第219話 ゆめはひろがる
ウキウキ気分で長老の家へと帰宅する。
すでに夕食の準備は整っていて、チーズの焼ける良い匂いがする。
エルフのチーズは材料が地上のそれとは違うらしい。
そんな夕食の時、エルフの工芸品についての話になった。
「不思議な道具が沢山あって、昨日は驚きました」
「ふむ。例えばどのようなものに驚かれたのかね?」
「身体を包むと膨らむお布団とか……」
「夢見カイコで紡がれた、眠りの布か。確かに、地上にはないのぉ」
「このビスケットも、この場所で初めて食べたよね」
「気に入っていただけて何よりだ」
オレ達の感想に、長老は嬉しそうに笑った。
「眠りの布……もし宜しければ、差し上げましょうか?」
今日から、しばらく長老の家に滞在することになったシューヌピアが、そんな申し出をする。
「宜しいのですか?」
「えぇ、無理なお仕事をお願いするのですから。それくらいは。それに兄も、報酬を渡すと言っていませんでしたか?」
「確かに、エルフの工芸品を頂けるとか」
「えぇ。世界樹の枝で作った杖や、世界樹を舞う鳥の羽で編んだ服。腕に絡みつき姿を消す大弓……他には、200年かけて編み上げた絨毯……いろいろですね」
エルフは寿命が長いからか、軽い調子で200年かけて編み上げたなんて言葉がでてきた。200年は人の一生よりも長い。
「200年ってのは凄いっスね」
「人にとってはそうじゃな。我らにとってはそこまで長い話ではない。世界樹の枝で杖を作るにしても30年かけるからの」
オレと同様の事を考えていたプレインに、長老は大したことが無いと謙遜したように笑う。あの調子だと、1つ完成させるのに10年20年はざらにありそうだ。
報酬も凄そうだし、やる気がでてくる。
「何か希望の品があれば教えて下さい」
「ありがとうございます。でも、報酬より仕事が先ですしね。時間もありますし、じっくり考えてみます」
最初の出会いが最悪だった反動からか、ハイエルフの皆さんが輝いて見えてきたところで、1日を終える。
「やったね。楽しい仕事の始まりだ」
翌日、少し早起きしてからの食事が終わり、現場へと向かう。
とりあえず優先して片付ける91個の飛行島に取りかかる。
どれもこれも、状況は同じ。
魔法陣がそれぞれ所々風化していて、消えかかっていた。そのため、魔法陣が完全に残っている飛行島と見比べて欠けているところを埋めるように、上書きする。
「魔法陣が欠けているのに、どうして浮いていられるのか不思議に思うんです。思いません?」
「確かにカガミ氏のいう通り妙だな。いままで検証できた魔法陣のルールとは違う。どういうことだ」
手を動かしながら、考える。
だが基本は単純作業。
保存状態のよかった飛行島にある魔法陣を、ハイエルフが描き写したものがあるので、それを参考に他の不完全な魔法陣を修正していく。ただ、それだけの話だ。
時間はかかるが面倒くさい。
なんとか対策して、楽に、素早く進めたいものだ。
「これはひょっとして……」
単純作業を半ば放棄し、魔法陣そのものの解析を進めていたサムソンが、唐突に声をあげる。
「ん? 何か分かったのかサムソン」
「この魔法陣」
ハイエルフ達が写し取った魔法陣が描かれた紙をパシパシと手で叩き、サムソンは続ける。
「読めるところは、オレ達が住んでいた空飛ぶ家、あれとほぼ同じだ。だが、詳細が一部違う」
「でも、読めないところもあるんだよな」
「読めないところは、読める部分の挙動から推測できる」
「さすがサムソン。そんなことが出来るんですね」
「読めないところは、浮かせる部分と、具体的な移動についての挙動を司っているようだ」
「じゃあさ、読めるところは?」
「どういう風に移動させるか……上昇するのか、下降するのか、前に進むのかどうか、そんなことを外部から読み取り、読めない部分にデータを受け渡す。データの取得と受け渡し部分だな。つまりは制御部分。魔法陣の読めない部分以外は、全部制御関係で埋め尽くされている」
サムソンが、魔法陣を指さしながら挙動を説明する。
「あぁ、この引数が、こちらの魔法陣に渡されて……なるほど、これって型変換が自動でされている感じですね」
「サムソン先輩のメモによると……この氷菓子って単語……唐突にでてきてるコレって、変数名だったんスね」
魔法の話をしている気がしない。
もっとファンタジックな話がしたい。
「この魔法陣の構成、なんとなくは分かりますが……ウッドバードに似ていますね。特に、ウッドバードの制御部分を彷彿とさせると思います」
ウッドバード……ゴーレムを作るときに参考した魔導生物だったな。魔法で作り出す無機生物。確かに浮いて動かす所は似ている。それに、あれも浮かせる部分と、どういう風に動かすかの部分が、別れていたな。確か、1つの魔法陣の中に円が複数あるタイプだったはずだ。
「なんにせよ、解析が進んでいるならサムソンは引き続き調べてくれ。どうせ、今やっているのは単純作業だ。オレ達だけでなんとかなる」
「悪いな。だが、あと少しな気がするんだ。きっと空飛ぶ家を再現してみせるぞ」
サムソンがやる気に燃えている。
せっかく、勢いにのってるんだ。まかせるほかない。
というか、サムソンは1つの事が気になると、仕事が進まなくなる。
いつものことだ。
そして、いつものように、先に気になる部分に集中してもらって、解決したらメインの仕事に復帰してもらう。
なんだかんだ言って、このパターンが一番物事がスムーズに進む。
それに、もしかしたら何かすごい発見があるかもしれない。
「あのさ」
「どうしたんスか? ミズキ姉さん」
「これがもし、制御用の魔法陣で、それ以外の機能がないのだとしたら、浮かせる魔法陣が別にあるってことじゃない? ホラ、バイクで言うとハンドルがこの魔法陣だったら、エンジンは別ってことでさ」
「なるほど、そう考えれば……」
目の前の魔法陣が大きく欠けていても、飛行島が落ちない疑問も解消する。
とりあえず、ちびちびと作業を進めるサムソンに魔法陣の解析をお願いし、オレ達は仕事を進める。加えてロンロは、飛行島を徹底的に調べてもらうことにした。
エンジンの代わりとなる魔法陣を探すためだ。もし、その魔法陣もしくは仕組みを見つけることができれば、オレ達で空飛ぶ家を作り出すことができる。
そうしたら、旅はもっと快適になるし、これからの夢も広がる。
空飛ぶ家に乗って、寝ている間に大平原。いつでも美味しいお肉。
「天空の城とか作っちゃったりしてね。あれよりもっと大きなの」
「そうっスね」
「面白そうねぇ。頑張るわぁ」
ロンロも前向きだ。
道のりはまだまだ長いが、仕事には報酬があり、しかもプラスアルファで空飛ぶ家が手に入るかもしれない。
そして仕事が終われば、世界に名を轟かせる肉料理。
世界樹に来てから、いいことばかりだ。
そう……オレ達は、大きな落とし穴に気がつくことなく、のんびり好き勝手に仕事を進めていた。
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