第26話 すとーんごーれむ
煙。煙。煙。
煙で周りが見えない。悲鳴や怒号が飛び交っている。
オレは下半身のみを残して瓦礫と化したゴーレムの側にいた。
「ヴバエ! 潰セ!」
吠えるような声が聞こえ、声のする場所を見る。
煙が少しだけ薄れ褐色の巨人……オーガの姿が見えた。その足下には、カガミの姿が見えた。ガツン、何かが頭に当たって痛いが、物ともせずにカガミのいる方向へ向かう。
「カガミ!」
叫んでみるも反応がない。
「カガミ、オレだ! ここは危険だ! 移動するぞ!!」
オレはカガミの側に駆け寄り、大きな声でそう訴えかけたが、まるで聞いている様子ではない。ただ、ひたすらにカガミはしゃがみこんだまま耳を両手で塞いでうずくまっていた。こちらをみる様子すらない。仕方なく、カガミを無理やり物陰へ押しやろうと肩を抱いて引きずるようにして動く。ふと、こけているプレインが目に入る。
「プレイン! プレイン!」
こっちも反応がない、こけたまま呆然とオーガを見上げている。足がもぞもぞと動いているが立とうとする動きには見えない。
「プレイン……南原!」
反応がないことのもどかしさと焦りから、オレは、ついつい元の世界での名前を叫んだ。
「あれ、先輩?」
「やっと正気に戻ったか。プレイン、カガミがまずい。一緒に物陰に運ぶのを手伝ってくれ!」
プレインはなんども転けそうによろめきながら近づいてきた。それから一緒にカガミを建物陰に引きずるように連れて行こうとする。
パチッとあたりが点滅し、バリバリと何かが弾け裂ける轟音が聞こえる。音のする方を見るとオーガが手に持った棒を手放しそうになっていた。棒に青い光がまとわりついていて、それが電撃の魔法の余韻だと気が付く。
オーガの近くにいたミズキが電撃の魔法を放ったようだ。
そのまま彼女は、近くの地面に刺さっていた槍を引き抜いて、ゴブリンに叩きつけていた。
オレ達から離れていく。わざとオーガやゴブリンを挑発するような態度から、オレ達から奴らを引き離してくれようとしているのだと感じた。
「ミズキ先輩、すごいっスね」
「あぁ」
この状況でよく立ち回れると感心する。あいつ、ひょっとしてこっちの世界の住人ではないだろうか。そんなことすら考える。
あと少しで物陰に着くというところで、後ろから何かに引っ張られた。
「先輩!」
「いいから、カガミを連れて行け!」
後ろから何かがオレの首を絞めようとしていた。無我夢中で後ろの何かを殴りつける。
手が離れた隙に、ゴロゴロと転がって距離をとって相手を見る。
ゴブリンだ!
そのまま、手帳にある魔法陣に魔法を流す。
反射的に動いた。適当だ。
起動した魔法は浮遊の魔法だった。一気に上昇する。
周りの様子が目に入る。オーガは建物でも兵士でも片っ端から金棒で叩き壊し大声で喚くように唸っている。すぐに眼下のゴブリンにむきなおり、魔法を選んでぶつける。魔法の矢だ。5本の矢がゴブリンにぶち当たってヤツは動かなくなった。
ホッとしたのもつかの間、肩に何かが刺さって集中が途切れた。
そのまま浮遊の魔法が切れてしまい、地面に叩きつけられる。
肩も、打ち付けた腰も痛い。肩に刺さったそれを引き抜いて見ると矢だった。
いつの間にか、元いた場所から離れた場所にいた。一旦、オレも物陰に隠れることにする。
周りを見渡すと、馬に乗った兵士がこちらに来る姿や、別の兵士が巨大な弓矢の乗った馬車……戦車と言えばいいのか、とにかく乗り物に乗って向かってくる姿が見えた。
オレは、隠れるのをやめた。彼らが来るまでの時間を稼ぐことにした。カガミがあの調子では逃げるのは無理だろう。それなら時間稼ぎしたほうがいい。
ゴーレムの生成呪文をもう一度唱える。
脆くても、カカシでも、目くらましにはなるはずだ。
あのオーガや、ゴブリンの群れを引きつけて、援軍が来るまでの時間稼ぎに使う。
そうと決まれば、もう一度あのゴーレムの足元に向かわないと行けない。方向転換して、目的の場所へ向かう。その途中、足に何かが絡まって転けてしまった。見れば濡れたロープが絡まっている。その上、オレにゴブリンがナイフを持って乗りかかってきた。
右手でゴブリンのナイフを持った手を受け止める。左手で手帳を出して、なんとかページを開いたところで、手帳を落としてしまった。手帳を左手で探しながら大声をあげる。
「プレイン! サムソン! 聞こえるか! ゴーレムを起動させろ! 魔法を詠唱するんだ! 時間を稼げ!!」
叫びながらも、手帳を探し当てて、ページを適当に開く。適当とは言っても、最初のほうにあるページに、攻撃魔法が書いてあるはずだとあたりはつく。
ただし、ページは開かれているが何処のページを見ているのかわからない。
もう破れかぶれだった。
声がしたのはそんな時だった。
「今、左手で触っているのが火球の魔法。その下が自己発火の魔法よ」
ロンロが目の前にいた。なぜだ? ノアと一緒にいたんじゃないのか?
それより目の前だ。
「自己発火だ! この辺りか?」
オレは左手を少しだけ移動させる。
「もうちょっと下……そこ! 呪文を読み上げるから、その通りにして」
「早く!」
ロンロに続いて復唱するように魔法を唱える。
ゴブリンが悲鳴をあげる。オレは両足を縛られたまま膝蹴りの要領でゴブリンを蹴り上げた。
それから足に絡まったロープに意識を集中し、焼き切る。
「ロンロ、ロンロ、ノアは? どうした?」
「あの子は、貴方たちを心配して町に来たわ」
ロンロが見遣った方向を見る。ゴーレムの足元、フードを深くかぶったノアがそこにいた。まるで土下座するように魔法陣に両手を付いている。
「ノア!」
慌てて駆けつけようとすると、足を掴まれた。先ほどのゴブリンだ! しつこい!
ノアはこちらを見ていた。
「ノア、オレのことはいい。魔法陣を起動させるんだ! 今すぐ、ありったけで!」
本当は逃すべきだったが、なんとなくノアの顔に浮かんだ決意を感じ、そう叫んでいた。叫びつつ、ゴブリンを足蹴にして引き剥がす。
ノアは弾かれたように魔法陣の方へ向き直って、大きな声で、はっきりと魔法を詠唱した。
ノアの両手と背中が光に包まれるのが見えた。紫っぽい光だ。その光は魔法陣に流れ込むように伝わる。
それから大きな獣が吠える声が聞こえた。オーガではなく、聖獣ヴァーヨークの声だ。
まるでその声に同調するかのように、ゴーレムが震え出した。
ガラガラガラ。何かが転がっている音がした。
そこで初めてゴーレムが震えているわけではなかったことに気がつく。壊れたゴーレムがまるで逆再生するかのように組み上がっていく。一瞬で、ゴーレムが元の姿に戻った。
そのまま、オーガの方へ向き直る。
「ソノヨウナ紛イ物ノ人形デ! 石人形デ! 相手ヲデキルト? ワレヲ! アホォガァァァ!」
ゴーレムを見てオーガは残忍に笑い叫んだ。叫ぶと同時に、金棒を振り下ろす。
『ゴオォォン』
金棒がゴーレムの頭に叩きつけられ、大きな音が響く。
ゴーレムは壊れない。頭に金棒は当たったがビクともしない。
「ムゥ……」オーガは歯ぎしりをして唸る。
もう一度さっきよりも力強くオーガは金棒を振り上げて殴りかかる。振られた金棒をゴーレムのあげた右腕が受け止めた。
『ヒュゴッ!』
風切り音が響き、見たこともない速度で動かされたゴーレムの腕が、オーガの顎を撃ち抜く。
「アグゥ……!」
オーガが呻き声をあげる。口からは血が零れるように吹き出した。
『ズゥゥゥン』
ゴーレムの足音があたりに響く。踏み込むように、オーガに接近する。まるでオーガは怯えるように後ろに下がった。
「やってしまえ! ノア!」
オレは叫んでいた。他の人間の歓声のような声も聞こえる。
「オノォォレェェェェ!」
オーガは両手に金棒をもち、ゴーレムの頭上へ、まるで剣道の面を打つように振り下ろした。
『ヒュオォォン!』
再び、大きな風切り音が聞こえた。オーガの金棒がゴーレムの頭に当たるよりも早く、異常な速さで、ゴーレムの左腕がオーガの腹に撃ち込まれた。
『ズゥン! ……メキメキィ!』
オーガの体から大木がへし折れるように軋む音が響いたあと、ヤツは血を吐き、金棒を落とした。
あがくように右手でゴーレムの頭をつかもうとする。
それを物ともせずに、ゴーレムの腕がオーガの体を”く”の字に折れ曲げた状態で持ち上げる。
『ブォォン!!』
もう一度大きな風切り音がなった。オーガを左腕で持ち上げたまま、ゴーレムは腰を中心に上半身を360度、一回転させてから腕を伸ばした。
オーガは空中に投げ出された。
『ドン……ドォン……ドンドン!』
投げ出されたオーガの体は、大きな音を立て、その巨大な質量は周りの地面を揺らしながら何度もバウンドし城門の外へと投げ出された。
オレは見誤っていた。ノアの魔力は桁が違うのだ。文字通り桁が違うのだ。
同じゴーレムが、オレたちの予想をはるかに超える性能をみせるほどに。
そんな考えが頭をよぎった。再び周りを見る。
あたりは急に静かになっていた。無音が続き、オーガも立ち上がる気配がない。
「蹴散らせ。そして追撃せよ」
不意にどこからか声が響いた。すぐに領主の声だと気がつく。ふと見ると、領主が馬に乗ってこちらに近づいて来ているのが見えた。
兵士たちは、武器を手にゴブリンを追いやっている。いつしか一気にこちらが優勢になっていた。
「よくやった。すごいではないか、其方のゴーレム。あのオーガを一撃か!」
「いえ、無我夢中で、それに最後は、ノアに……ノアお嬢様に助けていただきました」
「はっはっは、良いではないか!」
領主は馬をくるりと回し、剣を頭上にかかげ叫んだ。何かの魔法なのだろうか、領主の声は空から降り注ぐように響いて聞こえる。
「聞け! 今回の功績は、呪い子ノアサリーナにある。私は領主として約束した。ゴーレムを作り献上せよと。そしてこの者は、それに応えた。素晴らしいゴーレムをこのまちにもたらした。この街は、大いなる守護者を得たのだ! 功績には褒賞を! 恩には恩を! この者を我が領民として認めることとする」
領主は、ノアを領民にすると宣言した。
「恩には恩を!」「恩には恩を!」兵士たちも、口々に復唱していた。
オレはノアの元へ駆けつけようとした。足がよろめく。
「リーダよ。随分と傷だらけでないか。治癒術師を手配してやろうか」
「いえ、自分でなんとかします」
「そうか」
領主はそう言って立ち去った。その姿を見送ったあとで、物陰に隠れてエリクサーを飲む。思った以上にボロボロだったようだ。
表に出ると、街の人や兵士たち、それにオレの同僚たちに、ノアが胴上げされていた。
オレもすぐに参加して、しばらく胴上げをした。
とりあえずは、全てうまくいったのだ。そう確信した。
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