第200話 ピッキー、おこられる

 ゆっくりと気球は下りていく。


「どこへ行くんでしょうか」

「中層一番したのフロアです。ミズキ様の持ち物、それにあなたの友人方を、そして主であるノアサリーナ様を迎えましょう。それから上層部の大神官室でお話を伺いたいと考えております」

「何だ、もう調べがついてるのか」

「それはもう。ケルワッル神殿にて、契約をした時から皆さんのことは把握してましたよ」


 気球の中で待っていた若い神官が答える。よく見ると、確かに地上にあった神殿で契約手続きをした神官だ。

 年老いた神官が付け足すように言葉を続ける。


「特に呪い子だからといって、どうこうするつもりはありません」


 そりゃそうだろうな。誰も警戒の声を上げなかった。ハロルドも、ヌネフも、そしてモペアも。

 今話をしているこの時も、敵意を感じない。


「むしろ皆さんはのことは好ましいとさえ思ってますよ」


 若い神官がこっそりとつぶやく。


「それは一体どうしてでしょうか?」


 意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。


「信徒契約をされた獣人の子供3人。彼らの態度からとても大事にされてると感じました。それに、あの子達はとても良い教えを受けている。一介の奴隷に、あれだけ心を砕き、結果として忠誠を示されるのです」

「忠誠?」

「皆さんのためになけなしの財産さえ差し出そうとしたではありませんか。それに信徒である以上、あの子達と味方であろうとは思っております」


 なるほど、確かにそうかもな。獣人3人のひたむきさにオレ達は助けられているのを実感した。

 それからほどなく全員と合流し、ミズキが服を着替えて戻ってくる。


「聞きました、大事なくて良かったと思います」

「ミズキ様が、空が赤いって言って、ドーンって飛んでいったでち。かっこよかったでちよ」


 チッキーの言葉から、本当に一瞬で判断して駆けつけてくれたことを知る。その一瞬の判断がなければ間に合わなかっただろう。

 本当に、皆のおかげで快適に、そして無事に過ごせていると実感するばかりだ。

 そして今度はゆっくり気球は上がっていく。中層を超えて、上層まで。

 すぐ近くに飛空船が泊まっていた。

 まるで海に浮かんでいるように、静かに揺れている。

 木造の巨大な船だ。沢山の魔砲が備えてあり、船首には青く半透明な女神像。船体を補強するように打ち付けられた金属の巨大な盾には、それぞれ違う図柄の紋章が描かれている。

 そんな船が、何隻も、泊まっていた。


「勇者は、聖剣を手に入れるべく訪れているのです。きっと、今回は神々に認められ、かの聖剣を引き抜くでしょう」

「2体の精霊を擁し、数えきれないほどの精鋭にて此度の勇者達は、勇者自身の資質もあいまって歴代最高と言われているのですよ」


 飛空船を間近で見て「すごい、すごい」と言うオレ達に、解説するように神官が語る。

 ほどなくして到着した大神官室には1人の女性が待っていた。中年のおばちゃんっていった感じだ。白い神官服を着て、威厳があるのでこの人が大神官なのだろうと思った。

 それから一通りの話をする、ロンロに似た女のことは黙っていた。

 殆どは相手方の話したことについて、正しいか正しくないか、何か付け加えることがあれば発言するといった流れだった。

 双剣の女、彼女は呪い子エッレエレと言うらしい。

 有名な二つ名持ちで、その持っていた剣から、誰かが判明したということだ。

 教えてもらったのは、それぐらいだ。後は、監視付きということながら、しばらくの滞在を認めてもらい解き放たれた。


「監視されても、別にやましいことしないしな」

「そうですね、では一旦宿に戻りましょうか」


 宿に戻ってこれからのことを話し合う。


「とりあえず、これからどうするんだ?」

「まぁ、しばらくここを観光して、それからまたどこか適当な所に行こうか」

「そうそう。さっきあの大神官の部屋からさ、すごいものが見えたんだよね」

「ボクも見たっス。遠くなのに、大きな木が見えましたっスよね。なんか縮尺間違ってるんじゃないかってのが」

「ワンワン!」


 キャンキャンと鳴くハロルドを見て、ノアに呪いを解除してもらう。


「これからのことを話すにあたって、拙者も混ぜてほしいでござるよ」


 重大な話をするのかと思った。

 ここに来てから、気楽なオレ達が心配で、自分だけはと敵がいないか気を張っていたので、すこし気晴らししたいそうだ。

 そんな愚痴にも似た話がしばらく続いた。


「そうですね。うん。そういえば、気楽すぎたかもしれません」

「ハロルド、いつもありがとう」

「なんの、姫様。おそらくカガミ殿や、プレイン殿が見たのは世界樹でござろう」

「世界樹?」


 ゲームなんかで聞くな。凄い木で、葉っぱが役に立つ印象だ。


「そうでござる。ここから北にある大平原に世界樹があるでござる」

「世界樹って登れるんすか?」

「いや、登ることも、空から近づくこともできないそうでござる。神聖な木でござるし、それに世界樹の守り手というものが出て、登ることを許さんでござるよ」

「それじゃ、近くで見るだけになるっスね。でも、あの大きさ……近くでみても、ただの壁って感じに見えそうっスね」

「ただ、世界樹のある大平原には遊牧民が住んでいるでござる。彼らは、大平原に住む大型の野獣を狩る狩人でござる。そして、彼らの捕らえる野獣の肉は一生に一度は食べてみたいものとして名高いでござるよ」

「すごそうっスね」

「拙者が聞いたのは、身の丈を遙かに超える巨大な肉の塊を、5日かけて焼いて、それを皆で食べる話でござった」

「何それ、食べてみたい」


 確かにハロルドの話を聞いて俄然食べてみたくなった。


「じゃあ、観光した後は世界樹を見に行こうか」


 というか、肉を食べに。

 焼き肉だ。焼き肉パーティだ。

 そんな話をして終わる。

 とりあえずは観光再開だ。

 都市ケルワテは凄く大きい。

 そして、中層はショッピングモールのような作りだが、下階層、そして上部階層は一面居住区であったりするそうだ。全ては神の加護によって運営されているという。例えば、水が下から上に持ち上げられたり、数匹の聖獣が規則正しく巡回し清掃を行っていたりと、元の世界の常識では考えられない仕組みによって、この都市は運営されている。


「とまぁ、そういことヨ。あ、これ、リーダ様が、うまいうまいと言ってたケルワテの軽食ヨ」

「なんで、監視役がフレンドリーに、食べながら教えてくれるんだ?」


 サムソンが、最後尾を食べながら歩くリスの獣人をみやりぼやく。

 ちなみに、彼女が食べている饅頭のお金は、カガミが出していた。


「さぁ」

「でも、監視といいつつガイドしてくれるわけですし、良いと思います。思いません?」


 宿で朝食を取っているときに、監視役を名乗る彼女がトコトコと近づいてきたときは、驚いた。


「おはようございます。皆様を監視させて頂くエテーリウと申します。ご不快にさせないように務めますので、お見知りおきを」


 そう言ってうやうやしく礼をした彼女を振り切る理由もないので、同行することを承諾する。

 と思っていたのに、同行どころでなかった。よく喋る。2日目には、カガミに食べ物をねだっていた。もっとも、おかげで色々とケルワテのことがわかったのも事実だ。

 彼女の案内で、美味しいものも色々教えて貰う。

 食べ物は大抵が果実だ。果実でハンバーグのようなものを作ったり、果実で酒を作る。

 甘い物、味がない物、様々だ。

 肉や魚も多少は出るが、殆どが果実。モペアもここの果実は、どれも良いものだと太鼓判を押してくれた。

 最初は、店の軒先で果物をバシバシと景気よく切り刻む姿が興味深く、甘い果物がとても美味しかった。

 だが、限度がある。3日目には、飽きてしまった。そうなってくると、味がない果物が途端に美味しく感じてくるのが不思議だ。

 そんな中でも獣人とノアは果物に飽きる様子がなかった。

 特に何種類もあるリテレテに、獣人達3人は目を輝かせていた。


「兄ちゃん、これ皮ごと食べられるんだって」

「あたち達だけで食べていいでちか?」


 大好物なのは知っているので、驚きはなかったが、よく飽きないなと妙な意味で感心する。

 美味しそうに食べるので、ついつい皆の財布も緩くなっていた。

 もっとも、そんなに高い物でもないので、好きなだけ食べればいいとは思う。


「イテテ……」

「あのピッキー、大丈夫? どうしよう、お腹が痛いって……」

「兄ちゃんは食べ過ぎでち」


 ピッキーが食べ過ぎてお腹が痛いという話になり、チッキーに怒られていた。

 エリクサーを飲ませようとしたら、チッキーに止められた。しばらく懲りなきゃダメだと言う。


「大事なさそうだし、チッキーに任せますね」

「あれだ、ピッキー、がんばれ」


 しょうがないかと任せることにする。

 神官がついてくれるというので、宿に獣人3人を置いて、観光を続ける。

 観光のついでに、次の目的地への手配も忘れない。


「ここから近いのは……、ナーボスタスだヨ。気球で3日。そこからなら、どこでもいけるトヨ」


 監視役エテーリウに、世界樹への行き方を聞いたところそんな答えが返ってきた。

 ここから、いくつかの島を渡った場所にあるそうだ。

 さて、いろいろあったケルワテともお別れ。次の目的地をめざすことにしよう。

 だが、この時のオレは知らなかった。

 このケルワテで、もう一件だけ、ちょっとした事件を起こしてしまうことに。

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