物だ。

 財布の中にある小銭。まだまだ余裕がある。いざとなれば万札を使ってもいい。

 とりあえず、明日あたりに兵器類を受け取って、ハイエルフの里を観光しつつ、のんびり過ごそう。

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