第210話 おそらのなかでのしょくじ
魔法陣を転記してからの、パソコンの魔法での解析は微妙な結果に終わった。
つらつらと長いプログラムのソースコードが表示される。
だが、解析できたのは一部分だった。解析できない部分があった。
念の為、目視で読めるかどうかに挑戦する。
ところが、大きな魔法陣の、さらに中央あたりは理解不能だった。文字がまったく読めなかったのだ。
こういうことは初めての経験ではない。オレがこの世界にきたときオレの足下にあった魔法陣もまた、全く読めなかった。
何か秘密があるのかもしれない。
「読めるとこは、オレが全部調べる。後は任せるぞ」
サムソンが、読み耽るからしばらく部屋に籠もるといって、広間から出ていく。
「台所に行ってきます」
カガミが席を外す。トタタっと軽快な足音をたててチッキーも後をついていった。
「今日はおいら達も手伝うです」
トッキーとピッキーも台所へと駆けていく。トッキーとピッキーは、朝から晩まで働き詰めだが大丈夫なのだろうか。楽しそうなので心配しているわけではないが不思議に思う。
「私、疲れちゃった」
ミズキはどこからかお酒の瓶を取り出して、コップにつぐ。とっくりに似た見たこともない容器にはいったお酒をみて、これまた不思議に思う。
「どこにあったんだ、それ」
「あの辺」
ぐっとのけぞって、ミズキは広間の隅にある小さな扉付きの棚を指さす。
「すごいよな。よく見つけるもんだ。それによくわからないものを飲もうとする勇気にびっくりだよ」
ミズキは不思議な嗅覚で、お酒のありかを見つけ出し、的確に行動する。
その冴えわたる勘と、行動力をもっと別のことに使えばいいのに。
「リーダもさ、おつまみか何か出してよ」
「はいはい」
魚の干物を取り出す。
「ありがとう……ちょっと、あぶるかな」
ミズキは干物を取って台所へと向かう。しばらくして「えっ、私もやるの?」そんなミズキの声が聞こえてきた。
オレはロッキングチェアを影の中から出して、腰掛けて、ゆらゆらと揺れる。
この家は一体何処に向かっているのだろう。
窓から見える雲の動きから一定の方向に向かって進んでいるのがわかる。何か目的地があるのだろうか。
そんなことを考えているうちに料理が出来上がったようだ。
パタンと扉が開き、良い匂いが漂う。
鳥を焼いたもの、ロック鳥の肉だ、それにパンと野菜。
ぞろぞろと料理をもった面々が広間へと入ってくる。よくよく見ると、オレとサムソン以外は皆料理をしていたようだ。
テーブルに所狭しと並ぶ料理の数々。
材料はオレの影の中にあったもので、取り出したのもオレ自身なので、どんな料理が出来上がるのかは予想ができる。
だが、今日はずいぶんと力が入っていた。メインは久しぶりの肉料理だ。焼き上げられた大きな鶏肉がまぶしく、ハーブと肉の匂いが相まって美味しそうだ。ほかにもたくさんの品々。
並べられた料理のうち、一品だけ見慣れない肉料理があった。
一見、照り焼きだが、複雑な包丁細工がされた肉料理。
「それ、テンホイル遺跡にあった魔法陣をつかって作ってみました」
物珍しそうに見ていたオレにカガミが説明する。
「そうそう、触媒が鶏肉で、魔法を使うと料理になっちゃってさ」
ミズキがそんなことを言いながら、さらに盛られた肉を一切れフォークで刺し、持ち上げ言葉を続ける。
「これ、肉自体に味がついてるんだよね」
そういってパクリと口にいれた。
オレもミズキにならって食べてみる。肉に塩味がついているが、すこしパサついた食感だ。例えるなら、レトルトカレーに入っている肉。
「レトルトっぽいね。オレはいつもの料理の方が好みかな」
「そうっスね」
とはいうものの、肉に魔法をかけると料理になるというのは面白そうだ。
こんなことなら、皆と一緒になって料理を作ればよかったと少し後悔する。
「サムソンお兄ちゃん出てこないね」
いつものように皆で囲む食卓で、チラチラと小部屋に続く扉をみながらノアが心配そうに呟く。
ノアを無駄に心配させたくないと考えて、ちょっとした小話をすることにした。
「そうだね。あいつは昔から一つのことに熱中するとずっとあんな風になるんだよ。周りが見えなくなるというか、何というか」
「サムソンお兄ちゃんと、リーダは昔からの知り合いで、リーダの先生だったこともあるんだよね」
「そうそう。ノアはよく憶えているなぁ」
「さっき、サムソン先輩を呼んだら、適当に残しといてって言われたっス」
「平常運転だな」
「あれが……」
ミズキが、フォークで串刺しにした肉の塊を頬張りながら、あきれた様子でサムソンのいる部屋を見やる。
「昔、会社の飲み会で、何かを思いついたのか割り箸が入っていた紙に延々と何かを書きながら考え込みはじめたことがあってさ」
「へー」
「それでさ、そんな時に、急遽顔を出した社長がちょっと醤油を取ってくれって言ったんだけど、その時、あいつ、顔も上げずに自分で取れよとだけ言って、場を凍り付かせたこともあってさ」
「サムソンが社長に喧嘩を売ったって噂の出所って……それ?」
カガミが半笑いになってオレを見る。
「あぁ、それだ。なんか話に尾ひれがついてそんな話になってるよな。ともかく、そんな感じで一つのことに熱中すると、全部が全部カラ返事だよ」
「そっか」
ちょっとした成り行きで、食事中にしたサムソンのプチエピソードに、同僚達は微妙な表情になり、ノアやトッキーは嬉しそうに聞き入っていた。
当のサムソンは、オレ達が料理に舌鼓を打ち、一通り食べ満足した頃になっても、一向に部屋から出てくる様子はない。
「あぁ、大丈夫だ」
ノアが扉をノックしたときも、のんびりとした調子で、そんなカラ返事が返ってくるだけだった。
「全部食べちゃったから、サンドイッチを作ってきました」
カガミが、即興でサンドイッチを作り、小部屋へと入っていく。
ノアも、カガミについていくように飲み物を抱え部屋へと入っていった。
「それにしても、この家ってどこに向かってるんスかね」
「さぁな。せめて止めようと思ったんだが、2階の絵も反応しなかったし、何かが足りないのかもしれないと思ってるとこだよ」
「そうっスね。文字がちょっと光ったんでうまくいくかなと思ったんスけど、からっきしでしたね」
「あのさ、ちょっと思ったんだけどさ、もしかしたらノアノアのマスターキーを使ってなかったからじゃない?」
ミズキの言葉で、屋敷の祭壇を使う時もマスターキーを使わなければ反応しなかったことを思い出す。へたに文字が光ったから、マスターキーをつかうところまで思いつかなかった。確かに、この家がギリアの屋敷と同様の存在なら、マスターキーが必要にならないとおかしい。
そもそもマスターキーの呼びかけに反応して飛んできたのだ。
すぐにノアからマスターキーを受け取り、二階へと向かう。
当たりだ。
1行目、起こすを呟く。
小さく家自体が振動した。4分割されたテーブルの縁に黄色い光が走り出す。
「正解みたいだ。反応があった」
「なんか動き始めたといった感じっスね」
「2行目はどう?」
2行目、眠りを呟く。
中央にやって4分割のテーブルが、バターンと音がして一つにまとまった。切り込みが消え。円形のテーブルに姿を変える。
直後、大きく上下に揺れた。
「あのテーブルが閉じたっていうことは、動きを止めるかもしれないですね」
カガミの言葉に、軽く頷き窓から外を見る。
外は真っ暗でよくわからない。
食事して、いろいろやっているうちに夜も更けていたようだ。
広間に戻ると広間のテーブルに突っ伏してノアが寝ていた。チッキーもミズキも。トッキーにピッキーもだ。
クローヴィスも床に転がるように寝ている。寝ぼけたクローヴィスに尻尾を掴まれて迷惑そうなハロルドが降りてきたオレ達を見上げ「アウアゥ」と情けない声を上げる。
飲んだくれて寝ているミズキ以外は、なんとか頑張って起きていようという意思が感じられた。無理しなくてもいいのにと思いながらも、笑みがこぼれる。
「皆疲れたちゃったみたいですね。ミズキ以外」
そっとクローヴィスの手を解いてハロルドを助けながら、カガミが小さく笑う。
「さて……クローヴィス君を床に転がしとくわけいかないっスね」
「簡易ベッドとハンモックを出すよ」
影からベッドを取り出し、広間へと配置する。何度も、同じように寝る準備を整えているだけあって、静かに手早く進められる。
「明日も、この家を調べたほうがいいと思います」
隣の小部屋に、まるでゴミを投げ込むようにしてミズキを投げた後、こちらを振り返りカガミが言う。ミズキの扱いはともかく、言っていることは正しいと思う。
「サムソン先輩、眠るつもりはないっぽいス」
続くプレインの言葉で、今後の方針を決めた。
「そうだな。今のところ、一面海だ。降りるのは陸地がみえてからでもいいだろうな」
「では、それまでは、この家を調べる方針?」
「当初の通りね。うまくしてこの空飛ぶ家が自由にできたら嬉しいしな」
結局は初志貫徹。
当面この家を調べ、うまくして空飛ぶ家を手に入れる。
そして、それは漂流生活の再開でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます