第六章 進化する豪邸

第86話 おんせんをみにいこう

「うーんとぉ……こっちねぇ」


 ロンロのお気楽な声に案内されて温泉へと向かっている。

 温泉を見に行くのだ。

 朝食時に、温泉を見に行くことが話題にあがった。

 誰が言い出したのかは憶えていない。ちょっとした雑談でのことだ。

 テストゥネル様の襲来が昨日のことだ。

 オレは必死に抵抗した。少しくらい休もうじゃないか。そうだ、今日の一日はゴロゴロお昼寝デーにしようと主張したのだ。

 ところがだ。


「せっかくだから、さっさと下見しておこうよ。善はいそげってやつでさ」


 ミズキのそんな一言で、急遽、温泉を見に行くことになった。

 なんで皆、元気なのだろうかと不思議で仕方が無い。

 ノアが見つけた温泉は、テストゥネル様の攻撃でえぐられた山にあったそうだ。

 屋敷から見ると南の方角。

 山を降りて、町へ向かうのと真逆の方角になる。

 道がない険しい山を縫うように進んでいく。

 すぐに方角がわからなくなり、ロンロに度々助けてもらって進む。


「リーダに、サムソン、二人とも少し遅すぎよぉ」

「あのね、ロバに乗って良いよ」


 カガミとチッキーが馬に乗って、ノアはロバ、残りは徒歩だ。

 元気なミズキやチッキーに比べ、オレとサムソンは、青息吐息だ。

 ちなみにサムソンは、先ほどまで馬に乗っていた。

 その前はオレ。

 交代で馬にのっているのだ。


「ありがとうノア、でも大丈夫。歩くよ」


 無理矢理作った笑顔でノアに返事する。


「だらしないわぁ。もぉ」


 ロンロの人ごと成分がたっぷり詰まった激励を受ける。


「うひぃ……」


 サムソンが、悲鳴をもらす。

 直線距離でいえば、屋敷からそこまで遠く無い。

 でも、起伏は激しいし、整えられた道があるわけでもない。

 思った以上に疲弊する。


「これを帰りもするのか……泣きたい」


 ボソリと呟く。

 馬車の通れるような道はなく、木々が茂った温泉への道は険しいことこの上ない。

 浮遊魔法で浮いたところを引っ張ってもらう方法も駄目だった。

 急な方向転換に対応出来なかった。

 しつこく試行錯誤する中で何度も木々にぶつかってしまった。

 ノアに強がってしまった手前、馬やロバに乗りたいとはいえない。

 そんな苦行のような道のりが終わったのは、昼前になってからだった。

 朝早く家をでたから、ほぼ半日かかってしまったわけだ。


「ホントに温泉だ」


 ミズキが嬉しそうな声をあげる。

 ほんのり白く濁ったお湯が沸いている。確かに温泉だった。


「ミズキお姉ちゃんは温泉しってるんだね」

「ノアノアは知らなかったの?」

「クローヴィスに教えてもらったの」


 温泉は、テストゥネル様の攻撃によりえぐられた山の斜面にあった。

 山の斜面がまるで囓られたように、大きくえぐられた場所だ。

 温泉からは、屋敷も、ギリアの町も見える。


「屋敷は結構近いんスけどね」

「それでも2キロはあるぞ、多分」


 サムソンが目視で距離を測る。たったの2キロしか離れていないのか。

 屋敷は、森の木々に阻まれて屋根の部分と、4階立ての塔部分しか見えない。

 塔のさらに上には、何かが飛んでいる。

 最初は鳥かと思ったが、規則正しくクルクル回っているので、多分屋敷を守るガーゴイルなのだろう。


「ここからの眺めだと、ギリアの町がいっそう綺麗に見えると思います。思いません?」


 カガミが指さす方向にはギリアの町が見える。

 湖が光の反射でキラキラと光り、城を照らしている。

 確かに綺麗だ。それに……。


「ギリアの町はずいぶんとスカスカなんだなぁ」

「まったくもう、せっかく人が綺麗な城を見て良い気分に浸っているのに……」


 オレの素朴な感想にカガミのケチがついた。


「いや、もちろん綺麗だと思います。ハイ」

「心がこもってない……っス」


 オレの言葉は軽く流され、カガミは景色は堪能したとばかりに温泉へと近づく。

 服のポケットから空の小さな小瓶を取り出し、温泉の湯をすくい取った。

 その小瓶を光りにかざしたり、匂いをかいだりしている。


「大丈夫そうです。看破でも飲料可能だと出ています。温度は少し低いと思います」

「温泉につかって激務の疲れは癒やせないのか」


 ちょっと残念だ。見た感じ、十分な湯量が見て取れるだけに残念に思う。


「どうぞ。飲み応えあると思うんですが……」


 カガミに小瓶を差し出される。

 匂いをかぎ、言われるままに飲んでみる。


「昔、家で使ってた入浴剤の匂いに似てるな。味は……特にないな。美味しくはない」

「そうですか……」


 オレの回答を聞いて、何やらカガミは考え込みだした。

 効能なんかを考えているのかもしれないが、放って置いて後で話を聞くことにする。

 さて、ぬるくても温泉だ。堪能したい。そんなことを考えていた時だ。


『チャプチャプ』


 水音がした。音がするほうを見ると、ミズキとノアが温泉側に腰掛けて、足をお湯につけて遊んでいた。


「足湯っスね」

「ほら、結構きつい所歩いて足辛かったじゃん。ぬるいけど気持ちいいよ」


 オレも二人にならってお湯に足をつける。

 サムソンもプレインも同様に足湯を堪能しはじめ、しばらくするとカガミとチッキーも同じように足湯を始めた。

 ロンロもノアの側で、同じように足湯をしているかのような仕草をしている。

 水が動かないので、あくまで仕草だけだ。ロンロもお湯に足をつけている実感はないようだ。

 でも、ノアとたまに笑い合っているところをみると、まんざらでもないように見える。


「温泉卵が作れるんじゃないかと、持ってきたんだが……無理っぽいな」

「ぬるいっスからね」

「一通り見て回りましたが、あちらの源泉であれば作れるかもしれないと、思います」


 良いこと聞いたとばかりに、カガミの教えてくれた源泉の方に行く。

 その途中、足を滑らせて思いっきり温泉にダイブしてしまった。

 大きな水しぶきが上がって、カガミとサムソンにかかってしまう。


「おい、リーダ。遊ぶなら静かに遊べよ」

「いや、足を滑らせてさ」

「リーダはぁ、いつも楽しそうで、羨ましいわぁ」


 濡れた二人は、たいしたことなさそうだったがオレはずぶ濡れだ。


「あのね。リーダ。大丈夫?」

「そこの物陰で服を絞ってくれば?」


 ノアしか心配してくれなかった。薄情な奴らだ。

 とにもかくにもミズキにアドバイスされ、トホホな気分で物陰に隠れ服を脱ぎ絞る。

 軽くだが、変な匂いがついてしまった。

 もちろん温泉卵も忘れない。源泉近くに卵を3つ投げ込む。

 全員分は用意出来なかった。屋敷にあった卵が3つだけだったのだ。

 温泉卵の準備は簡単に終わり、皆の所へと戻る。


「上手くできるといいっスね」

「温泉の温度なんだが、ロンロ氏がアイデア出してくれたぞ」

「魔導具をぉ使うのは、どうかしらぁ」


 魔導具? 魔法の道具のことか。


「例えば?」

「そうねぇ。暖炉石っていうのがあるでしょ」

「熱くなる石でちね。お湯を沸かすときに使うでち」


 チッキーも知っているのか。メジャーな道具のようだな。


「で、ロンロ氏は、暖炉石の強化版を作ることができれば、温泉の温度を上げられるというんだ」

「作り方教えて、ロンロ」

「加熱のぉ魔法陣を丸い石に書き込むだけよぉ……普通ならぁ。でも普通だとぉ、ここにあるお湯をぉ、全部は、暖かくできわないわぁ」


 それで強化版か……。しかし、方法があるというのであれば実行しない手はない。

 上手くいけば快適温泉ライフが楽しめる。

 寒い中で熱々の温泉に入るのは、気持ちよさそうだ。

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