第45話 閑話 とある農村でのお話
ギリアの町から少しばかり離れた場所にある農村。
そんな農村にあるうちの一軒の家。
ひときわ目立つ大きさであるその家では、めったに作らない御馳走がテーブル一杯に並べられていた。
「最近は、ギリアの町は、雰囲気いいらしいな」
「あっしも、呪い子が住み着いたのが本当と聞いたときにゃ、引っ越しも考えたが結果は逆。良くなる一方だ。昨日行ったときは、さらに盛り上がってたもんで驚いたてもんさ」
老人が独り言のように言った言葉に、ひげ面の男が頬杖をついたまま答えた。
ニコニコとその様子をみていた女性は、テーブルのうちひときわ立派な椅子にすわった男へと顔をむけて声をかける。
「町も良くなってるし、私達も良いことがあるしで、いいことずくめさね。それにしても、あのガラクタが全部売れるなんて、あんたを残して町を出たときは思わなかったよ。本当にお手柄だねぇ」
「運がよかった。えっへっへ」
褒められた男は、照れたように頭をガシガシとかいたかと思うと、嬉しそうに笑った。
それから、手前にあった肉をつかみ取りかじり付く。
立派な椅子に座った本日の主役となる男が、食べ物に手を付けたのを見届けて、テーブルについた全員が、それぞれ食事を始めた。後ろに控えている奴隷達も、テキパキと酒をついだり、からになった皿を下げたりと給仕としての仕事を進めている。
「ワシがこさえた幸運をよぶ猿の像もか?」
片手に肉、片手にジョッキをもった老人が、がぶがぶとお酒を飲みながら、主役の男に訪ねた。食事前に飲んでいたこともあって、すでにほおは赤い。
「もちろん。全部売れたんだ。全部。それで、銀貨10枚になった。おかげで、一気に冬の支度に足らないものを揃えることができたってわけだ」
「それにしてもー、おじいちゃんが適当に作った木像なんて誰が買ったのさ?」
女の子が、不思議そうに主役の男へ訪ねる。隣に座っていた男の子もウンウンと頷いて、その質問に同意した。
「それがさ、聞いてくれよ。買ったのはさ、大魔法使いだったのさ」
「え? 大魔法使い?」
「あぁ、そうだ。荷馬車10台分にもなろうかって大量にあった商品をさ、買い占めたんだ。銀貨10枚で! しかも……だ! お金をおれっちに渡すやいなや、パッパッと、次から次へと商品を消してしまった。あんときゃ、夢でも見てるんじゃねぇかと思ったさ」
主役の男が楽しそうにする話に、子供達は聞き入っていた。
「それは本当なのかい?」
男の母親が、奴隷の手を借りる素振りもみせず、手慣れた様子で料理をよそい、主役の男へと手渡し尋ねた。その顔には怪訝に思っているようすがありありとしている。
「本当だとおもうよ。最近、ギリアの町に、すっごい魔法使い様が赴任してらしたって噂だもの。ね? デッティリア?」
「はい、お嬢様。町を真っ白く塗りつぶして、奴隷商人の不正を暴いたのでございます」
主役の男が答えるより先に、真新しい髪飾りをつけた年若い娘が、自慢げに言葉を挟む。その娘に呼ばれた奴隷は、部屋の隅に立ったまま嬉しそうに彼女に同意するように答えた。
その場の何人かは、そういえば、聞いた聞いたと口々にいいながら頷いていた。
この辺りで噂になった一件だ。
評判は悪いが貴族にコネのある奴隷商人が、新しい領主に付いてきた魔法使いに不正を暴かれた話。
そのときに使った町を真っ白く塗りつぶす魔法は、これはすごいお方がやってきたものだと、人々の話題になった。
あの魔法使い様だったら当然だと皆が頷く。
「ちがうんだ。別の魔法使いだ」
主役の男は、席を立ち上がって主張した。
「まだ他に、すごい魔法使い様がいるのかい?」
「ギリアの町に、呪い子が住み着いたって話なんだが、その従者は全員すごい魔法使いらしいんだ」
「ゴーレムを献上した呪い子と5人の魔法使いだね」
「わたすも聞いたことがございます。奴隷の身分にもかかわらず実力ある魔法使いだとか」
「そうそう、それ。おれっちが会ったのは、そのうち一人だ。おそらく筆頭奴隷のリーダって奴。そうだったよな? バルカン?」
主役の男は我が意を得たりといった様子で力説し、側に座っていた男に同意を求める。
「あー。そうだな。言動から間違いねぇ。すげえ奴だぜ」
問いかけられたバルカンという男は、嬉しそうに答える。
「そのリーダって大魔法使いが、ワシの自信作を買うてくれたのか。見る目があるのお」
「そういえば、領主の補佐をしている魔法使い様と、その呪い子の奴隷が協力して、奴隷商人の不正を暴いたって話も聞くよね」
「あっしも、町のならず者が一気に減ったのは、呪い子に襲いかかったやつらを5人の魔法使いが返り討ちにしたせいだって噂をききましたぜ」
テーブルの面々は口々に、魔法使いの話を披露して、最後にひげ面の男が、肉をほおばりながら付け加える。
そのあとも、魔法使いとこれからのギリアの町が良くなっていくという話が続いた。
皆が食べ終わったあと、給仕をしていた奴隷達が残り物を食べながら、先ほどの話を続けている
「私達も、ギリアに呪い子が来たって話を聞いたときに、ギリアの町ももう駄目だねって話したのにね。逆にさ、こんなに良くなるなんて思わなかった」
「領主様とそのお供の魔法使い様がすごいのか……それとも呪い子がすごいのか……どっちなんだろね」
「さぁ、どっちでもいいんじゃない。でもさ、でも、呪い子を守る5人の大魔法使いなんて、まるでおとぎ話だね」
「そんな魔法使いに慕われるなんて、呪い子もきっと素敵な人にちがいないわ……ちょっぴり怖いけど」
奴隷達は、少しだけ声を上げてわらった。奴隷達にとっては、呪い子の従者が奴隷の身分ということが仲間意識をもたらすようで、その言葉にも親しみがこもっていた。
翌日。
バルカンは、一人村を後にする。
「それにしても、あいつら……屋敷の修繕なんて言ってたけど、どうなったんだろうな。あれから何も聞いてないが……」
馬上、彼は、めっきり寒くなった道を進みながら独り言を呟いた。
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