第二章 屋敷の外へと踏み出して
第12話 まちへでかける
朝早く出発する。
推定片道4時間の長距離移動。憂鬱だ。
あの4階の窓から見える街は、もっと近くにあると思っていたが、サムソンによると結構な距離があるらしい。彼は目測で大体の距離がわかるのだと言って、実演してくれたが親指をたててウィンクしているだけに見えた。それを信じての早朝の出発。
荷物は前日にワイワイ言いながら揃えたものに、早朝ノアが魔法で用意してくれたカロメーだ。
念のため、水を多めに。エリクサーも10本ほど用意する。
お金は、銀貨8枚、銅貨34枚。我々の全財産だ。
ちなみにこの世界は、銅貨50枚で銀貨1枚、銀貨25枚で金貨1枚が大体の交換レートで、銅貨が50枚あれば1か月生活できるらしい。
ロンロがそう教えてくれた。
そう考えると今もっているお金は結構な大金だと思う。
「リーダが全部もってていいよ」
こんなことをノアは言ってくれたが、無駄遣いはできない。
「ロンロ、本当についてくるの?」
「えぇ。アドバイスできる人がいたほうがいいでしょ」
確かに助言は欲しいが、この人……空に浮いているし、格好が少々まずい気がする。
「その恰好とか、まずくないですか?」
「恰好?」
「いってしまうとボロボロの黒い布にくるまってるだけですよね」
「大丈夫ょぉ、私って、ノアにしか見えないはずなのよねぇ」
ロンロが言うには、家主にしか見えないらしい。オレたちがなぜ姿を見ることができるのか不思議……だそうだ。
本当かよ。町にいったら痴女がいるとか言われたらどうしよう。
「もし、町の人に見つかったら他人のふりしますからね」
「わかったわぁ」
最初は、ロンロは残ってノアが町へ行く予定だった。ただ、ノアが朝になって行きたくないと言い出したので、ロンロが付いてきてノアが残ることになった。
町には嫌な思い出があるらしい。ずっと言い出せなかったようだ。
無理強いするような話でもないしノアが残るということになり、子供一人を残すのはよくないとカガミも残ることになった。
結局、ノアとカガミを除いた5人で町へいくことになる。
あと、ロバを連れていく予定だったが、コイツも朝になっていきたがらなくて連れていくのを断念した。動物の気まぐれにも困ったものだ。
そんな朝のゴタゴタもあったが、出発した後は順調だった。
すぐに森をぬけて、街道に出る。
「もっと魔物とか出てくるのかと思ったけど、平和っスね」
「犬一匹出ないな」
街道にでて2時間くらいあるいたが、いまだオレたち以外の何物も見えない。
ロンロがいうには、もともと旅人なんてほとんどいないらしい。
気が付けば町が見えてきた。
白に近い灰色の城壁に囲まれた町だ。近づくと高い壁に圧倒される。上には見張っている兵士も小さく見える。
そのまま開け放たれた門へと向かって町に入ることにした。
「止まれ」
町に入ろうとすると門番らしき人に止められた。
「お前ら、どこから来た。ご主人様はどうした?」
「ご主人様……ご主人様はお屋敷に残ってます。来たのはあちらですが……」
よくわからないが話を合わせておこうと考えた。ノアがいる屋敷の方角を指し示す。
どうやら警戒されているらしい。複数の槍を構えた兵士に立ちふさがれて気が休まらない。
「入れ」
しばらくして、その一言だけいうと釈放された。オレたちを見送る兵士の視線が不気味なものを見るように感じた。
ロンロが見えないというのは本当のようだ。
兵士の周りをくるくる回ってみたり声をかけたりしたが無反応だった。
というより、楽しそうにそんなことをしている姿を見ているオレ達の方がヒヤヒヤして落ち着いていられなかった。
「声も聞こえないんスね」
「そうよぉ、信じてもらえたかしらぁ」
「ロンロさんは、この町に来たことあるんスか?」
「与えられた知識しかないのよねぇ」
彼女はあの家の管理者であるという記憶以外は何もないらしい。外のことなどは与えられた知識にすぎないという。この人って、正体は何なのだろう。幽霊かなにかなのかな。
ただ、それでも今のオレたちよりずっと博識なことには変わりない。
頼りにしていることを伝えると少しだけ照れていた。
ロンロは、なんだか最近は表情が豊かになってきた気がする。
「さて、日帰りなら2時間くらいしかないぞ」
日がくれるまでに帰るとしたら2時間くらいしか滞在時間はないらしい。最初からわかっていたことだか、片道が長い。
とはいえ、宿泊するのはお金がもったいない気がする。オレたちは時間はあっても金がない。お金を稼ぐ方法も考えなきゃいけない。
「冒険者っていたりするんですか、魔物倒してお金もらったりするような……」
「いるわよぉ。この町にも冒険者ギルドあるんじゃないかしらぁ」
この世界にも、魔物討伐や遺跡探索することを生業とする集団がいるらしい。
あとで機会があれば覗いてみようと思う。
とはいえ、右も左もわからない。ロンロに聞いてもわからない。
あてもなく大きな通りを道沿いに歩いてみることにした。
道幅は広く、人はそこまで多くはないようだ。馬に乗った人や馬車に乗った人も見かける。たまに、犬の頭をした人間や、は虫類の頭をしたリザードマンが歩いているのをみるとここは異世界なのだと実感する。
時々オレたちを怪訝そうな目で見る人がいる。よそ者には厳しい土地柄なのだろうか。
「あ、おいしそうな匂いがする」
そう言ってミズキが小走りに駆けていく。しょうがないかとオレたちもついていくと、商店街のような一角についた。
「焼き鳥屋みたいだな。ミズキ氏、犬みたいだな」
「あれ、パン屋っスね」
屋台の様な肉を焼いている店。看板でパン屋とわかる建物と食べ物屋が並んでいる。その先には雑貨屋の様な店舗もみえる。
「4人で銅貨12枚でいいってさ」
先行して行っていたミズキが戻ってくるなりそんなことを言い出した。
お昼を食べていないし、そんなものかなと財布ごとわたす。
しばらくして残りのお金があと僅かなど色々問題があることが頭をよぎったが、すでに遅くホクホク顔で串焼き肉のセットを持って戻ってきた。
U字になった板状の間に3本の串焼きが挟まったものを手渡される。板状のものは固いパンが曲げられたもので肉汁やソースが吸われることで手がべとつかない様になっているみたいだ。
串焼のうち2本は肉で、あと一本はキノコの様だ。茶色いソースがかかっている。確かに美味しそうな匂いがした。とりあえず匂いに誘われるまま肉のついた串を口に運ぶ。
とても柔らかい肉だ。鶏肉に近い、肉汁が口のなかに広がる。ソースはあっさりとした甘塩っぱい味で、トマトソースを彷彿とさせる。これは旨い。
「いや、まぁ、旨いけどさ、ちょっと考えて買おうよ」
「まぁ、いいじゃん美味しいんでしょ。それより聞いてよ。あの店主、子ども扱いしちゃってさ、ご主人様にお小遣いもらってから来なとか言うの。ムカついて、すぐお金持ってくるから半額に負けろとか言ってやったのよ。ムカつかない?」
「ミズキ氏の言い分はわかるんだけど……」
サムソンの言いたいこともわかる。どうにも挑発されてうまく乗せられた様な気がする。今後はもう少し後先考えておかねを使ったほうがいいだろう。
そんなことを考えながらぼーっと歩いていると、みんなと逸れてしまった。
知らない町に一人残された気がして泣きたくなる。財布も預けたままだ。
とりあえず町に入るときに通った門へ向かう事にした。どうせ帰りはみんな門を通る、そこで合流すればいい。
「ブォーー」
途中、遠くで汽笛のような音がした。音のした方向を見たら建物の向こう側に、とても大きな犬の様な動物の頭が見えた。空に向かって鳴きながら輝く黄色とも赤とも言えない霧の様なものを噴き出している。2階建ての建物より高い位置に頭が見えるので、相当な大きさだ。
しばらくは、その光景に圧倒されて呆然と見ていた。ただ、見ていたのはオレだけで他の住人は気にもとめていない。日常の事なのだろうと思った。
物珍しさとこの世界のことを知りたいという想いから見にいく事にした。
ひらけた場所にたどり着き、先ほどの動物が目に入った。
大きさは3階建ての建物くらいだろうか巨大な短足な犬に見える。足元に積まれたガラクタの様なものをガシュガシュと音を立てて食べている。鎖などで繋がれていない。逃げたりしないのだろうか。広場は膝丈くらいの高さしかない木製の柵に囲まれている。きっちりと囲まれているわけでもなく申し訳程度だ。
数人の男女が柵に腰掛けて談笑したり、ぼーっとしたりしている。柵の外には食べ物の屋台なども見える。
初めてみる異世界独自の動物は圧倒的な大迫力だった。
近寄って見て何を食べているのかがわかった。ゴミだ。腐った野菜や残飯の様なもの、壊れた木箱などが山の様に積まれていて、それを美味しそうに食べている。
視界の端では、一輪車に積まれた何かの残骸が山に投げ込まれるところが見えた。
「聖獣ヴァーヨークを見たのは初めてかい?」
いつの間にか横にいた小柄な男が話しかけてきた。
「なかなかの眺めだろう、聖獣そのものは、まぁ珍しくないけど……あれほどの大きさは滅多にいないらしいぜ。過去にこの街がどれだけ栄えていたのかわかるってもんだ。もっとも今はダメなんだけどな」
へへへと得意げに笑ってその男は続けた。その様子から地元を自慢する近所のおじさんを思い出した。
「さっき、上を向いて鳴き出しながら何かをばら撒いていたけど、アレは?」
「あー。ヴァーヨークが鳴くのはいつものことだが、何かまいてたっけか……まぁ、不浄な品を食べ清らかな魔力を生み出すのが聖獣の役目なんだし、魔力的な何かじゃねーか」
続く彼のウンチク話からすると、清らかな魔力のうねりは、農作物の成長や人々の健康などに大きな恩恵を与えるらしい。
なるほど、元いた世界と今の世界の違いがまた一つわかった。
もうすこし色々教えてもらおうと、手に持っていた串焼きを一つさしだす。
「お! いいのか、すまねーな」
満面の笑みで受け取った。
「ここは今は栄えてないのかい?」
「まるでダメってわけでないが、向こう岸の町にいろんなもの持ってかれて、ここんとこは色々厳しいな。ついでに、魔物の群が近くに住み着いたって話や、大物の呪い子が訪れたって話もあって、前途多難で、俺の主人も潮時かもしれぬって愚痴ってるぜ」
地図を地面に描きながら話してくれた内容から、この街は大きな湖の端にある街で、対角線上にはもう一つ街があるらしい。観光地として栄えた街だったが、近頃はトラブル続きでうまくいっていない、結果的にもう一方の街に利益を持って行かれているそうだ。彼自身は奴隷らしいが、ご主人様の店もうまくいっていないせいで暇な上に給料も少ないとのことだ。
「んじゃ、そろそろ休憩終わりなんでな……。まぁ大抵ここでサボってるから、また会おうぜ。お互い奴隷同士、助け合おうぜ、きょうだい!」
食べ終わった串焼きの串をポイっと投げ捨て、彼は離れていった。ここを離れる途中にも、声をかけられたりかけたりしていた。顔が広い男らしい。
そのあと、串焼きを挟んでいたパンを物欲しそうに見ていた子供にあげたり、また聖獣が鳴かないかなと期待しつつ見ていると、ロンロがこちらに気が付いて近づいてきた。
他の3人も一緒だった。プレインは小さな荷車を引っ張っている。
「やーっと見つけたわぁ、リーダ」
「異国の地で、迷子ってやめてよね」
オレがだらけていた時、みんなは買い物に勤しんでいて、気が付いたらいなくなっていたオレを探していたらしい。ごめんなさい。
「荷車買ったスよ。荷台に色々積めるっス」
「パンと酒に、牛乳買ったんで積んだぞ。あと、ノアの服買った。それにミズキ氏が卵持ってる」
そう言ってサムソンから財布を渡された、残りは銀貨2枚に銅貨が30枚程度らしい。
結構減ってしまった。やはり金策は必要だ。
それから程なく帰ることにした。
行きと同じく帰りにも、何にも出会いもしなかった。こう静かだと、とても不気味だ。
今日一日、ノアはカガミに勉強を習っていたそうだ。小学生の算数を習っていたらしく夕方には100まで数えられる様になっていた。ほんの数日前まで5以上の数の把握がおぼつかなかったことを考えるとすごい進歩だ。
ノアは頭がいいな。
「それから……」
カガミが文字と記号が書き込まれた手帳の切れ端をみんなに見せてきた。
それから、そばに置いてあった木の板に炭で魔法陣をかくと魔力を流す。
『Hello, world!』アルファベッドの形をした火が空に浮き出てきた。
それを確認すると、ゴシゴシと側にあった布切れで板を拭いて魔法陣を消し、新しく魔法陣を書き直す。
『alert!』またアルファベッドの形をした火がそらに浮き出て、すぐに何処からともなくベルがなった。
「やっぱり、そうか……」
「そうなんです。魔法陣には法則があって、それに従って書けば考えた通りの結果を吐かせることができるみたいなんです」
カガミは、複数の魔法に共通する部分を組み合わせて違う効果が出ることを見つけたらしい。それを今日一日使って、わかる部分をまとめたということだった。
なんとなく似ている部分多いなとは思ったが、短期間にここまでやるのは凄い。
サムソンは、自分の手帳を取り出して、何かを見比べながらカガミに質問を始めた。
「マジか……カガミ氏に一歩先を越されるとは」
そんなことを呟いて悔しがるサムソンも同じことを考えていたようだ。
オレはというと、久しぶりの遠足という運動に疲れたのか、普段より早く眠くなったのでそのまま寝ることにした。
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