第198話 そのもくてきは

「そうか、ちょっと痛くて考えがまとまらない。だからさ、剣を抜いちゃくれないかな。そうしたら、答える。だから命も助けてほしい」

「良いでしょう。エッレエレ」


 フワリと双剣の女の側へとロンロに似た女は近づき、命令するように声をかける。

 双剣の女は、無言で剣を引き抜いた。だが、抜いた剣を鞘に収めず、無造作にオレの身体を何度も突き刺した。


「あぁっ……くそ! 助けてくれるんじゃないのか」


 いきなりザクザクと刺してくるなんて予想外だ。痛みに意識が飛びそうになるのを必死にこらえる。意識が飛べば起動中の魔法が解除されてしまう。


「もちろん。命は助けます。大丈夫、まだまだ死なないでしょう? ねぇ?」


 痛みに呻くオレを楽しそうに眺めてロンロに似た女は笑う。

 双剣の女は虚ろな瞳でオレを見下ろしている。手に持つ剣は、顎の辺りに突きつけられたままだ。


「実のところ、私も、詳しく知ってるわけではないんです」


 かなりムカつくが、何も言わないわけにもいかない。


「あら、そうなのですか」

「私が知ってるのは、ロンロという女性なのです。たまに分からないことがあるとアドバイスをしてくれます」

「その者と一緒にいる呪い子のお名前は?」


 やはり思った通りだ。このロンロに似た正体不明な存在と、呪い子はペアなのだ。

 もしかしたら、ノアの名前を言うと、そのペアの正体がわかるのかもしれない。

 だが、ノアの名前を出すべきか悩む。

 少なくともためらいなく、人を無造作に刺す相手だ。真っ当な人間だと思えない。


「さぁ。名前までは……私は奴隷として小間使いをしている身なのです」


 まるで命乞いをするかのように弱々しく声を上げる。


「あら、そうなのですか。それで? 他にも、そのロンロと言葉を交わせる者はいるのですか?」

「いえ、私だけです。私だけなのです」

「そう、つまらないわ。何の答えにもなっていない。貴方の、その瞳に宿る輝きから、私にはわかるの。何かを隠している。孤独を抱えた目ではない。仲間がいるのね。私達はね、そのぐらいの観察はできるの、何年……この世界に存在していると思って?」


 声音が変わる。余裕の中にも、いらつきがこもる。

 まずいな。

 そろそろ潮時だろう。短い会話にはなったが仕方が無い。死ぬよりマシだ。


「そんなつもりは無かったのですが……悪いな!」


 多少傷つくことを覚悟して、オレは起動したままの飛翔魔法に魔力を込める。ほんの少しだけ身体を浮かせて、刺されていない方の手で地面を突き飛ばし、外へと飛ぶ。


「まだ動けるとは」


 呆然としたロンロに似た女の、驚き叫ぶ声が聞こえる。

 それに満足する暇はない。身体を傾け、手を動かし、塔から飛び出て外周へと出る。

 身体を転がし、塔の外周にある階段を下りていく。

 塔の外周……特に中層は外周も独特の作りをしている。壁面に沿って細長い板状の石が、段差を持って差し込まれているのだ。ちょうど、塔そのものが支柱になったらせん階段のように。

 そんな壁面にある階段の、人通りのない場所に出たようだ。

 乗り合い気球のある出口であれば、人混みに紛れることができたかもしれなかったが、しょうがない。

 階段の段と段の隙間に体を滑り込ませる。外周に映し出された自分の影からエリクサーを取り出し、飲み干す。そこまでやって、ようやく人心地がついた。


「助かった」


 痛みが引き、足が動く安心感から、独り言が出る。

 なにはともあれ、一瞬の隙をつき距離をとることができた。

 双剣の女からも、うまく逃げおおせた。

 加えて、オレを追う2人が、下ではなく上へと向かったのは幸運だ。

 さて、次はどうしようかと考える。

 とにかく仲間と合流だ。宿はもう少しだけ下のフロアにある。

 階段を歩いて降りるのは見つかるリスクが高い。そう考えて、外をゆっくりと降りる気球の側面に、飛翔魔法を使い近づき、へばりつく。服の赤い色が、気球にそっくりだ。そんな気球の塔からは死角になる位置にへばりつくことにした。

 上手くいけば、このまま逃げ切れるだろう。

 ほんの少しだけ動き、気球の影から、外周を駆け上がる双剣の女とロンロに似た女を見る。

 2人はキョロキョロとあたりを見回しながら駆け上がっている。

 その視線が気球に向いていないことから、気がつかれていないことがわかった。

 それにしても、あの双剣の女は不思議だ。

 最初は、まったく気配を感じなかった。人の気配も、そして呪い子としての気配も。

 急に呪い子の気配をまといだしていた。

 呪い子の持つ威圧的な気配を自在にコントロールしているということなのか。

 まるで、電灯をつけたり消したりするように。

 もしノアがそのようなことをできるのであれば、より町の人に受け入れやすくなる。

 そのあたりのことも知ることができればいいが……。

 とりあえず仲間と合流し、危険な存在がいることを伝えなくてはならない。

 対策を考えることも必要だ。

 彼女たちが諦めて、この場を立ち去るまで油断はできない。

 ずいぶん長い間、外を探していたが、ようやく諦めて2人は塔の中へと戻っていった。

 借りている宿のあるフロアには、あと少しで到着する。このまま気球にへばりついていれば、すぐに到着するだろう。

 オレを探す、2人の影に怯えつつ、しばらく息を潜めた。

 宿のあるフロアあたりに近づいたので、気球の影から身を乗り出し、外周へ飛ぼうとしたとき視線を感じた。

 上をみて、自分の失敗に気がつく。

 しくじった!

 諦めてなんていなかった!

 ロンロに似た女は、上空から……そう、視点を変えて探していたのだ。

 すぐさま遙か上空から人影が落ちてくる。双剣の女だ。気球の上に、軽やかに双剣の女が飛び乗ってきた。ぐらぐらと揺れる足下の気球から、なんだなんだという声がした。

 急に気球が大きく動いたので、ゴンドラにいる人が驚いたのだろう。

 だが、そんな他人の事を考える余裕はない。すぐに足場である気球を蹴って距離をとる。

 そのまま流れに身を任せ気球から落ちるように、空を飛び急降下する。

 ちょうど良く目に映った入り口から、塔の中へと入る。

 後を見ることなく、人混みを目指して走る。

 あの2人は、オレを人混みから離そうとしていた。だから、最初に会ったとき人混みに近い通路に双剣の女は立ちはだかるように立っていたし、人を呼ぶような派手な動きを避けていた。

 そうであるならと、人混みを目指し走って逃げる。

 だが追っては来るだろう。迎撃するため、逃げるため、何かないかと影の中をまさぐる。外壁の窓から照らされて壁にできた影へ手を突っ込みながら、あれでもないこれでもないと、意味の無い品々を手に取り、影に戻したり、投げ捨てたりして走り進む。

 アニメでお腹のポケットからどんな道具でも出せるという主人公が、走りながら、あーでもないこーでもないと、色々な道具を出すシーンを思い出す。

 次々と無駄な道具を、周りにぶちまける様子が、面白おかしく表現されていて、ゲラゲラと笑った。

 あの時は焦った様子の主人公を見て、もっと落ち着いて考えればいいのに、なんて思っていたが、自分がその立場になって同じ事をするとは思ってもみなかった。

 オレは、頼りになる魔法陣を影から取り出す。

 あと少しで人の多い区画へとつく。多くの人の声が聞こえる。

 人混みに紛れることができそうだ。

 手に持った魔法陣は無駄になったが、戦わなくてよかったとホッとする。


「え?」


 あと少しといったとき、脇腹に強い痛みが走った。見ると、地面から短剣を持った女の手が出ていた。

 ポトポトと落ちるオレの血を浴びるように、ゆっくり地面の中から姿を現したのは、ロンロに似た女だ。

 こいつ、オレに攻撃ができるのか。

 今まで全ての攻撃を双剣の女が行っていた。だから、オレに攻撃できないのかと思っていた。こいつが攻撃できる可能性を失念していた。

 脇腹に走った強い痛みのせいで走ることができずうずくまる。続いて別の方向から蹴り飛ばされた。

 双剣の女だ。

 この辺りはすでに人が多い。すぐにオレが倒れ、蹴り飛ばされたことに、辺りの人々が気付き始める。


「もういいのです」


 ざわめく辺りの人など居ないかのように、ロンロに似た女は残忍に微笑む。

 方針変更したのか。

 だが、この人混みだ。

 この世界は、結構治安が守られている。ギリアだって、クイットパースだって、兵士が警察のかわりとなっていた。

 しかも、ここは聖地と呼ばれる場所だ。

 他の町以上の治安を期待できる。

 ところが、ロンロに似た女はオレの心の内を見透かすように微笑み続ける。


「貴方は、助けを呼ぼうと……助けが来ることを、期待しているのでしょう。でも残念ながら無駄な努力なのです。とても良くできた、このエッレエレですが、残念ながら切り捨てねばなりません。勇者の監視より、貴方の事を知る方が重要ですもの」

「勇者の監視?」

「えぇ。ですが、貴方はより重要なようです。その強大な魔力。私を捕らえるその眼。呪い子でも無いのに……その上、まだまだ仲間がいるのでしょう? それは友人? 知人? 恋人? はたまた軍隊かもしれません」


 何を言っているのだ。確かに助けを待ってはいるが、それ以外は買いかぶりすぎだ。


「勇者の監視なら、オレにかまわず進めて欲しいものだ」

「遠慮なさることはありません。語り合いましょう。えぇ……ほんの少しだけ私と同じ立場にして差し上げますので」


 オレの言葉に、ゆっくりと首を振りロンロに似た女は答える。

 その言葉でなんとなく気が付く。こいつは誰にも見えず誰にも聞こえない、そういう立場に、オレも引きずり込むつもりだ。


「見えない人間は助けを呼べないってことか?」

「えぇ。貴方を拷問し、必要な情報を得るまで……時間的な制限はありますが、私はできるだけのことをやりたいと存じます」


 ロンロに似た女は、双剣の女をなでるように手を動かしたあと、作り笑顔のまま言葉を締めくくった。


「だってねぇ。このエッレエレの魂をすり潰して作る時間ですものぉ」

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