第221話 閑話 穏やかな日々(ノア視点)
「いってらっしゃーい」
大きく手を振り、リーダ達を見送る。
ハイエルフの里に来て、もう早1ヶ月が過ぎようとしていた。
「トゥンヘル親方。できました!」
「おいらも!」
トッキーとピッキーはハイエルフの大工さん、トゥンヘルさんから大工仕事を習っている。複雑に彫り込んだ木を組み合わせてくっつける不思議な技術だ。
それを使って、海亀の背中に乗せた小屋を立派なものにすると頑張っている。
「うん。昨日よりもずっといい。さて、昨日作ったものと……こう組み合わせると……」
「椅子だ!」
「そう、椅子になる」
「釘も使ってないのに。トゥンヘル親方が座ってもびくともしない」
ハイエルフのトゥンヘルさんは、最初はちょっと怖い人かなと思ったけれど、とてもいいおじさんだった。
初めて会ったとき、トゥンヘルさんは怖い顔をして、長老様のお家をウロウロしていた。
カガミお姉ちゃんに矢を放って怪我させてしまい、ウンディーネに怒られてしまったらしい。一生懸命に謝っていたけれど、ウンディーネはゆるしてくれないのだとか。なんだか、可哀想になって、私達も一緒になってウンディーネにごめんなさいをしたら、ウンディーネは許してくれた。
そうしたら、仲裁してもらった恩があるからといって、大工仕事の先生になってくれたのだ。
他にも、世界樹の下の方まで降りて、とっておきの果物を取ってきてくれた。
「すごい大きなイチゴだよ。これ」
「いいっスね」
プレインお兄ちゃんもミズキお姉ちゃんもびっくりしていた。
その日の夜は、皆でその果物を食べた。大きなイチゴ。
ここ最近はずっとこんな感じだ。
朝、お仕事にいくリーダ達を見送って、夕方は皆でご飯を食べる。そして、その日にあったこと、思ったことをおしゃべりするのだ。
「トゥンヘル親方が、地上で旅をした話を聞きました」
「どんな話だったスか?」
ピッキーが、トゥンヘルさんのお話を始める。
「私はね、地上に降りて旅をしたことがあるのさ」
トゥンヘルさんはそう言った。
なんでも600年ほど前に地上に降りて旅をしたことがあるらしい。
続くお話は、リテレテを食べ過ぎてお腹が痛くなったという旅の思い出だった。
「おいらも、お腹痛くなったことあります」
ピッキーが嬉しそうにトゥンヘルさんに言う。
「おいしいもんな」
そう言って、ピッキーと一緒に笑っていた。私も笑った。
そして、そんなピッキーのお話を聞いて、リーダ達も笑った。
次の日は、チッキーとシューヌピアさんのお話だった。
数日に1度、シューヌピアさんが裁縫仕事をチッキーと私に教えてくれるのだ。
「いたぃ」
「あぁ、大丈夫? ……ちょっと血止めの……」
「大丈夫でち。お祈りすれば治るでち」
慣れた調子で、お祈りしてチッキーは針で怪我した指を治してしまう。シューヌピアさんはびっくりしていたが、チッキーはよく指を刺してしまうので慣れっこなのだ。
「チッキーは、ちょっと布を持つ手が近すぎるのね。こうやって、この辺りを持って……」
シューヌピアさんが、目の前でゆっくりと実演してくれる。
ゆっくりなのに、私とチッキーよりもずっと早く布が縫われていく。
「すごい。針子さんみたいでち」
チッキーは裁縫があまり得意ではなかったそうだが、どんどんと上達していて楽しそうだ。
ここ2・3日は、めったに針で指を刺さなくなった。
「へぇ、人形の服か」
チッキーのお話にサムソンお兄ちゃんが感心したように頷く。
「お嬢様と一緒に、お人形の服を作るでち」
「そうか。それなら、俺も手伝ってやるか」
「サムソンお兄ちゃんが?」
それは、私がチッキーと一緒に裁縫のお勉強をした話をした時だった。私の宝物、人形のチェルリーナの服を作るのだ。
「今、魔法で服を作ろうと試行錯誤してるから、そのついでだ」
サムソンお兄ちゃんは魔法で服を作ると言っていた。
すごい。
でも、私はまずは魔法ではなく、自分の手でつくるのだ。
昔見たリーダのように、自分で袋を作ってお花の絵を縫ってみたい。
それに、たまにリーダ達の手伝いをする。
今日はそんな日だ。
お出かけしたリーダ達がすぐに戻ってきた。
「今日は、大仕事だ」
「小さい飛行島の場合は、皆で手分けしてバラバラにやるっスけどね」
「でも、大きい飛行島だと魔法陣大きくてさ、手伝って欲しいって感じ。ノアノアお願い!」
私はお願いされたのが嬉しくて、頑張ってお手伝いする。
「この魔法陣……真ん中の辺りが読めないんです。ノアちゃんはどう?」
カガミお姉ちゃんに分からないものが、私に分かるわけがない。
「分からない……」
「そうですか。もし何か気がついたら教えて欲しいと思うんです。どんな些細なことでも、お願いね」
「皆で考えれば、いつかヒントくらいは見つかるかもしれないしね」
俯いて首を振る私に、カガミお姉ちゃんはいつものように、お願いと言ってくれる。
リーダも一緒に考えようと言っている。
一緒に。
そう、皆一緒にだ。
私も一杯考えよう。あとでロンロとお姉ちゃんにも相談しよう。
でも、まずはお仕事だ。
考えながらのお仕事は、私にはまだ無理だ。
だからお仕事に集中だ。
壁に張ってある魔法陣をみて、描き写していく。
「ノア、その下の辺りをお願い」
「あっちから、こっち?」
「そうそう」
「まかせて、リーダ!」
すぐに私でも出来るという確信がもてた。ずっと魔法の勉強をしていて、同じ事は何度もやっている。だから、思い切り大きな声で返事した。
それからは、お仕事に夢中になって、考える間もなく夕方になっていた。
「今日はこれくらいかな」
「そうっスね」
「あー。疲れた。お腹すいちゃった」
私も、お腹がすいた。
「今日はなんだろうね」
リーダの言葉に、考える。
昨日はチーズ焼きだった。ハイエルフのチーズは世界樹の樹液で作るといっていた。
「樹液って、なんだかオレ達カブトムシみたいだな」
リーダは笑っておかわりしていた。
その前は、山盛りのサラダに、プレインお兄ちゃん特製のマヨネーズ。
前の前は……。
「今日は、どんなご飯なのかな」
「楽しみだね」
長老様のお家へ帰る途中、足下まで広がる夕暮れを背にして、私と手を繋いだリーダが笑って頷いた。
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