第6話 たのしかったいちにち

 部屋に戻ると、屋敷を探索していたプレインとミズキが戻ってきていた。


「もうファンタジーって感じ。すごいお屋敷」

「執事の人が着るような服とか、ウェイトレスが着る服がズラーっとあったりしたっスよ」


 大量の服が置いてあるというのは朗報だ。

 問題なく着ることができれば、スーツで延々と過ごさなくてもいい。多少痛んでいても、直せばいいだけだ。同じ服を着続けることは避けたい。清潔感は大事なのだ。


「ベッドも立派なのあったし、ふつうに快適に過ごせるかもしれないっス」

「でも、蜘蛛の巣や埃が沢山あって大変。そのままじゃ無理」

「埃とか砂なんかは払いたいスね」


 寝室もあるようだ。

 掃除さえすれば、思った以上に快適な生活ができそうだ。

 ただし、どの部屋もずいぶんと長い間放置されていたようで、みるからに使えないものも多かったらしい。

 開かない部屋も何部屋かあったので、全部の部屋を把握はできなかったという。

 そして、屋敷にはノアのほかは誰もいない。

 ノアも、この部屋と地下室と隣の部屋、あとはトイレくらいしか引っ越してきてから行っていないという。


「今日は掃除の日にしませんか?」

 

 拍手をするように手をパチンと鳴らし、カガミがそう提案する。


「これからいつまでこの家にいるかわからないけれど、快適にすごしたいと私は思うんです」

「そのためにはまず掃除ってことっスか?」

「えぇ。埃だらけの部屋から埃を払って、この部屋にもある蜘蛛の巣を取り除いて、私は快適に過ごしたいんです。ちょっと汚いと思わないですか? 思いますよね?」


 掃除をしようと熱く提案するカガミを前に、だれも反対するものはいない。

 ということで、掃除することになった。

 そういえば彼女は職場でもウェットティッシュでデスク周りを拭いたりしていた。

 埃が苦手とか言っていたな。

 最初に、ベッドルームを綺麗にすることにした。

 椅子並べて寝たり100均でシート買ってきて床で寝るより、ベッドで寝たい。

 寝るところは大事だ。

 快適に寝ることができれば次の日が楽になる。

 逆に寝るところがダメなら、次の日が辛くなる。

 そんな経験から、最初にベッドルームを掃除しようと提案したカガミの判断に文句は無い。

 もっともベッドルームにあったのは天蓋付きのベッド。これは予想外だった。

 こんなもの掃除したことない。

 ベッドそのものも、かつてはとても綺麗で高級だったのだろうと一目でわかる代物。

 ダブルベッドサイズで、金属製の細やかな飾りで補強してあった。

 おなじく、綺麗だったと思われるカーテンも今やボロボロ、シーツも破れていて中の茶色い詰め物が見えている。

 プレインが言うには、どの部屋も似たような状態だという。一体どれだけの間、ここは放置されていたのか。


「ここって貴族でも住んでたのかなぁ」

「……知らない」


 オレの独り言を、そばにいたノアが拾って残念そうに返してくる。


「このお家の地下室と……書斎にだけ用があったから……」


 ノアはうつむきながらポツリポツリとつぶやく。途中からはあまりに小声で聞こえなかった。

 その日はベッドルームを綺麗にしているうちに日が落ちてきた。

 だれともなく、掃除をやめて食事を置きっぱなしにした部屋に集まって、今後のことについて話すことになった。

 明かりは、地下室から光る棒を何本が引っこ抜いてきて、この部屋に置いた。

 ついでにテーブルに置いてあった燭台に火をつける。

 大きな部屋は、思いつくだけの明かりを用意しても、蛍光灯ほど明るく部屋を照らしてくれなかった。

 それでも悪い気はしない。

 電気がおちてパソコンの明かりだけという環境で、ひたすらデータ打ち込んでいたときよりも、ゆったりとしたろうそくの明かりのほうが気分がいい。


「ちょっとしたキャンプ気分だな」

「お前は、本当にポジティブ思考だな」


 サムソンが、あきれたように相槌をうってくれる。


「これで、お酒でもあれば最高だったけど、見つからなかったんだよね」

「まだまだ探していないところもあるっスよ。ワインセラーとかありそうっス」

「お酒はないけど、おつまみなら私持ってます」


 カガミは、赤い小箱に入った昆布のおやつをテーブルにおく。


「カガミ氏、なんでこんなの持ってるんだよ?」

「ポケットの中に入ってたの」


 おやつをポケットに忍ばせていたのか……。

 あと少しだけ元の世界にいたら、ここに来るのが遅ければ、休憩を取り作業室から出て預けていたスマホなどを取り出せていたのを思い出す。

 身に着けているものしか、この世界には持ち込めていない。

 多分、そういうルールなのだろう。

 セキュリティが比較的厳しい今の職場ではスマホを持ち込めなかった。

 持って来ていれば、メモや写真を取ったりといろいろできたと思うと少し悔しい。

 オレの横に座ったノアは、昆布そのものよりも赤い箱に興味深々だ。指でつついたりしている。

 それから、今日のことについての話が続いた。

 オレは、昆布はほったらかしでカロメーをひたすら食べながら話に加わっていた。

 気が付くと、オレ以外誰も食べていなかったが、ノアはその様子を嬉しそうにみていた。

 カロメーがなくなりかけてくると地下室から追加分を持ってきてくれた。それは、オレのお腹が一杯になるまで続いた。

 まるで、わんこそばを食べていたような感覚だ。

 皆は、その様子を変な物をみるような感じで見ていた。

 ミズキにいたっては「カロメーを食いきれなくなるまで食うとか……馬鹿だぁ、おもしろすぎる」とかなんとか言ってゲラゲラと大笑いしていた。

 

「うまいものをお腹一杯くって何が悪いっていうのだ。ねぇ、ノア」


 笑うミズキに対して、オレはそう言ってノアを見た。

 ノアは小さく笑って応じてくれた。

 そんな中でも話は続いた。話題は、魔法のことと家のことばかりだ。

 思い返せば今日一日、魔法で遊んで、ベッドルームとこの部屋を掃除しただけなので、こうなるのもしょうがない。

 プレインとミズキの話を聞く限り、ここは家というより屋敷といったほうが相応しい場所のようだし、まだ全貌がつかめていない。


「外にも出ていないな」

「そうっスね」

「今日は驚きの連続だったな。明日の心配してて、気が付けば地下室でプレイン氏よりオレのほうが若くなったりしてるし」

「私も、えーと、サムソンさんがスリムになってるのをみて、夢みてるのかって思いましたよ」

「案外、これって全部夢だったりして。起きたら、あぁ今日も出勤だって感じで……」


 ミズキが何かを言いかけて、慌てた様子でコップを手にとりこちらのほうをみる。

 視線の先には、不安そうにオレたちを見ているノアがいた。ノアは小さな左手でオレのズボンをギュッと握っていた。


「とりあえず、まぁ、とりあえず明日というかしばらくは屋敷の探索と、魔法について調べようか」


 話題を変えることにした。


「そうだな。魔法のこと知りたいしな」

「ロールプレイングゲームみたいに、スライムとかゴブリンとか居たら怖いから、攻撃魔法とか欲しいっスね」


 話題を変えたオレの意図に気づいたサムソンとプレインは、大きめの声で相槌を打ってくれる。


「ゴブリンならいるよ。私もロッドを持って追い払うの」


 ノアがテーブルの上に身を乗り出してそう言った。

 モンスターもいるのか。

 しかも追い払うとか言っているし、襲い掛かってくるってことか?

 嫌だなぁ、オレは野良犬だって怖いってのに。


「ノアちゃんは、ゴブリンを倒せるんですか?凄いと思います」

「えへへ」


 ノアはそれから、ほかの4人の質問に次々こたえてくれた。

 ゴブリンは子供を優先して襲い掛かってくること。魔法をつかって反撃するとすぐに逃げていくこと。

 旅人は、狼などから身を守るために森に入ることを避けていること。

 リザードマンには魚を分けてもらったこと。


「だったら交代で見張りとか置いちゃう? 夜怖いし?」

「多分大丈夫だけど、今日一日は念のためそうしようか」

「じゃあ、言い出しっぺのミズキ氏が一番であとはじゃんけんにでもするか」

「私も、やる。寝ないで見張る!」

「わたしがぁ、しましょうか? どうせわたしぃ寝る必要ないしぃ」


 ノアが勢いよく見張りに立候補したとき、不意に頭上から声が聞こえた。

 そういえば、忘れていた。この中はこいつもいた。なんども管理人ロンロの存在を失念していた。

 寝ないで見張ってくれるなら、大助かりだ。

 睡眠は大事だしな。


「なら、ロンロさん、お願いできますか?」


 彼女の正体はよく分からないが、なんとなくお願いしてしまった。

 

「外に行ってくるねぇ」


 返答をうけて、案内人のロンロは軽い調子で頭上をフワリと舞って、壁をすり抜け消えていった。


「あいつって幽霊だったんスね」


 軽い感じでプレインが言ったあと、あの管理人ロンロの話になった。

 ノア以外のみんなは、あいつの存在を忘れがちだったらしい。

 フヨフヨと気持ちよさそうに浮いていて、聞けばいろいろ教えてくれる。

 ただ、その答えは何を聞いてもまるでこちらが知っていることを確認するような物言いのため、聞き方を考えないと要領を得ない回答しか得られないという印象も同じだった。

 そんな風に、管理人ロンロについて話をしていると、ミズキがノアを指さし小さく笑った。

 見るとノアは寝ていた。器用に椅子にすわったまま寝ていた。

 口を小さく開けて椅子の上でウツラウツラと小さな頭を揺らしていた。


「疲れて寝ちゃったみたいですね」


 カガミは、ノアの顔をのぞき込み小さく笑った。

 サムソンがノアを寝室まで運ぶことになり、抱きかかえて部屋を出ていく。


「……あの子、ずっと一人だったのかな」

「ずっと眠たいのを我慢してた感じだったスね。一人になりたくなかったんですかね」


 それからノアのこと、この世界のことを話あった。

 ノアの両親はどこにいるのか。

 ノアはいつからここにいるのか。

 ノアの今後についてもだ。

 オレたちは、望む望まないにかかわらず、元いた世界に戻るかもしれない。

 実はこの状況は夢の話で、明日おきたら元の世界かもしれない。

 一人取り残されるノアに、何かしてあげられることはないのか……

 そんなことが話題にあがったが、結論は出なかった。情報が少なすぎるからだろう。

 魔法も含めこの世界の情報が必要だ。


「私は元の世界に戻りたいかな、見たいドラマもあるし。多分、ここはすぐ飽きると思う」

「オレもミズキ氏と同じく戻りたい……親が心配だからな、あとユクリンのイベントもあるんでな」


 ユクリン? あぁ、サムソンが好きなアイドルのことか。引くくらい熱いれてるのを知っている。


「ボクは、帰りたくもあるし、このままでもいいっス。なるようになれっスよ」

「私は魔法のこともっと知りたい。あとノアちゃんが心配なんです。みなさんもそう思いません?」


 たしかにそうだ。子供一人を置いていくのは後味が悪い。たとえ夢であったとしてもだ。


「リーダは、どうなの?」

「オレはこの世界に残るよ」


 ミズキの質問に即答する。


「ノアが心配だし、飯もうまいしね。水もおいしい。ずっとダラダラできそうだしな」


 続けて言ったオレの答えに、みんなが笑い、そして話し合いはお開きとなった。

 みんなで今日掃除したばかりのベッドルームに向かう。


「おやすみ、私たちこっちつかうね」


 ヒラヒラと手を振りながら、ミズキはベッドルームの一つに入っていった。

 ノアを寝かせた部屋だ。カガミは無言で頭を小さく下げてからあとをついていく。

 そういえば……今日綺麗にしたベッドルームは2つだった。

 大きなベッドで3人くらいは寝られるだろう。

 男3人で、一つのベッド。


「一つのベッド……3人で寝るんすか?」


 プレインが半笑いで聞いてきた。


「嫌にきまってるだろ。俺は床でいいぞ」


 そう言ったサムソンは、掛け布団をベッドから引きはがして、そのまま包まって横になった。


「じゃ、先輩はベッドに寝ていいっスよ。おやすみなさい」


 プレインもサムソンに続く。掃除のときに引きはがしたカーテンを床に敷いてゴロンと上に寝転がった。

 オレは遠慮なくベッドに寝ることにした。


「おやすみなさい」


 ボソリと呟き横になる。

 疲れていたのか横になった途端に眠気がおそってきた。

 思えば昨日の夜にこの世界にきてから寝ていなかった。

 

「まっ。仕事が無いというのは最高だよな」


 寝る間際、そんなことを思った。

 こうして、この世界での初日は終わった。

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