第183話 せんかん
「なんでも、早く準備ができたらしいっスよ」
プレインの言葉で、出発の準備を急ぐ必要にせまられたことを知る。
当初1ヶ月ぐらい先だと思われていた南方への船について、前倒しになって3日後にはもう出航できるそうだ。
「ちょっと、出航の予定……前倒しが過ぎるだろう」
適当に予定を立てているのではないかと心配になる。
ただ、今回の出航を逃すと、ずいぶんと先まで船が出ないらしい。
オレ達のような人間を飛び入りで乗せてくれる船がないということなのだ。
もっと、定期船などが出ているのかと思った。
ヨラン王国の他の場所へ行く定期船ならあるそうだが、黒騎士の事を考えると、外国へ行ったほうがいいだろう……と言うより、皆、外国旅行がしたいのだ。
「もしかしたら、ボク達のことバレてるかもしれないっスね」
「そうかもな」
なんだかんだと言って、結構目立ってしまった。ハロルド達も、別に悪意を感じないというので、大丈夫だとは思う。
「もしバレているなら、厄介払いということだと思います。思いません?」
厄介払いか……確かに呪い子は居るだけで、領地の収穫にマイナスの影響あるっていうしな。クイットパースだと魚が捕れなくなるといったところか。
領民の立場になれば、居ない方がいいと思われても仕方が無い。
「まぁ、しょうがないし、とりあえず襲われる訳でもなく、船に乗れるって言うんだったら乗ろうじゃないか」
「そうだね」
特に、異論なく船に乗ることが決まる。
もっとも、出港の準備なんてものはすぐに終わる。いくらでも収納できる方法があるというのは便利だ。とりあえず必要になりそうなものを全部持って行くことにする。
準備が終わった後は、クイットパースを観光して過ごした。
ちなみに、船での長旅前には、海の神であるナニャーナに祈るのが常識と聞いて、お参りにいく。
他と同じような神殿。もちろん物販もある。
ナニャーナ神は、海と賭博の女神ということで、サイコロも売っていた。ピラミッドのような三角形のサイコロ。異世界は面白い。
ついでに、もっていた樽にも祝福してもらう。
そしてついに出航の日を迎える。
「これは……すごいかっこいいっスね」
「マジか。これに乗るのか」
オレ達の乗る船は、まるで戦艦のような船だ。十隻以上からなる船団のうちの一隻に乗せてもらうことになる。
どの船もギリアで見たものよりも、はるかに大きかった。特に俺たちの乗る船はたくさんの大砲がついた3本マストの船で、金属で補強のされたごつい船だ。
「戦艦みたいっスね」
本当に戦艦のようだ。役割としては……商船の護衛用かな。
武装している船は、オレ達が乗る船以外に2隻あった。
どれも、すごくかっこいい。
設置されている大砲、大砲といっても火薬を使うわけではなく、魔力で撃つ魔砲と呼ばれるものだそうだ。魔法と魔砲、どちらもマホウでややこしい。
オレ達が船に着いたときは、積み荷もあわただしく積み込まれていたところだった。
積み込む順番が大事だということで、オレ達が乗るのはずいぶん先のことになるようだ。
船賃は、ギリアの金貨で20枚だった。
高いとは思いつつ、急遽乗せてもらうってこともあり、しょうがないかと思い支払う。
海亀は船の中に入れることはできず、泳いでついてきてもらうことになる。
船に追いつけるのか心配だったが、特に問題はないらしい。海亀は案外早く泳ぐのかと思っていたら、そんなことはなかった。
船からロープを垂らして、そのロープを海亀にくわえてもらい、引っ張り進むそうだ。
うさぎの頭をした獣人の船員による案内で、オレ達の寝泊まりする部屋へと向かう。あてがわれた船室は立派なものだった。複数の部屋からなる一区画。まるでちょっとしたホテル並み。
「金貨20枚だけの価値あるよね」
「確かにな、払う時には結構大金だよなと思ってたが、なかなかのもんだ」
「ここから外が見れるです」
船室には円形の窓があり、外を見ることが出来る。
獣人3人が、争うように窓から外を見ていて、微笑ましい。
「出港まで時間ありますし、船の案内をしましょうか?」
案内してくれた船員さんが、そんなことを申し出てくれた。
ありがたく思い、案内をお願いする。
船の仕組みや、何処に何があるかなどについて、案内しながら丁寧に説明してくれる。
至れり尽くせりだ。
船員さんにチップとして、ギリアの銀貨1枚を渡す。
顔をほころばせ「何かあったら言ってくださいね」などと言って去っていった。
そうして出航する。
甲板から外をみたかったが、所狭しと船員さん達が動き回っているので、邪魔しては悪いかなと考え、部屋に引きこもる。ストリギに向かう船に乗ったときのように、外で景色を見て楽しむことは難しいようだ。
だが、部屋は快適だ。船室は3部屋からなっている。一番真ん中に大きな部屋、それに小さな部屋が2つ。小さいと言っても5人ぐらいは普通に入れるので、男女でそれぞれ部屋を分ける。
大きな部屋にはテーブルがあり、立派な椅子もあった。
しかも外に出る扉もある、外と言っても船の側面がへこんだような形になっていて、そこへ出るベランダのような作りだ。
船員さんに聞くとそこから汚物などを流してくれという話だった。
なるほど、トイレとして使うための椅子もある。
結局この外が見えるベランダをシャワールームとして使うことにした。
言うなれば、露天風呂ならぬ露天ユニットバスといった感じだ。
食事は1日二食パンとスープ、ついでにワイン風のお酒。デザートには、みかんに似た果物がもらえる。
もっとも、それだけでは足りないので、オレの影から食べ物を取り出したり、ウンディーネに頼んで水を取り出してもらったりと快適に過ごす。
この船に入って気が付いたのだが、かなり清潔だ。
もっとなんかこう……汚いイメージを持っていた。それなりに覚悟していただけに、清潔な船内は予想外に嬉しい。
お偉いさん、もしくは金持ち用の部屋なのかもしれないが、それでもオレ達のような人間には清潔な環境の方がいい。
チップを払ったおかげか、船員さんは色々なことを教えてくれる。
この船は1ヶ月以上、場合によっては1年以上の航海を行うことがあるらしい。
「それでは病気など大変でしょう」
壊血病など、船乗りがかかる病気も色々あると本で読んだことがある。食べ物はウジがわいたりするなど、そんな嫌なこともいっぱい書いてあった。
「あはは、食べ物は腐りますよ。手入れをしなきゃね。だから、船乗りはみな祈り、神の加護を願ってますよ。俺なんかも、明日はしっかり祈りの当番をこなすんでご安心を」
だが、船員さんが言うには、オレの考えは杞憂だったようだ。
そう言えば、そうだった。魔法が存在し、神の加護がある世界だった。
ただし、船員さんが快適な暮らしをしているというわけでもないようだ、船員さんの殆どは大部屋で寝ているらしい。
俺たちは金貨を大量に払ったので、今の部屋で過ごせるようだ。
そんな風に、船員さん達と友好的に過ごす。
今日は、船員さんにチップを渡し、魚料理をごちそうしてもらった。カルパッチョを彷彿とさせる生魚の料理だ。町よりも船に乗った後のほうが、料理が美味しいというのは予想外で嬉しい。
少し狭いがなかなか快適な生活。
いつもと同じくのんびりと過ごす。船が揺れるので、それがちょっと辛いといったところか。
異世界にきて、初めての国外旅行はこうして始まった。
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